第二話 今世では家族に愛されているようです

 謹慎四日目。イザベルは定位置となっているロッキングチェアに座っていた。サイドテーブルには飲み物と軽食、そして五冊程積み上げられた推理小説が置かれている。時間を潰す為に用意はしたが、気はそぞろで大好きな本にも集中できていなかった。


 というのも、家族がイザベルには内緒で冤罪を晴らそうと動いているのを知ってしまったからだ。イザベルは彼らを頼るつもりはなかった。

 しかし、父は今も王城や商会を行き来しつつ、仕事のかたわらイザベルの無実の証明となりうるモノを探している。社交界の薔薇と謳われている母は珍しく率先してお茶会に出ては私について不利な情報が出回らないように調整してくれている。王城勤めをしている兄達も父と母に手を貸してくれているらしい。皆イザベルの無実を信じて動いている。

 ただ、第二王子が裏で手を回しているせいで、表立って手を貸してくれる人が中々見つからず、あまり状況は芳しくないらしい。

 権力を盾にして弱者を虐めているのはどちらだ、と言いたいところだがここは我慢しておこう。


 家族には大変申し訳ないが。……実は無実事態を証明するのは簡単だ。

 だが、について告げるのは最終手段にしたい。きっとはその結果では満足しないだろうから。


 トン、トトンと規則性のあるノック音が聞こえた。入室許可を出すと扉が開き、ユリアが入ってきた。

 数枚の書類と届いたプレゼントをユリアから受け取る。まずは書類を手に取り、目を通した。

 想像通りの結果に、笑みが零れる。淑女らしからぬ笑い声まで出そうになり、誤魔化すようにユリアに抱き着いて感謝を述べた。

 ユリアは目を瞬かせた後、嬉しそうに微笑んだ。

 貴重なユリアの笑みを見て、イザベルは耐えきれず声に出して笑ってしまった。


「はぁ。こんなに良い気分になったのは久しぶりだわ。大口を開いて笑ってしまったのは、ユリアと私だけの秘密よ。ふふ」


 もちろんだと頷くユリアにもう一度微笑みを返すと、身体を離した。


「お父様に事件について話がしたいと伝えてくれる? それと、便箋を三通分用意してほしいの」


 先程までの笑みは消して頼み事をする。ユリアは頭を下げ、すぐさま部屋を出ていった。

 プレゼントの中身を確認して、そっとサイドテーブルに置くと窓の外を覗いた。塀の外に見覚えのある子ども達がいるのが見えた。イザベルに気が付いた子供達が指をさしている。手を振れば嬉しそうに皆ふり返してくれた。

 直接会えないのが残念だが、仕方がない。鬱憤はにぶつけることにしよう。


「あーあ……私に手を出さなければ今の幸せを手放さないですんだのに」


 呟いた声の冷たさに自分で驚き、今のは悪役令嬢ぽかったなと今度は面白くなって笑った。

 残念ながら私は悪役令嬢にもヒロインにもなるつもりはないけれど。



 ————————



 父は早々に仕事を引き上げ、外出していたはずの母を連れて家に帰ってきた。両親は帰宅後すぐにイザベルの部屋を訪れ愛娘を抱きしめた。

 両親からの確かな愛情を感じ、うっすらと涙が込み上げてしまったのは秘密だ。

 ユリアには見られたかもしれないが。


 テーブルの上にユリアに渡された書類を並べ、その隣に白紙の紙を用意した。

 白紙の紙に自分の推測とその裏付けとなるものを記入していき、順序よく説明した。説明する間、父の表情は一切変わらなかったが。一方、母は後半になるにつれてまるで前世でいうところのなまはげや般若のような形相に変わっていった。思わず二度見してしまった。瞳孔の開いた眼と視線があいそうになり思わず目を逸らす。かわりに父の後ろに控えていた執事長と視線があったが、それで正解だというように頷かれた。……母は過去に何かやらかしているのかもしれない。



 父はしばし無言でイザベルの意見を吟味していたようだが、深くソファーに座りなおすと苦笑した。想像していた反応と違い、思わず首を傾げる。


「イザベルは元々頭がいい子だとは思っていたが、ここまでとは。……父として少し不甲斐なく思ったよ」

「そんなことはないと思いますが」

「いや。実際、行動を制限されているイザベル以上の情報を私はまだ手に入れきれていなかった。……これだけの情報を手に入れたとしても、にたどり着ける人間は一握りだろう。イザベルが提示した案でイザベルの冤罪を明かすのは問題ないと私も考える……が」

「そちらも、すでに打てる手は打っています。が、正直そちらは私達では難しいかもしれませんね」


 テーブルの上に並んでいる先程出したばかりの三つの手紙の写しの一つをコツリと指で叩く。正直、これについては博打のような気もする。乗るか乗らないか。藪蛇を突いた————なんてことになる可能性もあるのだ。ただこちらとしても黙っているわけにはいかない。


「せめて、釘を打つだけでもできていたらよいのですけれど」

「ああ、そうだな。こればかりは、英断をしてもらいたいものだ。そうでなくては……私達もこれからの立ち位置を考えねばいけなくなる」


 父と娘が幾度も溜息を吐き出す中、母はガタリと淑女らしからぬ物音を立てて立ち上がった。


「まぁ辛気臭い! 戦の前から気落ちしていては勝てる戦までも負けてしまいますわ! さぁさぁ! 戦いはこれからですよ! あなたはしゃきっとなさって! イザベルは勝負服を今から仕立てますわよ!」

「ええ?! い、今からですか?」

「ええ、まずは相手よりも上等な衣装を纏い、威嚇して先制攻撃をするのです! お母さまに任せておきなさい。女の闘いは私の得意分野よ」


 そう言い切った母の姿はまさに社交界の薔薇の二つ名にふさわしい女帝だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る