第53話

 マナトは弓矢のようにダッシュした。

 すぐにドアを開けて、逃げ去ろうとした人物の手首をつかまえた。


「ひぇ⁉︎」

「ッ……⁉︎」


 知らない女生徒だった。

 学年章のところにはローマ数字の『Ⅰ』がついている。


「すみません! すみません! すみません!」


 ぺこぺこと頭を下げる女の子。


「まさか、生徒会長様のお部屋とは知らずに! 申し訳ありません! 申し訳ありません! 申し訳ありませんでした!」

「いいのよ、そんなに謝らないで」


 セイラが肩に優しくタッチする。


「あなた、1年生よね?」

「はい」

「この封筒を誰から?」

「え〜と……知らない人です……はじめてお見かけする女性で……」

「知らない人なのに、協力しようと思ったの?」

「そうです。とても身なりのいい貴婦人で……」


 なにやら婦人は困っている様子だった。

 声をかけると『お小遣いをあげるから、この封筒を届けてほしい』といわれた。


 さすがにお金をもらうわけにはいかず、無償で引き受けたわけである。


「知らなかったのです。まさか、セイラ様のお部屋とは」


 マナトは引き出しからペーパーナイフを取り出した。

 封を開けると、新聞を切り抜いたような怪文書が出てきた。


『犯人がわかったら聖堂にきなさい』


 なるほど。

 マナトたちが推理の出口にたどり着いたと、向こうは予想したわけか。


 さすがである。

 マナトは拍手を送りたい気持ちになる。


「さあ、あなたは自分の寄宿舎に帰りなさい。あと、今日あったことは誰にも口外しないように。いいわね?」


 セイラが静かに釘を刺すと、女の子は2回うなずいてから去っていった。


「いいのですか? 秘密を守ることの困難さは、たくさんの偉人たちが格言として遺していますが……」

「いいのよ。些末さまつな問題だわ。私たちは私たちのミッションに集中しましょう」


 セイラは髪の毛をいじくって、切り出しにくそうにしている。


「マナは本当に犯人がわかったの?」

「ええ、間違いありません。身なりのいい貴婦人、というヒントで確信しました」

「わからないわ。なぜマナが推理できたのか、私はわからない」

「仕方のないことです。答えを知ればお嬢様も納得されます」

「そう……」


 散歩に出かけるふりを装って、寄宿舎から抜け出した。

 途中、先輩を肩車しているアケミと、木の高いところの果物をむしっているリュカに出会った。


「おやおや、お出かけかい?」


 リュカがいう。


「ちょっと野暮用です」


 セイラが返す。


「ビワがおいしいんだ。あとで君たちの部屋に届けてあげるよ」


 リュカはそういって、収穫物の入ったビニール袋を揺らした。

 楽しそうで何よりだ。


 青い屋根の建物についた。


 聖堂である。

 入り口の大きなドアを抜けると、偉大な先人たちの絵を飾っている空間に出る。


 信仰心のあつい生徒が、ときどきお祈りにくる場所だが、人の気配らしいものはなかった。


「お嬢様、こっちです」


 螺旋らせん階段をのぼって2階へ。

 回廊のようになっており、聖堂の1階スペースを見渡せる。


 ここの壁に飾られているのは、たくさんの写真だ。

 いずれも女学院を卒業していった歴代の四ツ姫たちのもの。


 皆が映画スターのように華やかである。

 特に新しい1枚があり、先代の蒼姫のものだった。


 どんどん歴史をさかのぼっていく。

 初代の四ツ姫のところまできた。


「どうやら、答えがわかったようですね」


 声がした。

 天使のような笑みを浮かべているのは、シスター・ユリア。

 靴音くつおとを響かせながら、こっちへ近づいてくる。


「どういうこと?」


 セイラが問うてくる。


「シスター・ユリアは犯人ではありません。が、犯人の協力者ではあります」

「だったら、犯人は?」


 マナトは壁の写真を指さす。

 かなり色あせているが、そこにはセイラがよく知る人物の顔がある。


 目とか、髪とか、色こそ違えども、セイラと形が似ている。

 つまり、遺伝子的なつながりを感じる。


 彼女こそ初代の白姫にして……。


「まぁ⁉︎ お母様⁉︎」

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