皆が憧れている王子様に暴力を振るわれているので、婚約破棄してやろうと思います。女は逆らうな?寝言は寝て言いなさい

仲仁へび(旧:離久)

第1話





 瘴気の発生する災害多き国の中。王都の主要道路を行きかう市民達は、王子についての噂話で盛り上がっていた


「この国の王子様は素晴らしい方ですわ! こんな世の中なのに、女性にも優しい」


「それだけじゃなくて、いつも私達平民の事まで気にかけてくださるんですから」


「この間も、王都を見てまわっていたのよね。王子様と結婚できる人は幸せね」






 王宮を抜け出した私は、お忍び先で訪れた場所で、そんな話を聞いていた。


 皆、分かっていない。


 恋に浮かれた女性達の言葉を聞いて嘆息する。


 この国の王子は、妻になるだろう女性に手をあげる人だ。


 外面が良い反面、身内には厳しい。


 失敗した使用人達にも、何度も手をあげている。


 完璧な仕事をしたところで、王子がいちゃもんをつけて暴力をふるうものだから、より悪質だ。


 一度それについて文句を言ったら「女は逆らうな」という反応だ。


 この国では、男尊女卑が当たり前(だからこそ先ほどの様に女性達が熱をあげるのかもしれないが)。


 女性は男性を敬い、出過ぎたマネをしない。というのが美徳と考えられていた。


 他国からこの国にやってきた私には違和感しかない。故郷の国にはそんなものはなかったものだから。


 だから来たばかりの頃は、この国の空気に慣れるのに苦労した(正直、今も慣れた気はあまりしないが)。


「尊敬してほしいなら、それに値する行動をとりなさいよっ。まったく」


 故郷の地で王女として過ごしていた私に向かって「女だから意見を言うな」と言う人はいなかったのに。


 市民にまぎれてため息をついていると、護衛の男性が話しかけてきた。


「エピア王女、国が違えば価値観が違うのは当然だろう。それは分かっていたはずだ」


 彼は、私がこの国の王子と婚約し、王宮入りをする時についてきた男性だ。

 お忍びで出かけるときは、かなり迷惑をかけている。


「ええ、そうね。でも想像よりひどくてうんざりしているのっ!」


 私は、できるだけあの王子をぎゃふんと言わせてから、婚約破棄をしたいと思っている。


 あんな男尊女卑王子が人の上に立っているのを見ると、この国の将来が不安になる。


 仕事ができればまだマシだったけれど、そちらは有能な者に丸投げしてるみたいだし。


 何から何までハリボテだった。


「私、あの人の妻になるのなんて嫌よ。支えていける自信がないわ」


 この国の男尊女卑王子と婚約している私は、花嫁修業期間中だ。


 そのために、この国の王宮で教育を受けている。


 しかしそれが終わってしまえば、本当の妻になってしまう。


 男尊女卑の塊と一緒にいるのは耐えられそうになかった。


 だから、何か良い方法はないかと色々な方法を調べていたのだが。


 つい先日に、王宮から捨てられたとある王子の存在を見つけていた。







 王都の外。


 町を囲うように鬱蒼とした森がある。


 この森を抜け出ると、外は瘴気の漂う荒野が広がっている(瘴気は生き物にとって毒なので、うかつに出ると危ない)。


 だが、今日の私達はそこまで遠くに行く予定はなかった。


 用があるのは、町から数十分ほど離れた森の中。


 薄暗い森の中にある、ボロボロの家。


 そこに一人の青年が住んでいた。


 途中、男尊女卑王子の部下らしき兵士が森の各所にいたが、こちらには頼もしい護衛がいたので、難なくスルー。


 護衛男性の勘に従って進めば、複数の人間の目をかいくぐる事は造作もなかった。


 やがて、目当ての場所にたどりついた。


 ボロボロの家にいる人は、王宮から捨てられた存在だ。


 王宮にいた頃は、魔王の転生者とも言われて、多くの人から不気味がられていたらしい。


 魔王とは遠い昔に存在した、とされるもの。


 この地の周囲に吹き荒れるもの(人体に有害である)瘴気ガスの色のような紫の瞳を持ち、奈落の底の暗闇を思わせるような真っ黒な髪をしているらしい。


 王宮から捨てられた彼も、そんな魔王と同じ容姿をしているとか。


「他には、魔王は超常の魔法を使いこなすって話があったわよね」

「らしいですね。その男性にもそういう噂があるとか」


 見た目と魔法。この点が二つともあったから、彼は王宮で「魔王の転生者」などと言われていたのだろう。


 家の扉を扉をノックすると、ゆっくりと扉が開いた。


 予想通りの容姿の彼が、顔をのぞかせた。


「何の用だ。帰ってくれ」


 けれど出迎えた彼は、拒絶の一言で扉を閉めた。


 一秒しか視線が合っていない。


 やれやれと肩をすくめる護衛の男に向けて私は「長期戦ね」と述べた。


 彼は私が頑固であるという事が分かっているのか、それ以上何も言わなかった。


 その日から私は、内緒で王宮を抜け出しては、この場所へ来る事になった。







 七回ほど来訪を繰り返したら、(少しだけ態度が変わったのか)家の中に入れてくれるようになった。


「何の用だ。用を聞くだけだ。聞いたら追い出すぞ」

「ありがとう入れてくれて。さっそくで悪いけど、貴方こんな扱いされてて、恥ずかしくならないの?」


 こんな、とは追放されて森の中に追いやられている状況だ。


 率直すぎる物良いに、相手は面を食らったようだ。


