ドッペルゲンガー

×



掛けても欠けてもゼロなので、単数にも複数にもならない。失うものもない。



零人称とは、もう一人の自分を誑し込み

嫐る存在の呼称である。








一を聞いて、十を知れ、


なんて、馬鹿馬鹿しい。


零も知らない者が何を言うか。





コンビニのいちごサンドを頬張りつつ、

スマホのロックを解除する。




右手で包みを開けたはずなのに左手がべとついた。駅のホームに次の電車が付くまで、およそ1、2分。ここからホームの端まで、1分。ゆえに45秒で食べ終える。








爆音で鳴り響く薬局のテーマソングも、クリアな傘からのぞくTSUTAYAが入るビルの電子広告も、グレイッシュな空のせいで余計に誇張して見える。



ここにいると、正義だと思える。世界でいちばん好きな場所。


世界一周とかしたことないから知らないけど、多分そう。


群れるとかごめんだし、酷薄だ。増してや他人の思惑を共有するなんて。だけどここは誰とも目が合わない。だからって、孤独感もないからいい。





一斉に吐き出された人並み。大きなバツの字を描いた横断歩道。山手線の乗車口に向け走る若者、幾年か前まで109の2号だったマグネット。変わりゆくものもある。だけど、 普遍的。





× × ×



ギラつくビルの上から見えたのは、同じタイミングで散らばる密集していた片鱗。たった一欠片は構築されることで、飲み込む。


パーツのひとつだったさっきまでの自分。なだれていくそれにも疑うことなく参加していたくせに、第三者の視点から見ればところどころ歪なのが愛しい。



記憶の向こう側でも交わる運命などありえない。なのに、ここにいる。ユーレイだとか、そんな世界の話でもない。一瞬だけ合った気がした瞳は、おそらく――



五分先、一時間前、明日、昨日、十年前。零人称と呼ばれるソンザイがまとわりつくせいで、背徳感が増してしまうの。





×

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る