傷を伴う関係
早川 駿(はやかわ しゅん:仮名)さんという男性から聞いた話。早川さんが通う大学の友人・Fさん(男性)の体に少しずつ異変が現れた。
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早川さんとFさんは、大学のフットサルサークルで知り合い、よく遊ぶようになった。同じ授業を受けたり飲み会をしたりと、今ではすっかり気の合う友人に。交友関係が狭かった早川さんにとって、Fさんの存在はとても大切だった。
Fさんの異変に気づいたのは、大学3年の夏ごろ。会うたびに体のどこかを怪我しているのである。
最初は耳や腕に絆創膏を貼っているくらいであまり気にならなかったが、左手を包帯でグルグル巻きにしていた時は、流石に心配になった。
『彼女とケンカした時にちょっとね。』
そう語るFさんだったが、ちょっとというレベルの怪我ではなさそうだ。早川さんは何があったのか問いただした。
Fさんの彼女というのは、11歳上の社会人。街コンで知り合い、春から付き合い始めたのだそうだ。彼女が一人暮らしをしている家で遊ぶことが多いらしい。付き合いたての時期は良い関係が築けていたが、最近ケンカが増えてきたとのこと。
『彼女、メンヘラっぽいというか、感情表現が下手でさ。ケンカになるとすぐ台所から包丁持ってきて振り回したり、俺に突きつけたりするんだよ。』
左手の包帯は、彼女が振り回す包丁を止めようとした際、誤って刃の部分を握ったためにできた傷なのだとか。その他の絆創膏も、彼女の凶刃によってできた傷を隠すために貼っているらしい。
「ヤバすぎるだろ。すぐ別れた方がいいってそんな女。身がもたねーよ。」
『でも、彼女いい歳だし、結婚まで考えてくれてるみたいだからさ。簡単に別れられねーよ。包丁を持ち出すって言っても大きな怪我はしてないから、そんなに心配すんな。』
そう語るFさんの表情は妙に明るかった。
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それから2ヶ月も経たないうちに、Fさんから「入院して1ヶ月ほど大学を休む」という連絡を受け取った早川さん。なんでも、彼女とケンカして包丁で腹部を刺されたとのこと。
最悪の事態が起きてしまった。いや、Fさんは死んでないから最悪ではないか。とにかくお見舞いと、詳しい事情を聞くために早川さんは病院へ向かった。
Fさんは某大学病院内の個室で、ベッドに横になっていた。病院には3日前に運ばれ、手術などを行い現在の体調は安定しているとのこと。
話を聞くと、左下腹部に刃渡り20cmほどの包丁の刃の三分のニほどが刺さったそうだ。痛みと出血でその後のことは覚えてないが、包丁が自分の腹に刺さっている光景と、温かい血が足を伝う感覚はハッキリ記憶に残っているらしい。
だから言わんこっちゃない。危ない女だから別れろって言ったのに。早川さんが説教臭くFさんにアドバイスをしたが、Fさんは、
『いや、彼女は不器用なだけなんだよ。俺が何とか、彼女の性格を正してあげればこんなことも減ると思うんだよね。今回もまぁ、死ななかったからセーフってことで。』
という調子。
何を言ってもFさんの気持ちは変わらないようだ。むしろ『今回の一件で彼女との絆がより深まった気がする』なんてことまで言っていた。
Fさんの話は全くもって納得できないが、これは本人たちの問題。自分が首を突っ込むべきではないと思いながら、早川さんは病室を後にした。
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Fさんは無事退院したが、その後も事あるごとに怪我をし、病院の世話になることが多かった。原因はやはり例の彼女。これだけ怪我をさせられたら普通は別れたくなるものだが、Fさんの気持ちは今も変わっていない。
『彼女、最近包丁にこだわり始めてさぁ。握りやすいくて軽い包丁をオーダーメイドしたんだよ。しかも5本。軽い包丁は刃が薄くて折れやすいから5本くらいないと不安らしい。』
まるで惚気話のように話すFさんの感情がよくわからない。今後のFさんの体も気がかりだが、早川さんは、ここまで怪我をさせても別れようと思わせないFさんの彼女のことが気になり始めた。
どんな人なのか、会ってみたいようで会いたくない、と語ってくれた。
※ご本人や関係者に配慮し、内容を一部変更しています。
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