第7話 雨(1)
雨は好きじゃない。制服は濡れるし、髪の毛はごわごわするし、日の入り前なのに暗いし、気が滅入ってくる。傘の下から陰気な顔で空を見上げると、隣で
「そんな顔しないで。今度遊んであげるから」
「私たちも、ずっと
「いや、違うし! 雨でうんざりしてただけだし!」
今日は絢音は塾、涼夏はバイトで、駅までしか一緒にいられない。それは実際寂しいのだが、ため息をついていたのは空模様に対してだ。本当なのに、二人はまったく信じていない瞳で、両隣から挟み込むように私を見つめた。
「無理して強がってる千紗都に、私は涙が出そう」
「雨でうんざりしてたんだね。わかるよ」
「ねえ。二人とも、どうしても私を、友達のいない寂しい女の子にしたいんだね?」
ジトッと睨むと、絢音が可笑しそうに肩を揺らした。
「千紗都が私たちなしじゃ生きられない設定は、面白いと思う」
「わかる!」
涼夏が全身で同意して、力強く頷いた。愛情の裏返しだろうか。有り難いが、できたらもう少し素直な表現をして欲しい。
「私が一人遊びが得意すぎて、二人の欲求を満たしてあげられないのがツライ」
無念そうに首を振ると、涼夏が「よく言うわ」と軽く小突いた。
雨だったので上ノ水から電車に乗って、古沼で絢音と別れる。電車の中なのでハグもなしだ。遊んでいくからと恵坂で席を立つと、涼夏が開いた手を可愛らしく振った。
「寂しくて死にそうだったら、バイト先に遊びに来ていいから。私を眺めるだけならプライスレス!」
「はいはい。考えておく」
涼夏と別れてホームに降りると、まずスマホを確認した。まだ16時前。2時間くらい暇を潰そうと思ってスマホを仕舞おうとしたら、丁度メールが飛んできた。母親からで、今日は帰りが遅くなるから、食事は外で済ませるよう書いてあった。
私はしばらく絶望的な気持ちでメールを眺めていたが、明るい文面で「千円だからね、千円!」と返した。ご飯が用意できない時は、外で好きなものを食べろと言われている。千円以内でお釣りはもらえるから、貴重な臨時収入だが、今日は一人なので家で食べたかった。
周囲では中高生のグループがワイワイ楽しそうに喋っている。雨なのに上機嫌で何よりだ。思わず漏れた感想があまりにも陰気だったから、自分で虚しくなった。自分とて、いつもは涼夏や絢音と楽しく過ごしている。
とりあえず何をしようか。前に絢音に勧められてヒトカラを試したら、想像以上に楽しくなかった。私は歌うのが好きなのではなく、みんなと一緒に過ごすのが好きなのだと分析したら、絢音が「あー」と納得したように頷いていた。
自分でも無趣味だと思う。絢音は一人の時は時々カラオケで歌っていると言っていたし、涼夏はウキウキしながらショッピングを楽しむと言っていた。一人で店に入って店員が寄ってくるのも、涼夏は刺激があって好きらしい。静かに服を眺めたい私とは違う人種だ。
前に買った小説は途中で挫折した。話題作だったが、人が死ぬことで泣ける話は好きではない。明るい恋愛小説にも挑戦したが、なんだか見せつけられているような気持ちになって読むのをやめた。小説にしろドラマにしろ、私は他人の人生で感動するより、自分で動いて感動したい。そう分析したものの、特に何もしていない。
元々バドミントンをしていたし、何か体を動かす趣味でも作ろうか。ただ、一人でできることには限界があるし、何をするにもお金がかかる。やはり部活に入るべきだっただろうか。
私は人間のクズなのではなかろうか。こんな日は、考えれば考えるほど憂鬱になる。
街角で雨を見ながらぼんやり立っていたら、突然声をかけられた。
「ねえねえ、一人なの? 誰か待ってる?」
顔を上げると、大学生くらいの男が二人、爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。わかりやすいナンパだ。適度に置いた距離に、上から目線にならないよう、おどける振りをして姿勢を低くしたりと、なかなか手練れの動きだ。私も全然誇りたくはないが、ナンパされた数は両手で足りないのでよくわかる。
「誰も待ってない。黄昏れてただけ」
「何かあったん?」
「別に何も」
「暇してるなら遊ばない?」
「暇してるけど、遊ばない。彼女に悪いんで」
思わずそう口走って、自分で自分の発言に首を傾げた。自分でも意味がわからなかったくらいだから、当然男たちは面食らった顔をして、好奇心に満ちた目で私を見た。
「彼氏じゃなくて彼女なん? 付き合ってんの?」
「そう。ラブラブ」
誰とだろう。架空の彼女を想像したら、帰宅部の二人と奈都の顔が浮かんだ。勝手に彼女にして申し訳ないが、もう少しそういう設定にさせてもらおう。
「女の子同士って何するん? 女友達と遊ぶのとは別なの?」
男たちが楽しそうに声を弾ませた。いつの間にか、ナンパモードから、動物園で珍しい陸の生き物を見るモードに変わっている。
「別に普通。手を繋いで歩いたりとか」
「それ、女の子ってみんなするじゃん。キスとかするん?」
「キスはした」
そう言ったら、3人いた候補が涼夏一人に絞られてしまった。仕方がないので、涼夏を彼女という設定にして、男たちの好奇心を満たしてあげる。随分話が弾んでから、男の一人が笑って言った。
「キミ、面白いわ。普通に友達にならん? 奢るから飯行こうぜ。不安だったらファミレスとかでいいし」
そう言われて、私は一瞬心が揺れた。死ぬほど暇しているし、どうせご飯は食べないといけない。それに、少なくともこれまで10分以上喋っていてつまらなくはなかったし、悪い人たちではなさそうだ。
その逡巡を男たちは見逃さなかった。相手は手練れだ。だが、こっちもナンパされた経験だけは豊富だった。男が肩に手を伸ばそうとしたわずかな動きに反応して、スッと身を引いた。
「彼女に悪いから、ご飯は付き合えない。アンタたちが女なら友達になれたかもね」
ヒラッと手を振って、人混みの中に逃げ込んだ。男たちはしばらく後をついてきたが、完全に無視を決め込んだらやがて諦めて去っていった。
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