 一瞬、私を恐れるかの様に身をのけぞらせる。


「ならない。人目などないからな、ここには」

「やり返したいとは思わないの? 貴方をこんな場所に追いやった人間に」

「思わない。一体何が言いたい」


 ものすごい勢いで急降下していく彼の機嫌が、手に取るように分かった。


 心なしか、家の中の空気がまがまがしく変質していくような気がした。


 ただ偶然、魔王と見た目が似ているだけだと思っていたし、能力云々は噂話だと思っていたけれど、あながち間違いではないのかもしれない。


 だが、それがどうした。


「悔しいと思ってるならやり返しなさいよ、この腰抜け王子」


 私は彼をあえて煽った。


「追放される日に、使用人全員に片っ端から「魔王と同じなんかじゃない」なんて訴えかけたくらいなら、もうちょっと足掻きなさいよね。おかげで私はいい迷惑よ。あんな男尊女卑王子の嫁にされてるんだから」


 それは私が王宮の端々で聞いた過去の話。

 今はつっけんどんな態度だが、子供の頃は可愛かったらしい。


 掘り返されたくなかった過去を掘り返された彼は顔を真っ赤にしたが、最後の一言を聞いてはっとした顔になった。


「嫁、そうかお前があいつの妃になるのか。王都で噂になっている」


 人目をしのんで一人で暮らしているといっても、生活に必要な物は出てくる。


 だから、その品物を調達する時だけ王都に行って、小耳に挟んだりしたのだろう。


 彼は眉をしかめながら言葉を続けた。


「だが、それがどうした。お前には関係ない」

「いいえ、あるわ。どうせ結婚するなら、もっとマシな男が良いって思うのが普通でしょう」

「は? お前、俺の方がマシだと本気で言っているのか?」


 彼はようやくここで、察したようだ。

 私が言いたい事を。


 そう。私は彼に、男尊女卑王子を蹴落としてから王座についてほしいのだ。


 私のやる事で国の関係を悪化させるわけにはいかないから、婚約破棄しつつも、婚約を維持しなければならない。だからそのためには、必要な事なのだ。


「たかだか魔王に似ているだけでしょう。魔王本人じゃないんだから、そんなにびびる事でもないわ」


 彼は口をぽかんと開けたまま、一時停止。


 しかし、数秒後に我に帰ったらしい。


「機嫌をとろうとしても無駄だ。帰れ」と言って、私の体を押して家の外へ。


 私についてきて護衛も外に出た所で、扉が閉められた。


「失敗したかしら」

「色々、手順を省略しすぎかと」

「でも、すごく印象には残ったんじゃない?」

「それは同意ですが」







 頭のおかしい女を家の外に追い出してから、俺は、ルキウスは疲労感にさいなまれていた。


 色々と疲れる女だった。


 口から吐き出す言葉全てが信用ならない。


 けれど、今の王子が嫌だという事は紛れもなく本当なのだろう。


 魔王の転生者と噂されている自分の所まで、何度も通うくらいなのだから。


 俺にだって意地はある、憎しみもある。


 王宮を追い出した奴らを見返したい気持ちも。


 だが、その後、どうなる。


 受け入れてもらえなかったなら、意味がないではないか。


 結局は居場所がないまままだ。








 追放王子の説得を急がなければ、もうすぐ花嫁修業の期間が終わってしまう。


 そうなると私は、男尊女卑王子の妃に向かって一直線に進むしかなくなる。


 それはどうしても避けなければならない。


 だって今日もあの王子は「この国の礼儀作法はしっかり身につけろ。まあどうせ失敗するだろうが、その時は俺に恥をかかせるなよ」とか、「なに努力した気でいるんだ。王子である俺の方が大変なんだぞ。顔を合わせたら、気の利いた言葉でもかけるのが普通だろう」とか言ってくる。きちんと仕事してないくせに。


 このままあの追放王子がやる気を出してくれるのを待つしかないだろうか。


 いいや、運頼み、神頼み、人頼みなど言語道断。


 何かを成し遂げたければ、自分が積極的に行動すべきだ。


 というわけで。


「過去の追放王子の仕事ぶりを拝見するとしましょうか。子供と言えども、王子なら何らかのお手伝いくらいはするでしょうし。この部屋に人が入ってこないかどうか見張っててね」

「はぁ、分かりましたよ。また何か考えてるんですね」


 次にやる事は、王宮の資料室の中で調べものだ。


 護衛の男性を見張り役として部屋の前に立てておきながら、資料あさりに精を出す。


 さすがに一度の調査では見つからなかったので、何度もその場所へ行ったり来たりを繰り返した。


 男尊女卑王子に「何をしているんだ。毎回資料室なんかで」と聞かれた時はぎくりとしたが、「礼儀作法の勉強よ。貴方に恥をかかせないためにね。自分で言った事でしょう?」と返しておいた。そう言ったら確かめもしなかった、ちょろい。


 そして、何度目かの調査の時、私はその資料を見つけ出した。


「当たりね。これで状況が変わるわ」


 過去、この国は瘴気の災害で悩まされていた。

 けれど、ある時期からぱったりと被害がやんだそうだ。


 だからそのあと私は、追放王子が男尊女卑王子のせいで怪我をしてしまい、生死不明になったという噂を流した。


 この国に来てから、ただいたずらに王宮を脱走していたわけではない。


 こういう事もあろうかと、情報操作をしてくれる人間に目星をつけていたのだ。


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