気まぐれな空き巣対策

 今回紹介するのは、倉橋 雅也(くらはし まさや:仮名)さんという男性から聞いた話。


 倉橋さんが気まぐれにとったある行動によって、危機を回避したエピソード。


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 現在勤めている会社に新卒で入社して半年が経った頃、倉橋さんは有給休暇が取得できるようになった。特に用事があったわけではないが、何となく疲れを感じていたため、ある日、有休を取ることにした。


 平日休みなんて、学生の時以来。倉橋さんは家で布団に篭り、YouTubeを見ながら「他の人が働いている時間にダラダラできる」という優越感に浸っていた。


 14時を過ぎた頃。インターホンが鳴った。倉橋さんはマンションで一人暮らしをしており、家族は別の地域に暮らしている。今日、家族の誰かがやってくるという連絡は受けていない。


 宅配便の可能性もあるが、ネットで何か注文した記憶もない。身に覚えのない来客を不審に思いながら、部屋に設置された受話器を取った。


「はい?」


『あっ……ヤマモトさんいらっしゃいますか?』


低い男性の声が聞こえた。


「いえ、ウチはヤマモトじゃないですね。」


『そうですか。失礼しました。』


 ただの間違いか。倉橋さんは布団へと戻った。


 しかし、先程の会話に違和感を覚えた。男性は何のためにウチに来たのだろうか。普通「宅配便です」とか「郵便です」とか、要件を伝えるのものじゃないだろうか。単に「ヤマモトさんいらっしゃいますか?」というのは何だか不自然だ。


 少し引っかかる会話だったが、過ぎたことをアレコレ考えても仕方がない。そう思い、倉橋さんは動画視聴を続けた。


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 20時頃。家に買い溜めておいたカップ麺を食べていた倉橋さんは、外からサイレンの音が聞こえてくるのに気がついた。音はどんどん近づき、倉橋さんの住むマンションの前で止まった。


 何事かと思い、カーテンを開けてベランダに出てみると、マンションの入り口あたりにパトカーと救急車が止まっている。マンション内で何か事件でもあったのかと思ったが、自分には関係のないこと。引き続き夕食を取り、23時頃に就寝した。


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 倉橋さんが事件の内容を知ったのは、翌朝のニュースだった。48歳の男性会社員が帰宅すると、侵入していた空き巣と思われる3人の男たちと鉢合わせに。空き巣グループの1人が男性にの顔に催涙スプレーをかけ、頭をハンマーで殴り、現金50万円を盗み逃走。


 その2時間後に帰宅した男性の妻が、頭から血を流して廊下に倒れている夫を発見し、警察に通報した。


 男性は命に別状はなかったものの、頭蓋骨骨折など全治2ヶ月の大怪我。


 倉橋さんの住むマンションが、テレビ画面に映っている。倉橋さんは背筋に冷たいものを感じた。


 昨日の昼に訪ねてきた男性は、おそらくこの空き巣グループの誰かだろう。マンション中のインターホンを押し、留守の家を確認して回っていたに違いない。


 もし部屋に人がいたら、『ヤマモトさんいらっしゃいますか?』と、それらしいことを言って誤魔化していた……そう考えると、あの不自然な会話の辻褄も合う。


 およそ2週間後に空き巣グループは逮捕された。同様の手口で20件以上の犯行に及んでいたとのこと。


 もしあの日、有給休暇を取らずに仕事へ行き、自宅に侵入してきた空き巣グループと鉢合わせていたら……自分の気まぐれな行動が思わぬ空き巣対策につながり、事件に巻き込まれずに済んだ、と語ってくれた。


※ご本人や関係者に配慮し、内容を一部変更しています。

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