Gold can Stay #02
プレハブ小屋を使えるのは放課後のみ。
テスト期間は使えない。
暖房器具が使えないので冬季の使用も禁止。
鍵を返してから帰宅すること。
友達をぞろぞろ連れ込まないとこ。
物を増やしたり減らしたりしないこと。
汚したら掃除すること。
何か問題を起こしたら立ち入り禁止。
いくつかの条件を先生から出され、ひのではそれに則り放課後にプレハブ小屋で絵を描き始めた。
対象はプレハブ小屋の窓から見える音楽科の校舎の窓から見え隠れする生徒だった。こそこそと覗きのようで趣味が悪いかとも考えたが彼の姿はどうもはっきり見える。堂々としていればそのうち向こうもこっちに気づくのではないかと思いながらじっとしないモデルをデッサンした。
モデルはよく動いた。窓から見えない位置に行ってしまったかと思えばすぐ戻ってくる。端正な横顔が見えて鉛筆を構えると後頭部に変わる。ほぼ想像で描いた絵は一週間ほどで完成に近づいた。
どうにか彼と知り合えて実際にモデルを頼めるようにならないか。そう思って目をつむる。暖かいこのプレハブ小屋は夏になったらさぞ暑いのだろう。歌声と室温が心地良くうとうとし始めてしまったが歌が止んだことに気づき、ひのでは体を伸ばし再び絵に取りかかった。
すると少し遠くからカシャンと硬いものがぶつかるような音が聞こえた。そちらへ顔を向ける。
窓から見ていた窓越しの彼がこちらを見ていた。ひのでの心臓が飛び跳ねた。
それは向こうも同じだったようで見るからに焦ってきょろきょろしていた。彼の表情がひのでを落ち着かせた。相変わらず鼓動は激しかったが窓に近づいてみた。思えば、自分からプレハブ小屋を出て音楽科の窓を叩けば彼と友達になれたかもしれない。それでもひのでは彼にここへ来てもらいたい気持ちだった。そっと手招きした。
相手は窓を開け、窓枠に足をかけて校舎から出てきた。来てくれることとその方法に驚いたひのでは今まで描いていた絵を急いでしまった。イーゼルに授業で描いた未完成のアグリッパを立てかける。プレハブにもアグリッパはいる。大丈夫。不自然じゃない。
音楽科の校舎からプレハブ小屋まではほんの数歩なので相手はすぐに到着した。ひのでは扉を開けた。
「いらっしゃい」
「こんにちは…」
ひのでよりほんの少し背の高い彼ははにかみながら挨拶した。濃紺のリボンタイをしている。音楽科の一年生だ。知らない人に知らない場所へ招かれた彼は恐縮しているようだったがこれはチャンスだった。
とりあえず座ってもらって話をした。
美術科の彼は小テストの課題曲を毎日練習していると教えてくれた。プレハブに人がいるとは思わなかったそうだ。
同学年なのにずっと丁寧語で話してくる。初対面だからだろうか。ひのでは自分が制服の上からパーカーを着ていることに気づいた。絵を描く時は制服が汚れないようにこの黒いパーカーを被る。紺色のクロスタイは彼に見えていないのだった。
「またおいで。俺、他の科の知り合いっていないんだ。俺も一年。友達になってよ」
平然とした顔のまま勇気を出して頼むと彼の表情はほころんだ。
「いいですよ。放課後はいつもここにいるんですか?」
「うん、好きな時に遊びに来てよ。歌の練習飽きた時とか音楽科の嫌な奴の愚痴言いたい時とか」
この子にそんな時あるのかな。自分から言っておいてひのでは疑問に思った。
彼の名前は「さんごう だん」と言った。名字も名前も聞き馴染みがなく紙に漢字を書いてもらった。
三郷 暖
「ん」は何音と言ったか。それと濁音が印象的でおもしろい響きだ。太鼓みたいなリズムのある名前だとひのでは感じた。音楽科らしいとも思った。
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