第三十話 天女の降臨




 父が改めて挨拶をしたがっていると伝えれば、ジェラルドはすぐに頷いてくれた。

 もちろん、護衛としてアレスとオスカーも一緒に来ることになったが、ジェラルドは初めて家に誘われたことに舞い上がって上機嫌だった。


「ようこそ、いらっしゃいました。皇太子殿下」


 バーダルベルトがにこやかにジェラルドを出迎える。


「クーヴィット伯爵。お招き感謝する」

「とんでもございません。我が娘を正式な婚約者にしていただける感謝をお伝えしたく、ご足労願いましたことお許しください」


 伯爵家らしく調えられた部屋に三人を通し、バーダルベルトは当たり障りのない話題で場を繋ぎ、しばらく経った頃に、急にリートに部屋の外に出るように命じた。

 ジェラルドの隣でお茶を飲みながら話を聞いていたリートは突然のことに面食らったが、バーダルベルトに目で促されて戸惑いながらも席を立った。


(なんなんだろう……)


 目的もなくジェラルドを家に呼ぶとは思えないが、といぶかしみながら部屋を出たリートは、目の前に現れた人物にぽかんと口を開けた。


「あーら、ひさしぶりね。少しはあか抜けたんじゃない?」


 意地悪げな口調で、愛らしい顔に笑みを浮かべた少女がひらひらと袖を振る。


「ライリンちゃん?」


 見た目はリートとそう変わらない少女であるが、何百年もアモルテスの傍に仕える天女の一人、ライリンが不敵にリートを見下ろしていた。


「どうして、下界に……」


 リートはぱちぱちと目を瞬いた。

 ライリンはそんなリートを小馬鹿にするように鼻を鳴らして、こう言った。


「たった今から、あたしが「リート・クーヴィット」になるのよ」

「え……?」


 リートがその言葉の意味を飲み込むのを待たず、ライリンはリートの横をすり抜けて、今し方出てきたばかりの部屋の扉を開けた。


「殿下ー! ごめんなさい、席を外しちゃってー」


 明るい声でそう言って、ライリンが入室すると、ジェラルドが顔を上げてライリンを見た。

 ジェラルドの顔は一瞬だけ彷徨うような表情を浮かべた後で、ぱっと輝かしい笑顔を浮かべた。


「リート。もう用はいいのか?」


 ジェラルドは笑顔で言った。――ライリンの顔をみつめたまま。


「……え?」


 リートが漏らした声が聞こえなかったのか、ジェラルドの視線がリートに向けられることはなかった。




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