第25話 初志貫徹!! 間違い無しのパーフェクトアンサー!!

「動きが単調ねマモリ!! 魂魄獣に頼りすぎよ!!」

「クッ、妙な動きをして!! 大人しく捕まってください!!」


 大通りから外れた建設中のビル。ここが巻き込まれないでバトルを見られる丁度いい位置だろう。

 その一番高い場所から、二人の戦いを見守る。それが私の役目だ。


 巨大な四体の魂魄獣に加え、自身もソウルストリンガーで攻撃。傍らにはソウルスピナーを展開して自身を守って戦うマモリお嬢様。

 片腕にも関わらず、四つのソウルギアをフルに活用。戦場を縦横無尽に動き回り戦うマモル坊ちゃま。


 坊ちゃまは必殺技による高速移動で、常にいずれかの魂魄獣の懐に入り込む事で攻撃を制限させ、多対一の不利を避けて立ち回る。

 さらに、その合間でお嬢様にソウルシューターやソウルランナーで直接攻撃を加え、短期決戦を狙っている。

 だが、お嬢様もそれを承知しているので、スピナーの力場で常に自身を覆い防御を固めているので隙がない。四体の魂魄獣への指示も力任せではなく的確だ。


 二人共、感情的になってはいるが戦術は手堅く冷静、兄妹は非常にレベルの高い攻防を繰り広げている。


 加えて両者は、莫大なソウルにまかせて必殺技やトリックを惜しみなく連発している。

 それらが衝突、もしくは避けられる度に道路が抉られ街灯が倒れ、周囲の建物は穴だらけになって吹き飛ばされる。


「トワイライト・シンドローム!!」

「切り裂け!! スコル!! ハティ!!」


 トリックで描かれた巨大な月を、二頭の大狼が振るう鋭い爪が切り裂き、周囲を吹き飛ばすソウルの奔流が巻き起こる。


 舞車町全体は既に、アオイお嬢様が展開したソウルワールドと化している。

 なので、建物は破壊されても解除すれば元通りとなる。ソウルギアが使用者をソウル体へと変換する力と同様の作用が町全体に施されている様なものだからだ。

 そして、ソウルワールドの中では子どもはほぼ無条件に活動できるが、ソウルを操る術に長けていない大人は世界に溶ける。大抵の大人はソウルワールド展開中は範囲内から姿を消し、解除されるまで元には戻らない。

 溶けている間の当人に意識は無く、分解は瞬時に行われるので何をされたかも認識できない。消えていた本人の認識では、何故か一瞬で時間だけが過ぎていた事になるだろう。


 二人共それを理解しているからこそ、周囲の被害を気にせずに戦っている。体育館で決起集会が行われている今、町の外れに子どもがいるはずもない。

 周囲の被害などまったく考慮しない派手なソウルバトル、ここまで大規模な物は滅多にあるものではない。


《b》「マキシマム・バレット!!」《/b》

《b》「吹きとばせ!! フレスヴェーグ!!」《/b》


 無数の弾丸と、怪鳥が巻き起こす衝撃波が激突。僅かな拮抗の後に爆発音が響き、大気をビリビリと震わせる。


「捕えろ!! ニーズヘッグ!!」

「逆巻け!! シルバー・ムーン!!」


 自身の巨体で坊ちゃまを捕らえようとする大蛇が、斥力を発生させる力場によって阻まれる。弾かれながらも締め付けんと大蛇は激しく暴れ、周囲に破壊が撒き散らされる。


 ソウルメイクアップによって成長したマモル坊ちゃまと、三つのコアソウルで自身を強化させたマモリお嬢様。

 そんな二人のソウルバトルは今の所は互角だ。まさに一進一退の攻防を繰り広げている。

 つまり、このままでは……


「うーん、このままだとマモル君は負けるでゲスねぇ……ウルルちゃん、キミはどう思うでゲスか?」


 いつの間にか、私の隣に男が腰掛けていた。

 ボサボサの髪に無造作な無精髭、そして分厚いメガネをかけた胡散臭い男が私に同意を求めて来る。


「名前を呼ばないでください智天さん、呼ぶなら地杜です。毎回言わせないでください」

「ゲヘヘ、失礼したでゲス」


 口ではそう言っても、態度はまったく悪びれない。私はこの人が嫌いだ。

 様々な組織に顔を出し、仕事相手を選ばない癖にダイチ様に信頼されるこの男、智天ツバサが気に食わない。

 私だってもう少し早く生まれていれば、あの頃にダイチ様達と同じチームに……


「二人共、舞車町のソウル傾向なんてお構い無しでゲス。自身の周囲をソウル傾向を書き換えて、ソウルランナー以外の力もフルに発揮させているでゲス。体育館の観客席に設置されている装置を使ってアオイちゃんが行っている事を、自力でやってのけている……札造博士特製の装置と同じ力でゲスねぇ?」

