黒魔術の儀式
私の母が体験した話。
母は「本当のところ何があったのかわからないから、私の想像も含まれている」と前置きした上で語ってくれた。
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1990年代後半、私と家族は片田舎にあるアパートに暮らしていた。
今でこそ近所付き合いをほとんどしなくなった母だが、当時は同じアパートに住むママ友たちと交流していた。私は幼稚園児で、私と近い年齢の子を持つ家庭がアパートに数世帯あったのである。
そのママ友たちの間で「508号室のAさん一家はヤバい」と囁かれていた。
Aさんは3人の娘を抱えるシングルマザー。娘たちは中学生くらいで、私よりもかなり年上だった。
それだけならごく普通の家庭であるが、Aさんはだいぶ変わった身なりをしていた。スキンヘッドで両腕には仏像?をモチーフにしたようなタトゥーが入っていた。かなりファンキーなお母さんだったのである。
「ヤバい」と言われているのは身なりだけが原因ではなかった。Aさんに会うと、必ずとある宗教に勧誘される。何度もしつこく勧誘された人もいて、Aさんとはあまり関わらない方がいいという噂が出回ってしまった。
その影響もあってか、Aさんの娘たちはいつも暗い表情をしていて、会った時に挨拶しても返事すらしてくれなかったという。
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ある日、母は私のお迎えをするため家を出た。とはいえ、私は幼稚園バスで送り迎えしてもらっていたため、母はアパートの前で私を迎えるだけ。
アパートの前から自分の部屋まで、子供の足でも1分あれば移動できる。しかし、当時は「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る少年による児童殺人事件があって間もなくのこと。大人たちは子供を守るため敏感になっていた。
部屋を出て、アパートの階段を降りていく母。1階まで降りると、階段と隣のブロック塀との間に血溜まりができているのに気づいた。
血溜まりの真ん中あたりに真っ黒なネコが倒れていた。血はネコの腹部から流れ出ている。
ブロック塀を見ると、ブロックの隙間に包丁が1本深々と刺さっていた。包丁からは血が滴り、壁に赤い線ができていた。
この包丁で何者かがネコを殺したのだろう。自然死や他の動物にやられたような状況ではない。人間が何らかの意図を持ってこのネコを殺したとしか思えない。血が乾燥していないところを見ると、そう時間は経っていない。
異様な光景を目の当たりにした母は、自室に戻り警察を呼ぶことにした。振り向いて階段を登ろうとしたその時、踊り場からAさんの娘の1人が顔を出していることに気づいた。娘は母を見ながらニタニタと笑っていた。
母が声をかけようとしたところ、娘は顔を引っ込め、大きな足音と『あはははははっ!あははははははははっ!』という笑い声を上ながら階段を駆け登っていった。
ネコに関して何か知っていそうなAさんの娘を追いかけようとした母だったが、警察を呼ぶことを優先した。
もしあの娘がネコを殺した張本人だったらどうなるだろう。包丁を隠し持っていて、自分に襲いかかってくるかもしれない。
それに「酒鬼薔薇聖斗事件」も、小動物の殺害から子供の殺人へと発展したと聞いた。あの娘が犯人かどうかは別として、ネコを殺した人間が近くにいることは確か。それは自分の子供や近所の子たちのリスクになる。
母はすぐに警察を呼んだ。結局、誰が何のためにネコを殺したのかは分からず、それ以上の進展はなかった。
この一件はすぐアパート中に広まり、ママ友たちの間では「Aさんが黒魔術の儀式を娘に教えていたのではないか」という噂になっていた。
ただこれは証拠も何もない完全なる噂に過ぎず、母はどうかと疑問視していた。しかし不審な点は確かに多かった。
ネコを殺した凶器を現場に残していたこと。Aさんの娘が母の様子を階段から見ていたこと。Aさんが宗教にどっぷりはまっていたこと。
このような点を考えると「怪しげな儀式をしていた」なんて噂が生まれても仕方なかったのかもしれない。
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その後1年以内に、アパートのママ友たちは次々と引っ越していった。私の家族も県外へ引っ越すことになった。
どの家庭も子供が小学校に上がるタイミングでの引っ越しだったため、この事件が直接的な原因ではない。
とはいえ、もしAさん、またはその娘がアパートの住民を追い出すような儀式をしていたとしたら……なんて想像しまう、と母は語った。
※本人や関係者間に配慮し、一部内容を変更しています。
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