第十二話 令嬢達の願い




 翌日、登校するとクラスメイト達に囲まれてしまった。


「クーヴィット様!皇太子殿下と婚約したって本当ですの?」


 心から案じているといった顔で令嬢達に詰め寄られ、リートはたじたじとなりながら頷いた。

 アモルテスの愛人達に囲まれて「たかが弟子の癖に生意気よ!」とやられるのは慣れっこだし怖くもなんともないのだが、善意の感情で囲まれてしまうと困ってしまう。むしろこっちが上司の尻拭いのために婚約者という立場を利用しようとしているので、心が痛む。


「まだ、仮にということなのですが」


 リートは昨日練習した「恥ずかしそうに頬を染めて微笑む」という技を使ってみた。

 愛人の中でも清楚な容姿でありながら「控えめにするポイントと主張するポイントを使い分けるのが女の嗜みよ!」と豪語する腹黒姉さんことセフィリーン様を参考にしてみたのだが、令嬢達からは「苦いものを飲み込んだようなお顔をしていらっしゃるわ!やはり無理をなさっておいででは?」と心配されてしまった。何故だ。


「えっと、本当に大丈夫です。殿下は素敵なお方ですもの」


 頬を染めるのは諦めて、無愛想にならない程度に表情を取り繕って言った。


「クーヴィット様……」


 一人の令嬢が、すっと一歩歩み出てきた。

 周りの令嬢が一歩引いたことから、きっとこの中では一番位が高い令嬢なのだろう。


「わたくしは、バルディン公爵家の娘、オルガと申します」


 案の定、公爵令嬢と名乗ったオルガは、思い詰めたような表情でリートをみつめた。


「本来であれば、わたくしは殿下の筆頭婚約者候補でありました。国のため、家のため、民のために、殿下に嫁ぐことを当然と思い定めておりました」


 リートは目を瞬いた。


「それなのに、わたくしは恐れ多くも殿下を拒絶してしまいました。殿下のお傍にいると訳もなく不安でしかたなくなり、泣き出してしまったのです」


(うちのろくでなしのせいです。ごめん)


「どうしても……どうしても、駄目でした。理由もわからず、殿下に対してただただ申し訳なく……それでも、殿下のお傍に立つことをこの身が、心が、拒絶するのです」


 オルガはわっと泣き出してしまった。


「オルガ様!」

「ご自分を責めないで」

「わたくし達も同じ罪を背負っております!」


 他の令嬢達が泣き出したオルガを抱きしめる。たぶん、彼女達も本来であればジェラルドの婚約者候補であったはずの高位令嬢達なのだろう。


「失礼。……わたくしは、殿下に対して常に申し訳なく思い、殿下がこのままお一人であられるのなら、わたくしも修道院に入り一人で生きようとすら思いました」


(おい。うちのろくでなしは本当にろくでもないな。奴のせいでこんな美しい令嬢が独身で修道院に閉じこもろうとしているんだぞ)


 リートは愛人に囲まれてやに下がるアモルテスの姿を思い出してイラッとした。

 オルガは柔らかそうな金の髪に美しい青い瞳の美少女だ。ジェラルドは本当ならこんな美少女と幸せになれたはずなのに。


「ですが、殿下はそんなわたくしに「ご自分がモテないのは誰のせいでもないのだから、気に病むことなく愛する相手をみつけろ」とおっしゃってくださり……」


 オルガはそっと目頭を押さえた。


「お優しい御方なのです……ですから、クーヴィット様。どうぞ、殿下をお幸せにしてさしあげてください」


 オルガはそう言ってリートに頭を下げた。公爵令嬢が頭を下げるのだからただ事ではない。


「私からもお願いします」

「殿下をよろしくお願いします!」


 他の令嬢までリートに頭を下げだして、リートは硬直した。

 どうすればいいんだ、と思っているところに、アレスとオスカーを従えたジェラルドが登校してきたため、リートはほっとして微笑んだ。


「殿下!おはようございます!」

「あ……ああ」


 リートがこれ幸いと令嬢達から離れてジェラルドに駆け寄ると、ジェラルドは顔を赤くしたものの今日はオスカーの背中に隠れようとはしなかった。


「バースター様とロットリング様も、おはようございます」

「ああ」

「はよ」


 アレスはちょっと複雑そうに、オスカーはやる気なさそうに挨拶を返してくる。

 リートはにっこりと笑いながらも、アレスとオスカーがさりげなくジェラルドとリートの間にいつでも割り込める位置に立っていることに気づいた。


(皇太子と二人きりなるためには、まずはこの二人の信頼を得ないと駄目らしいな)


「目標を殺る時はまずはその周りから殺れ」という意味の言葉がどっかの世界にあった気がする。


(「ショーをインとすればまずウマヲイヨ」だっけ?「ウマヲイヨ」ってなんだろう。食べ物かな?)


 リートがこてん、と小首を傾げた時、ジェラルドがごくっと喉を鳴らしてリートの名を呼んだ。


「リート嬢、その……」

「リート、と、呼び捨ててください。その方が仲良くなれそうで好きです」

「すっ……いや、うん。リ、リート、一つ言っておく。もしも、一ヶ月の間にやはり俺のことが嫌になったら、遠慮せずに言ってくれて構わない。俺に言いづらければ、クーヴィット伯爵から陛下に伝えてもらってもいい。それに関しては一切、罰や報復は与えないと誓う」


 ジェラルドは、期待と諦めの入り交じった表情を浮かべていた。

 これはおそらく否定するよりも受け入れた方がジェラルドは安心するだろうと思い、リートは素直に頷いた。


「かしこまりました。私からも一つ、お願いしてもよろしいですか?」

「ああ、なんだ?」

「私も、殿下ではなくジェラルド様とお呼びしてもよろしいですか?」

「っ……かまわない」


 リートは内心で「よっしゃ!」と拳を握り締めた。天界にいた頃は「ちんちくりんな仕事人間」「色気可愛げゼロ」と陰口を叩かれていたが、リートにだってちゃんと男の子との関係を進展させることが出来るのだと証明された。これで、天界に帰った時にこれまで馬鹿にしてきた奴らを一蹴できる。

 ご機嫌なリートは思わず両手でジェラルドの手を握っていた。


「ありがとうございます!ジェラルド様!」


 ジェラルドが、すーっと後ろに倒れていった。気絶したのである。

 昨日婚約者になったばかりの少女と、名前を呼び合う関係になり笑顔で手を握られるという展開は、これまで女性から逃げられるだけの人生だった少年には刺激が強すぎたのであった。


 気絶したジェラルドを受け止めたアレスとオスカーから、今後の皇太子の学園生活に支障が出るため授業が始まる前に皇太子を気絶させるのはやめろ、ときつく叱られてしまった。

 別に、気絶させたくてさせたわけではないのだが。




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