「…………」


 相変わらず嫌らしい男だ。どこまで事情を把握しているのか判断しにくい。


「でも、アッシの見立てでは……マモリちゃんの現在のソウル量を10とするならマモル君は3って所でゲス。コアソウルを使わずにそこまで到達して、なおかつ互角に戦うのは十分驚異的でゲスが……マモル君の目的は一刻も早く体育館へ戻る事。しかも、あの成長した姿には時間制限もある。互角では勝利条件は満たせない、ガス欠するのもマモル君が先でゲス」


 二人のバトルは勢いが衰える事なく続いている。戦況は互角だ。

 確かにこの男の見立ては間違ってはいない、ソウルを正しく読み取れる実力者なら誰もがそう見積もるだろう。

 だが、間違っている。


「勝つのはマモル坊ちゃまです、間違いない」

「ゲヘヘ……ウルルちゃん。その根拠はなんでゲショ?」


 根拠だと? 

 私がマモル坊ちゃまを直接お世話をする様になったのは、たったの三年前からだ。

 だが、ソウルギアを扱う様になってからの坊ちゃまを、一番身近で一番長く見てきたのは私だ。私は今の坊ちゃまの事を誰よりも知っている自信がある。


「マモル坊ちゃまは軽率な所があります。ダイチ様が注意したにも関わらず、ソウルメイクアップを使い過ぎている」

「んん? 確かに今のマモル君は自分が男である事を半ば忘れている様でゲスねぇ……そんな所まで両親に似るとは、成長した姿が女性なのも割と深刻でゲス」


 坊ちゃまは、先月から妊娠した女性用の雑誌の定期購読を始めた。それをベッドの下に隠しているのも少しだけ不安だ……坊ちゃまは何をめざしているのか?


「そして、少しだけ鈍いところがあります。苦手なニンジンを細かく刻んで料理に混ぜても、気付かずに美味しそうに食べている」

「う、うーん? それはなんとも言えんでゲス……」


 苦手なトマトや人参が入った料理を、ユピテル様に食べさせているのは知っている。

 なので、駄目で元々の苦肉の策だったが、まったく気付いた様子はない。ユピテル様からおかわりまでしていたとの報告もあった。


「少しでも親しくなると、警戒心が薄くなり騙されやすい。正直に言うと、学業の成績は芳しくありません。整理整頓が苦手で、直ぐに部屋を散らかします。悪い事をすると顔に出るので、嘘が下手です」

「う、ウルルちゃん? なんの話をしてるんでゲスか?」


 なんの話だと? 私の知るマモル坊ちゃまの話だ。


「ですが、マモル坊ちゃまは負けられない戦いには必ず勝利する。友人を救うとなれば尚更です。坊ちゃまは友人の為にBB団とSS団を打ち破った。予想以上の力を危惧したCC団は、想定以上の被害を恐れ、直接対決を避けるために計画を変更した」

「ゲヘヘ、なるほど。そこらへんは大体が完璧だったダイチ先輩と違っても、勝利を引き寄せる力は変わらない。そう言いたいんでゲスね?」


 その通りだ。マモル坊ちゃまにはどんな状況からでも勝利を導く力がある。その力は周囲の人間にも影響を及ぼす、美しい輝きを放つソウルの力だ。強いソウルを持つ程にそれを深く理解し、そこに魅力を感じるだろう。

 だからこそ、マモル坊ちゃまには強力なソウルギア使いが集う、導かれる様にチームを結成した。

 しかし、強力なソウルギア使いは我が強くなる。あれ程の実力者達が一つに纏まるのは、坊ちゃまという存在があってこそだ。


「攻撃が届きませんねお兄様!! このままじゃ時間切れですよ!! 現実を理解できましたか!?」

「なるほどね、リミッター……そしてこの感覚……名前は?」


 お嬢様が声を張り上げると、先程まで高速で動き回っていた坊ちゃまが立ち止まる。

 そして、何かを小さな声で呟いている。機体と対話している?


「ようやく諦めたんですね!! 捕まえて!! ニーズヘッグ!!」


 大蛇が巨体をうねらせ、坊ちゃまへと勢い良く襲いかかる。

 立ち止まって目を瞑る坊ちゃまのソウルギアが、淡い光に包まれている。

 あれは!? 間違いない!


