最後の花瓶
石原 美恵(いしはら みえ:仮名)さんという40代の女性が体験した話。
6年ほど前、別れた交際相手の男性Aさんとの間に起きた出来事だ。
----------
Aさんと交際が始まったのは、40歳が間近に迫ってのことだった。お互い、いい年齢ということもあり落ち着いた生活を望んでいた石原さん。仮に籍を入れなかったとしても、支え合えるパートナーになれれば良いなと考えていた。
しかし現実は違った。Aさんは建築関係の仕事をしていたが、石原さんとの交際が始まると、仕事を辞めて無職に。石原さんは何かにつけてお金を求められることが増え、総額にして200万円ほど貸していたという。
そんな生活に嫌気がさし、Aさんと別れることを決意。貸したお金は少しずつ返済してもらうという約束で、数年間の交際を終えた。
石原さんのスマホに不審な電話が増えたのはそれからだった。1分ほどの沈黙の後、ブツリと切れる。そんな電話が1日に5〜10件、全て公衆電話からかけられていた。
石原さんは電話の主がAさんであると薄々勘づいていた。警察に相談し、二度と接触しないようAさんを厳重に注意してもらった。
----------
それ以来、無言電話はなくなった。お金の返済も止まってしまったが、手切金だと思って諦めていた石原さん。
数週間が経ったある日の夜。職場から自宅のアパートに帰ってきた石原さんは、自室の扉の前に花瓶と花が置かれていることに気づいた。
青い円筒形の花瓶に、白やピンクの花が数本生けられている。差出人はわからず、手紙なども付いていない。
石原さんの脳裏にはAさんの顔が浮かんだ。
不気味に感じたが、そのままにしておくわけにもいかない。石原さんは花瓶を持って部屋に入り、花を取り出して、花瓶の中に入っている水を洗面台に流した。
入っていたのは水ではなく血だった。
真っ赤な液体が白い洗面台を染め、排水溝へと流れていく。思わず叫び声を上げてしまった石原さん。左手に持っていた花からも血が滴り落ち、玄関から洗面台のある風呂場まで、血の跡が転々と続いていた。
石原さんは急いで警察に連絡。再度Aさんを注意してもらうよう依頼した。もしこれでも収まらなければ、裁判を起こす覚悟もしていた。
----------
翌日の昼頃、2名の警察官がAさんの家を訪ねた。インターホンを数回押したが返事はない。
ドアノブを回すと、鍵がかかっていなかった。
中に入った警察官は、Aさんが潜んでいないか確認することにした。
風呂場の扉を開けると、浴槽の中で左手首を切り、すでに生き絶えている全裸のAさんを発見した。花瓶に入っていた血は、Aさんの手首から流れ出たものだと思われる。
Aさんによる一連のストーカー行為は、これで終わったかのように見えた。しかし石原さんには、まだ不可解な点が残されているという。
Aさんは浴槽で手首を切り、その血を花瓶に入れてそのまま亡くなった。だとしたら、誰が花を生けて石原さんの部屋の前に花瓶を置いたのだろうか。花瓶を運んだ「誰か」がいるはずなのである。
この一件から6年経つが、その「誰か」の正体はわかっておらず、いま考えても奇妙に感じる、と語ってくれた。
※ご本人や関係者に配慮し、一部内容を変更しています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます