絞殺魔 潜伏中

Tempp @ぷかぷか

第1話 絞殺魔 活動中

「追い詰めたよ殺人鬼」

「またテメェかよ、変態が」


 月も届かない夜の闇、静まり返った夜の街。

 幅2メートルほどの細い路地に縦横に美しく張り巡らされた赤い縄。その中心に意識を失った女性が1人。

 俺はナイフでその縄を切る。女性はずるずると地面に落ちる。もう大丈夫だろう。

 俺は切った縄を手に殺人鬼ににじり寄る。

 殺人鬼は1つ舌打ちをして踵を返し走り去る。


「待て!」

「待つかよ阿呆が」

「俺の話を……」


 殺人鬼は闇に紛れて姿を隠す。

 俺は本気で追いかけたりはしない。捕まえたって意味がない。だって俺は殺人を止めたいわけじゃないんだから。まあ話す機会は別にもある。


◇◇◇


 クラクションが行き交う大通りに面した喫茶店でいつも通り新聞を広げていた。3面の見出しは『絞殺魔、またしても失敗!?』だ。

 昨日俺が助けた女性の写真にこんな顔だったかなと目を寄せて眺めていると、誌面からスンとインキの香りが漂った。手元に影が落ちる。見上げると絞殺魔がいた。ドカッと向かいに腰掛けてコーヒーを頼む。


「おはようさん」

「テメェいい加減にしろ、なんで俺の行くとこ行くとこ現れるんだよ」

「わかりやすすぎるんだよ。次は向かいの本屋の女の子だろ? あんたの趣味考えると」

「チッ。そうだよ」


 忌々しそうにこちらをみるのは柳本涼介やなもとりょうすけ。警察も新聞も誰も尻尾を摑んでいない噂の絞殺魔。身長174cm、体重62kg。痩せて不健康そうな27歳でシフォンマッシュの黒髪にダッド・ベイカーのスーツ。このオフィス街で働いてる。

 なんで警察はわかんないのかね? こいつの趣味はわかりやすい。被害者の就業場所から行動範囲は絞り込めるし、その中でこいつの好みそうな女を張ってれば高確率で出会える。


 最初にこいつを知ったのは新聞記事だった。ここでいつもの通り新聞を広げていると『猟奇殺人』の文字が踊っていた。女性がぐるぐる巻きにされて絞殺されていたらしい。へぇ、と思っていたらそれが続いた。3件目に至った時、死体の描写が新聞から消えた。模倣犯防止か、よっぽどヤバいか。

 気になってしようがなくてネットの海で足跡を探ると、それはもう猟奇的な写真が見つかった。いずれも薄暗く狭い路地。


 最初のぐるぐる巻きは人体が小さく折りたたまれて頭も腹も手足も隙間なく白い縄でぐるぐる巻にされて喉だけが露出していた。その喉の真中に首を絞められた手の跡が赤くくっきり残っていた。


 2番目の死体はBow and scrape。右足を軽く後方へ引き、右腕は右肘を上げて胸の前、左腕はそのまま左に伸ばしたお辞儀のスタイル。一見、路地できっちりスーツを纏った女性がこのお辞儀をしているように見えた。実際はスーツと同色の最小限の縄で関節を固定されて路地に立って固定されていた。首には赤い手の跡。


 3番目は女性が大の字になって路地の高さ1メートルほど中空に浮いていた。手足の先は路地の電柱や配管等から伸びた黒い影色の縄にくくられ、本当にぽっかり空に浮いているようだった。白っぽい服に首筋の赤い手の跡が目立っていた。


 ちなみに昨日はまるで蜘蛛の糸のように張り巡らされた赤い縄の中心に、下半身を縄でぐるぐる巻にされた女性が囚われていた。両手首は背後の網に絡めとられている。きっとあとは首を締めるだけだったんだろう。丁度ゴム手袋をはめようとしているところだった。


 柳本はカップをカタリと置いたあと、フゥ、と息を吐いて呆れた顔で俺をみた。


「もうやめてくんないかな、マジで」

「俺を絞め殺したら止むよ」

「なにが悲しくてテメェみたいなオッサンを絞めなきゃなんねえんだよ」

「趣味って死ぬまでやめらんないじゃん。俺やって欲しいデザインがあってさ」

「糞が」

「試しに首絞めてくんないかな」

「ざけんな」


 柳本はコーヒー1杯飲んだらさっさと席を立つ。俺はその後ろ姿を見送る。

 失敗した翌日にここで待っていると、あいつは律儀にも文句を垂れに来るんだ。面白いやつ。俺は柳本に首を締められたい。単に首を絞められるのが好きなだけ。

 なお、別に俺はゲイなわけでもなく柳本自身が恋愛的に好きなわけでもない。


 柳本が首を絞めてるところを見たが静脈閉塞だ。俺の好みの絞められ方。


 俺は首を締められるのが好きなんだ。どう好きかっていうと。

 喉の部分をあまり圧迫しないように、首を包み込むように頸動脈を絞めると、脳への血流が止まって、頭の後ろから耳の奥をとおって眼底まで何かが突き抜けるような衝撃を感じたあとに、頭全体の皮膚の真下にある血管全部が膨張するように圧迫されて、頭がぼんやりふわふわしたする。耳の奥に水抜きに失敗したときみたいな気持ちいい不快感と異物感があって、同時くらいに鼻の奥につんと鼻血がでるような感覚がする。そのあと喉の圧迫で舌が軟口蓋に押し付けられてることに気がついて口がぱくぱくと自然に開く。死ぬのに近づく、この感覚。

 そっから軽く気道閉塞があるとまたたまらないんだけど。そんなふわふわした中で気道を抑えられて急に現実に引き戻されるような圧迫感と窒息感。その時には頭は全然働かなくて頭の中がぐちゃぐちゃになって混乱する。


 その時動けないと最高で、そうじゃないと無意識に暴れてしまうからな。抵抗できずに首を絞められるとか想像するだけで滾る。別に縛られたいわけじゃないんだよ。シンプルに首絞められるのを楽しみたいだけで。でも柳本のあのわけのわからない縛り方で絞められるとかなんかの映画のクライマックスみたいでカッコいいよな。唆る。男はいつでも浪漫が必要だ。


 これな、前に手首だけ縛ってもらって元カノに首絞めてもらった時、救急車呼ばれて振られた。当然か。覚悟が足りないんだよ。まあ騙して大丈夫だからって言って絞めさせたんだけど。悪いことしたな。


 でもあの頭の中真っ白になった感じが忘れられない。もう1回したい。死んでもいい。柳本涼介なら日和らない。

 問題はなぁ。俺がオッサンなんだよな。柳本の趣味はきれいな姉ちゃんばっかだもんな。でも首絞めたいだろ? 性癖ってそういうもんだよな。俺も絞められたい。

 だから柳本が首絞めようとする場面を尽く潰してやる。欲求不満になったら俺を絞めてくんないかね?


 まあ俺で解消しなくてもいいんだけど普通の時に追い詰めると刺される未来しか浮かばない。それは違うから追い詰めたりはしない。だから柳本が時間かけて縛ってるのを眺めて、さあこれからってところで寸止めて嫌がらせしてるんだけど。

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