「リミッターを自力で解除したでゲス!! それならば当然マモル君の機体は――」

「機体は……進化する。坊ちゃまの願いに応えて」


「廻れ!! シルバー・ムーン・エクリプス!!」


 銀色の輝きを放つ機体が、凄まじい勢いで回転して唸り、巨大な力場を形成した。


「ニーズヘッグ!? そんな!? 動けない!?」


 力場が放つ凄まじい重力で、大蛇は地面に縫い付けられピクリとも動かない。


「繋げるわよ!! トワイライトムーン・エクリプス!!」

「ッ!? スコル!! ハティ!! 止め――」

「ストリングプレイスパイダーベイビー!!」


 超速で放たれたトリックが爆発を巻き起こす。それを止めようとした二頭の大狼が爆発を正面から喰らい、勢い良く飛んで行った。


「白金に輝け!! プラチナ・ムーン・エクリプス!」

「しまった!? フレスヴェーグ避け―」


 空に白金の軌跡が光り、いつの間にか羽を貫かれた巨鳥は、空中からの墜落を始めている。


 ソウルギアを進化させるのは子どもにしか出来ない。

 ソウルギアやパーツを作るのは大人にしか出来ない。

 前者の理由は子どもにしかソウルギアの声が聞こえないから、後者の理由は大人の目でしかソウルの物質的側面を観測できないから。


 だが、今のマモル坊ちゃまはソウル体は大人で、心は子どものまま。

 つまり、ソウルギアの新しい名前を聞き取って機体を進化させる事も、ダイチ様が付けたリミッターパーツをその目で観測して取り払う事も、その両方が可能。本来なら不可能な二つを両立させている。


「クッ!? 機体を進化させても私の勝ちは揺るがない!! 三つのコアソウルを持つ私には傷一付けられません!!」


 お嬢様が三つのコアソウルの力を更に解放する。これ以上があるのか!? そんな事が!?

 そして、大人の私ですら思わず震える程のソウルがマモリお嬢様を中心に渦巻く……一体何をするつもりだ? 


「廻れ!! シルバー・ムーン・クレッセント!!」


 マモリお嬢様が、コアソウルの力をソウルスピナーの力場に注ぎ込んだ。

 力場は道路や建物をグシャグシャに潰しながらゆっくりと拡大する。凄まじい重力が力場に込められている。


「凄い!! この力なら!! これなら田中マモコを殺せる!! お兄様!! このまま飲み込んで差し上げます!!」


 力場が拡大する勢いを増した。凄まじい速さで坊ちゃまを飲み込まんと力場が迫っていく。


「ムム、守りと言うには破壊的過ぎるでゲス。ソウル体とは言えマモル君ごとアレに飲み込むつもりとは……やっぱりマモリちゃんは、コアソウルを制御し切れずに暴走しているでゲス。いやはや、あそこまで攻撃的になるとは……コアソウルは恐ろしいでゲスね」


 いつの間にか、四体の魂魄獣は姿を消している。巻き込まない様にカードへと戻したのだろう。

 ある意味冷静とも言える判断、果たしてお嬢様の攻撃性は暴走によるものなのだろうか……


「マモリ……放って置くのは不味いわね」


 マモル坊ちゃまが、ソウルシューター“ピース・ムーン“を構える。逃げずに迎え撃つつもりだ。


「立ち向かうつもりでゲスねマモル君! それに、あの構えとソウルの捉え方はまさしく――」


 大人は機体の声が聞こえなくなる代わりに、ソウルの物質的側面を観測できる様になる。

 観測の次の段階は、観測物に対する干渉。大人は鍛えれば、子どもよりもソウルギアの様々な部分が見え、触れられる様になる。


 マモル坊ちゃまは、ピース・ムーンに付けられたリミッターを押さえ付けている。

 リミッターとは、ソウルの放出口に取り付けられるパーツ。ソウルが想定を超えて出ていかないように、ソウルの入り口をある程度塞ぐ役目も果たしている。

 坊ちゃまはそこに、左手と自身のソウル両方を使って圧力を加え、放出口をさらにきつく締め付けている。


 ホースの先を手で潰すと水が勢い良く発射する様に、ソウルも出口を強く締め付ける程に、解き放たれた時の勢いは強くなる。

 自身のソウル量以上の威力を生み出す、大人のシューターにしか使えない技術、加減を間違えれば指の骨を折るとも言われる諸刃の剣。


 その技術の通称は……“締め撃ち“、マモル坊ちゃまはそれをリミッターを壊す勢いも加えて放とうとしている。


「さあお兄様!! 終わりです!! これからは永遠に一緒――」

「貫け!! ルミナス・バレット!!」


 坊ちゃまが必殺技の名を叫び、舞車町を横断する光の線が走った。

 

 込められたソウルに比べて余りにも細い光の軌跡。

 だが、極限まで締め付けられ放たれたソウルの弾丸は、マモリお嬢様の力場を容易く貫通し、ソウル体をも通過していった。マモリお嬢様の胸にぽっかりと穴が空いている。


「う、嘘です……この力は無敵だって……」


 呆気に取られた表情のマモリお嬢様が、胸を押さえながら地面に倒れる。

 力場が音を立てて崩壊し、制御を失ったソウルが勢い良く周囲に撒き散らされる。

 心臓はソウル体にとってもソウルを循環させる要、胸を貫かれればソウル体の維持は難しい。


「ゲヘヘ! 本当に勝ってしまうとは! ああ、いいものが見れたでゲス……さて、アッシも仕事の続きに戻るでゲス。ウルルちゃん、この場は任せるでゲスね」


 仕事の続きだと? 対象のマモル坊ちゃまを放って? 私には好都合ではあるが……


「智天さん、肝心の坊ちゃまを置いて何処へ行くつもりですか?」

「マモル君がマモリちゃんに敗北するなら、回収して逃す。勝利したのならば……この後を見据えて準備でゲス。それが運び屋の仕事でゲスよ」


 準備? 相変わらず勿体ぶる男だ。


「二人の激突に隠れて分かりにくいでゲスが、そこら中でPTAと組織……いや、ブルーアースが小競り合いしてるでゲスねえ。両者共に目標は体育館に居るトウカちゃんの身柄。でも、コアソウルに取り込まれる前に助けたいPTA、コアソウルの状態でもサルベージ出来るから足止めするブルーアース、そんな所でしょう? ウルルちゃん?」

「さあ、私には与り知らない話です」


 他人に指摘されて傷付く、私の覚悟が足りない証拠か。


「ゲヘヘ、ちなみにダイチ先輩にはなんて言われたんでゲスか? これは想像でゲスが……負けた方を連れて来いって所でゲスか?」


 ……間違ってはいない。マモリお嬢様はコアソウルを手にしたまま敗北した。間違っていないはずだ。


「はい、その通りです。私に安全に保護してくれと――」

「嘘でゲスね。ダイチ先輩はきっと、勝敗に関わらずにコアソウルを回収してくれって頼んだでゲス。あの人はそう言う所がドライと言うか、ソウルバトルの結果に真摯過ぎると言うベきか……多分マモル君がソウルカードになっても、それはそれで受け入れる人でゲス」


 五月蝿い男だ。本当に五月蝿い、ダイチ様の元を離れた癖に知った様な口をきくな。


「ゲヘヘ、それにしても久しぶりに見事なソウルギアの進化が見れたでゲスね。ソウルギアと使用者の想いが一つにならないと、あそこまでの進化は不可能でゲス、それが四機とは……流石のアッシも初めてお目にかかったゲス」

「そうですね。早く去りなさい、目障りです」


 ソウルの奔流が止み、マモリ様のソウル体が解除されて生身の肉体に戻った。どうやら気絶している様だ。

 こんな男の相手をしている暇はない、早くあそこへ、坊ちゃまとお嬢様の元へ向かわなければ――


「ウルルちゃん……大人になったアッシ達に、声が聞こえなくなったアッシ達にソウルギアは、相棒達はなんて声を掛けているんでゲスかね? 今の自分は相棒達に胸を張れる様に生きているか……そう考えた事は無いでゲスか?」

「黙れ!! いい加減に――」


 振り向いた先に、智天ツバサの姿は無かった。

 言いたいことだけ言って消える。やはりあの男は嫌いだ。


「私は……間違ってなどいない。そうだよね? サテライト・リリス?」


 私は、蒼星家に仕えるブルーガーディアンズの地杜ウルル。

 ソウルギアを手にした日から現在まで、尊敬するダイチ様にずっと仕えて生きて来た。

 それはこれからも変わらない、何一つ間違いなど無い私の人生、これが私が選んだ生き方だ。やましい所も、恥じ入る所もありはしない。


 子どもの頃とは違い、声が聞こえなくなった相棒のリリス。

 でも、昔からずっと一緒で私を励ましてくれたリリス。

 リリスはきっと今でも……大人になった私でも応援してくれている。声が聞こえなくなったってそれは変わらない。

 そのはずだ……私は間違ってなどいない、そうだよねリリス?


 リリスの声は聞こえない、それでも私は信じている。






 マモリを中心とした荒れ狂うソウルがようやく収まり、僕の視線の先には倒れる妹の姿があった。

 マモリはピクリとも動かない、僕は慌ててマモリの元まで駆け寄って様子を伺う。

 うつ伏せに倒れるマモリを、左手でなんとか抱き抱える。僕の腕の中でマモリは穏やかな表情で静かな寝息を立てていた。


「マモリ……ごめんね」


 気を失ってはいるが、これはソウル体が破壊された後にはよくある状態だ。

 コアソウルなんて危険物を取り込んでいる割には、ソウルの循環に乱れは無い。身体に不調は無さそうだ。


 しかし、どうするか……僕の右腕も戻したいが、コアソウルも危険そうなので取り上げたい。

 でも、やり方がさっぱり分からん。色々と試している時間はない。仕方ない、マモリはとりあえずはこのまま置いて行くしかないか、道端に放置していくのは心配だけど……


「マモル坊ちゃま、お怪我はありませんか?」


 空中から人影が降り立ち、僕に声をかけてくる。

 メイド服を着ている推定二十代中盤の女性、散々お世話になってるから見間違えるはずが無い。

 父さんと月読家を出て以来、ずっと家政婦として僕の家に通ってくれている地杜さんだ。


「地杜さん! ちょうど良かった! マモリを預かって欲しいの!」


 地杜さんは信頼できる人だ。

 なにせ、この大人の姿でも僕を認識するくらいに理解がある。僕がソウルメイクアップで女の子になってもなにも変わらずに接してくれた。

 正直言って最近では、父さんや母さんよりもこの人に育てて貰ってる自覚が強い。家事や身の回りのお世話に食事、大部分を地杜さんに頼っている。


 ただ、常にメイド服を着ている点は変人ポイントが高い……でも凄く似合っているのでセーフだ。

 それに、本人も衣装もキッチリしているので、コスプレではなく本職さながらの凄みがある……あれ? 家政婦さんなら本職なのか? つまりメイド服は正装……んん?


「私が……私がマモリお嬢様をお預かりしてよろしいのでしょうか……」


 あれ? 地杜さん戸惑っている?

 そうか、あれだけ派手にバトルしたんだ。当然マモリの凄まじさは目撃しただろうし、怖いのは当然か。

 確かにマモリか目覚めたら手に負えないだろう……でも、今お願い出来るのは地杜さんしかいない。


「地杜さん、マモリは私がソウル体が破壊したからしばらくは目覚めない。預かるのが無理ならせめて、私達の家に寝かせておいて欲しいの。どうかお願い。地杜さんにしか頼めない、信頼できる地杜さんにしか……そうだ! 地杜さんなら父さんに連絡を取れる? マモリの事を父さんに伝えてちょうだい! そうすればなんとかしてくれると思う!」


 地杜さんは僕から目線を逸し、少し考える素振りを見せた後に口を開いた。


「マモル坊ちゃま……お任せください。ダイチ様は、お父様は舞車町に向かっている途中です。ダイチ様なら坊ちゃまの右腕のソウルカード化を解除する事も、コアソウルを安全に移す事も可能です。それまでマモリお嬢様は私が責任を持ってお預かりします」


 マジか!? やるじゃねえか父さん! いざという時にしか役に立たない父親だぜ!


「ありがとう地杜さん!! 私は体育館に向かうわ!」


 進化したトワイライト・ムーン・エクリプスを展開させる。ソウルの糸を使って全速力で体育館まで飛んで行く!


「マモル坊ちゃま!!」


 背後から大きな声が聞こえた。

 いつもクールな地杜さんがこんな大きな声を出すのは初めてだ……驚きつつも地守さんの方を向く。

 

「私も……私もダイチ様と合流したらお迎えに参ります。どうか、それまでご無事で……坊ちゃまに大地の加護があらん事を」


 地杜さんと父さんが? それは心強い。

 また一つ、後を気にせずに全力で戦える理由が増えた。


「ありがとう! 地杜さんも気を付けてね!」


 地杜さんに見送られながら飛び出す。とにかく急がないと不味い。

 あ、店長……まあ、大丈夫だろう。逃げ足早いしね。

 モニターは戦闘の余波で壊れてしまった。体育館の様子は分からない。

 どうか耐えていてくれ。トウカさん、トウヤ君、みんな……






「強大なソウルの気配が止んだ? まさか……」

「そこだ!! ウーラノス!!」


 タイヨウが体育館の外を気にしているが関係ない! 一刻も早くアポロニアスドラゴンを倒して姉さんを助ける!

 だが、その攻撃も防がれる。そう簡単に隙を見せてくれない。


「クッ、お前も感じただろうトウヤ!! 体育館の外で行われてた大規模なソウルバトル!! あの強大な波動はコアソウルだ!! この町に居て!! ファクトリーから盗まれた三つのコアソウルを持つ者!! つまり月読ミモリがソウルバトルを行っていた!! 相手は恐らくマモコキラーだ!!」

「それがどうした!! 姉さんを離せ!!」


 こんな奴の……タイヨウの言葉なんか知った事ではない。

 一瞬だけ背後を確認する。姉さんの氷による拘束は解けたが、代わりに土星ホシワ達のソウルストリンガーに捕らえられたクリスタルハーシェルの皆が見えた。


「トウカ様……トウヤ君……」

「クソッ、トウヤ!」


 皆は、悔しさと悲しみを織り混ぜた表情でコチラを見ていた。

 土星ホシワも苦い顔をしているが、拘束を緩めたりはしないだろう、俺がやるしかない。


 負けられない……負けてたまるか。絶対姉さんを取り戻す。

 そして、皆も助けてこの場を脱出……脱出? 何処に? この舞車町を出て俺達は何処へ……


「どうしたトウヤ!! 勢いが衰えたぞ!! 迷っているのだろう!?」

「グゥッ!? まだだ!!」


 アポロニアスドラゴンから放たれた熱線が、ウーラノスのボディを掠める。フィードバックした熱さとダメージが俺のソウル体を襲う。


「いい加減に気付けトウヤ!! この場で衝動に身を任せて暴れてどうなる!? 万が一にトウカを助けて逃亡して!! プラネット社と一族全てを敵に回してその先があるとでも思うか!?」

「ッ!? 避けろウーラノス!!」


 アポロニアスドラゴンの攻撃が苛烈さを増す。やはりタイヨウは強い、だけどそんな物は関係ない。


「お前が進むべき最善の道は!! 今この場の怒りと悔しさを飲み込み!! クリスタルハーシェルを継いで役目を果たすと誓う事だ!! この場の狼藉には目を瞑る!! 鉾を納めろトウヤ!!」

「ふざけるな!! なにが最善の道だ!!」


 姉さんを見捨てろって言うのか!? 諦めろって言うのか!? そんな物は最善の道ではない!!

 姉さん………くそ!? 光の帯が繭の様に姉さんを包んでいる!? もう姿が見えない程にコアソウルに包まれてしまった!! 時間が無い!!


「聞き分けろトウヤ!! お前が一族に貢献すればトウカの解放を早める事も可能だ!! これから先の未来で!! 俺が一族を束ね!! プラネット社を率いる立場になればこんな蛮行は許さない!! 俺達の世代で役目を変えるのだ!! お前も力を貸せトウヤ!! 内部から!! 正しい手順でトウカを救え!!」

「タイヨウ……お前は……」


 なんだよ……お前だって、お前だって嫌がっているのか?

 自分の本当の望みを偽り、それが正しい未来の為だって衝動を飲み込んでいるのか?

 そんな……そんな物は……


「お前は間違っているタイヨウ!! 一族としては正しくても!! ソウルギア使いとして間違っている!!」

「何を言うトウヤ!! この俺がソウルギア使いとして間違えているだと!? あらゆるソウルギアで頂点に立つ俺が!? 苦し紛れの戯言はよせ!!」


 戯言なんかじゃない。自分のやりたい事を我慢して、自分の望みを偽るなんて……それは結局逃げているだけだ。

 俺はそれをマモコさんに教えて貰った。クリスタルハーシェルの皆もそれを知った。

 だから、俺は間違っていない!! 傍から見て愚かしくても、無謀に見えても、俺は二度と自分の望みと衝動を偽らない!!


「お前が自分の気持ちを!! 役目や正しさを言い訳に自分の衝動を偽るなら!! 俺は……いや、俺達はお前には負けない!! 一族にも!! プラネット社にだって屈したりはしない!!」

「クッ……偽りだと!? 役目とはこの世に必要だからこそ課せられた使命だ!! 強きソウルを持つ者は世界の為に正しい役目を果たさなければならぬ!! 一時の衝動や感情に身を任せてどうなる!? 誰もが身勝手で生きれば世界に安寧は訪れない!!」


 タイヨウのソウルが力を増し、アポロニアスドラゴンが熱を放つオーラを纏う。まだ力を増すのか!?

 タイヨウは確かに強い……だが、ソウル傾向がソウルランナーに特化している舞車町でここまでの力を発揮出来るのは何故だ? 

 タイヨウだけの特別な力? それともなにかカラクリが……


「困惑しているなトウヤ!! これもプラネット社の力の一端だ!! 見ろ!! 観客席に設置された装置を!!」


 確かに、観客席には等間隔で二メートル程の高さの装置がぐるりと設置されている。


「あれは蒼星学園で教鞭を執る天才札造博士が!! プラネット社の支援を受けて開発した物だ!! アオイのソウルワールドの展開を増幅させ!! 更には周辺のソウル傾向を書き換える!! 今の体育館では全てのソウルギアが100%の力を発揮する!!」


 そんな装置が……全てのソウルギア? つまりソウルカード以外も……


「技術力でも!! プラネット社は最先端のテクノロジーを保有する

!! 世間への影響力も人材も世界一だ!!たかが数人の子どもが歯向かった所で揺らぐ事などあり得ない!! 分かるだろうトウヤ!? いい加減に理解しろ!!」


 そうか!! これならいける!!


「それでも俺は望みを叶える!! 姉さんを救う!! 行くぞタイヨウ!!」

「クッ……いいだろう!! まずは俺との実力の違いを理解しろトウヤ!!」


 全力でウーラノスを走らせる!! 速度を緩めたりはしない!!


「そんな単純な突進など!!」

「やるぞウーラノス!! 限界を超えて加速しろ!!」


 ウーラノスはアポロニアスドラゴンのぎりぎりを掠め、そのまま走り続けてスタジアムの壁に向かって行く。


「愚かな!! 自滅するつもりか」

「まだだ!!」


 何度も突撃してスタジアム中を走り回った。軌跡はそこら中に残っている。準備はこれで十分だ。

 ウーラノスの向う先、スタジアムの壁の直前に氷の道を作り出す。勢いを殺さないままに方向を変える氷の道だ。


「ッ!? そうか!! これはトウカの技!?」

「見せてやる!! クリスタルターンだ!!」


 氷の道で再びアポロニアスドラゴンへと進路を変更、ウーラノスが飛び出す。速度と勢いは衰えるどころか更に増している。

 ウーラノスは回避行動を取ったドラゴンを再び掠めた。

 そして、その先に再び氷の道を作り出す。

 同じ事を何度も繰り返して加速、アポロニアスドラゴンはどんどん速くなるウーラノスに対応出来ていない。徐々にダメージを負っている。


 これがこの技の本来の姿、レイキと戦った時とは違う、相手を倒すまで何度でも加速して突進する完全なクリスタルターンだ。


「やるなトウヤ!! だが甘い!!」


 アポロニアスドラゴンが無数の光る球体を出現させ、そこから熱線がスタジアム中に降り注ぐ。

 熱線は形成した氷の道を次々と溶かして行く……知っているよタイヨウ、アナタならそういう対処をする。


「進路を限定すれば捉えるのは容易い!! 終わりだトウヤ!!」


 溶けずに残った氷の道から突進するウーラノスに向い、アポロニアスドラゴンは余裕を持って構え、迎撃する体勢をとった。

 タイヨウ……お前は俺を説得する為にあの装置の説明をしたのだろう。

 でも、それはアナタの慢心だ! 


「ストリングスパイダープリズン!!」


 俺が展開したソウルストリンガーのトリックでアポロニアスドラゴンを拘束する。


「馬鹿な!? ソウルストリンガーだと!?」


 マモコさんにお願いして、ヒカリと一緒に習ったオリジナルトリック。

 まだ本来の力は出せないが、動きを一瞬でも止めるのには十分だ!!


「貫け!! ウーラノス!!」

「耐えろ!! アポロニアスドラゴン!!」


 タイヨウがソウルを送って守ろうとしているが遅い、ウーラノスはそのままドラゴンの胸を突き抜けた。

 そして、胸を貫かれたドラゴンがみるみると氷に包まれていく。


「砕け!! ウーラノス!!」


 クリスタルターンで進路を変え、トドメの一撃を加える。

 氷の彫像と化したアポロニアスドラゴンは、その衝撃に耐えきれず粉々に砕けていく。


「そんな……タイヨウ様のアポロニアスドラゴンが負けた?」

「嘘だろ? 無敗のタイヨウ様が負けるはずが……」

「ば、馬鹿な……あり得ない……」


 タイヨウの敗北に周囲が騒がしくなる。そこら中から信じられないと言った呟きが聞こえてくる。


「はは……やったぜトウヤ!! そのままトウカ様を!!」

「トウヤ君!! 私達の事は気にしないで!!」


 後ろからヒムロとヒカリの声が聞こえる。ごめん、もう少し待っていてくれ。


「俺の勝ちだタイヨウ!! 姉さんを返して貰うぞ!!」

「ソウルギアの同時使用まで……見事だトウヤ、俺のアポロニアスドラゴンを打ち破ったのはお前で二人目だ」


 二人目? タイヨウの無敗神話は……でも、今はそんな事は関係ない!


「早く姉さんを解放しろ! 力の証明なら済んだだろう!」

「勘違いするなトウヤ、まだソウルバトルは終わっていない」

「何を言って――」


 粉々になったアポロニアスドラゴンから、輝くソウルが次々と立ち昇っていく。


「これは……まさか!?」

「太陽は何度沈んでも必ず昇り、この星を照らし続ける!! そう、何度でもだ!!」


 昇ったソウルはスタジアムの上空で一つとなり、輝きを更に強く増していった。

 やがて、巨大な光る球体となったソウル……まるで太陽の様にスタジアムを照らしている。

 その球体をにヒビが入り……中からアポロニアスドラゴンが生まれた。


「お、おお!? タイヨウ様のアポロニアスドラゴンが!!」

「復活した!! やはりタイヨウ様が負ける筈がない!!」


 そんな……あんなに強い魂魄獣にそんな特殊な力まで……でも!!


「いいさ!! 何度だって砕いて見せる!! 僕は諦めない!!」


 諦めて……諦めたりするものか!!


「いいだろう……続けようトウヤ!! お前が理解するまで何度でも――」

「隙だらけね、もう一度沈みなさい」


 突如、上空から無数の光が降り注ぐ。それは空中のアポロニアスドラゴンを貫き、穴だらけになったドラゴンが墜落して来る。


「な!? アポロニアスドラゴン!?」


 そして、俺の目の前に降り立つ人影。

 このソウルはマモコさん……いや、似てるけど違う? マモコさんじゃない? この大人の女性は……しかも右腕が無い……


「ようやく現れたな!! 月読ミモリ!!」

「声が大きいわね天照タイヨウ、三人目の女が到着よ……妙な勘違いをしている様ね」


 似ている。大人で何故か右腕がないが、容姿もソウルの波動もマモコさんとよく似ている。

 これが……これがマモコさんの本当の姿? マモコさんは本当は大人で月読ミモリなのか?


「トウヤ君……」


 女性が、俺の方を向いて名を呼んだ。

 俺を真っ直ぐと見つめる青い瞳は、EE団のアジトで初めて見た時と同じ輝きをしていた。


「トウヤ君、私の今の姿は……いえ、アナタ達に見せていた姿も本当の物じゃ無い。名前だってそうよ……でも……」 

「マモコさん……」


 この姿も本来の物では無い? 一体君は……


「これ以上惑わされるなトウヤ!! ソイツは月読ミモリだ!! 田中マモコの姿よりもソウルが強大になっている!! その大人の姿が本来のものである証明だ!!」


 確かにソウルが強大になっている。でも、それでも……


「だけどお願いトウヤ君! トウカさんを助けるのに力を貸して! 私の望みはトウカさんを助けること! その為に戻って来た! それは偽りじゃない!」

「なにが助けるだ!! お前の身勝手な行動がプラネット社に混乱と被害を生み出し!! トウカの処遇の一因となった!! ふざけた事を抜かすな!!」


 姉さんはマモコさんを信じていた。自分達の仲間だと、絶対に売ったりはしないと。

 そして、俺は……俺はマモコさんと……あの日公園で……


「マモコさん……俺は……」

「トウヤ君?」


 そうだ! なにも迷う事など無い!


「俺は君との契約を果たす!! 今の君の望みは!! 俺の、俺達チームの望みだ!!」

「……ッ!? ええ!! トウヤ君!! トウカさんを助けて!! チームの皆でここを脱出しましょう!!」


 変わるものか!! マモコさんの正体が誰であろうと!! この気持ちは変わらない!! マモコさんは俺達の仲間だ!!

 

 俺の心が!! 俺のソウルが叫んでいる!! 俺は自分の衝動と望みに従って契約を果たす!!


「クッ……月読ミモリィ!! これ以上トウヤ達を惑わすな女狐が!! 同胞達よ!! 月読ミモリを捕縛するぞ!! 戦闘態勢だ!!」

「だから勘違いよ!! それに私だってイラついてる!! よくもあんな酷い事を!! トウカさん相手にだってやり方ってものがあるのよ!!」


 タイヨウの言葉を受け、今までは静観していたスタジアムと観客席のソウルギア使い達が戦闘態勢に入る。

 今まではタイヨウが俺との勝負に付き合っていたからこそ、他のソウルギア使い達は大人しくしていたが、こうなっては全員が襲いかかって来るだろう。

 でも、それでも俺達は……


「トウヤ君、大丈夫よ私達なら出来る。必ずトウカさんを助けられる……それに助っ人も呼んであるわ、脱出の算段もある」

「大丈夫だよマモコさん。俺は……信じる!」


 自分の望みに嘘を付かず、自分の衝動に素直になる。

 ソウルギア使いが力を発揮するのに一番大事だ。

 俺は姉さんを助けたいと思うのと同じぐらいに、マモコさんを信じたいとも望んでいる。


 だから、信じる。俺がそうしたいから信じる。

 それは強い力だ。間違ってなどいない。

 

 ウーラノスの大丈夫だと励ます声が聞こえた。

 その温かさが俺の心を勇気で満たしてくれる。

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