第17話 自縄自縛!! 解き放てユアセルフ!!

 


 母さんと赤神先生がやって来た次の日の朝、僕はいつもより一時間以上早く学校へと向かっていた。


 理由はもちろん、トウヤ君の修行について天王さんと話をするためだ。

 学校のバトルフィールド等の施設の使用、しばらくの間トウヤ君を放課後に鍛える事、その他諸々の許可を貰わなくてはいけない。

 一昨日の女子会で、天王さんが朝早くから登校し、生徒会室で色々と仕事をしていると聞いた。連絡先はまだ知らないから直接会いに行くしかない。


 いつもより早い朝の時間帯、爽やかな空気を感じながらの登校は清々しい気持ちになる。

 心につっかえていたニセマモルの件も詳細がはっきりしたので気分は爽快だ。


 昨日の夜、母さんは帰り際にこんな事を言っていた。


「マモル、私はこれから月読家当主としても、PTAとしても忙しくなります。本家やプラネット本社から距離のある舞車町には滞在出来ません。なので、本家と本社のある星乃町周辺で田中マモルとして活動し、各勢力を欺きます。あなたは、くれぐれもマモルとしての姿をこの町で晒さない様に気を付けてください。そうすればなにも問題はありません」


 つまり、より一層、舞車町の人間に正体を知られてはいけなくなった訳だ。

 なかなか厳しいけど……母さんが僕の安全の為に頑張ってくれている。僕も田中マモコを頑張るぞい♡


 衣装も髪型もバッチリと決め、可愛くてキュートな田中マモコボディでの登校だ。


 早朝だからって油断は出来ない、いつ何時誰に見られているか分からない。常に視線を意識して背筋を伸ばして歩こう。

 やっぱり見られてると言う意識は重要だ。オシャレは我慢、カワイイは一日にしてならず、日々の積み重ねが大事だ。


 完璧なモンローウォークを決めて、人気の無い朝の小学校に到着する。


 まだ校門も校舎の入口も閉まってはいるが、時刻は朝の6時を過ぎている。生徒ならIDカード代わりになっている名札で中に入る事が可能だ。無駄にハイテクだよね。


 階段を登り、本校舎の5階の生徒会室の前にたどり着く。


 天王さんはいるかな? 取り敢えず扉にコンコンとトイレノックを叩き込む。


「なっ!! 誰だ!?」


 うお!? ビックリした……扉の向こうから聞こえてきたのは天王さんの声だ。


 警戒している? 常に堂々としたイメージの彼女にしてはらしくないな。

 あっ、昨日にPTAの変質者が町に出没したばかりだった。警戒は当然の反応か、朝早くにアポ無し突撃かませばそうなるよな。


 意識的に漏れ出るソウルを強くする。天王さんなら、これでドア越しでも僕と察知するだろう。


「天王さん、田中マモコよ。少し話したい事があるの。中に入れてくれるかしら?」


「ああ、君か……驚かせてすまない。警戒していた所に急にノックが聞こえたから焦ってしまったよ。一昨日も思ったが見事な隠形で気取れなかった。念の為に訪ねるが……君一人だけか? 同行者は?」


 ん? そりゃあ僕は一人……あっ、ユピテル君の事かな? 天王さんにしてみれば得体が知れないもんね。


「ええ、私一人よ。周囲に幽霊の気配は無いわね」


「そうか、電子ロックを解錠する。悪いが部屋に入る前に周囲を確認して、入室したらすぐに扉を閉めてくれ」


 警戒しすぎじゃね? 別にいいけどさ。


 カチャリと鍵が解錠された音を確認し、周囲を見回す。廊下には人っ子一人見当たらないし、気配も無い。


 念の為に廊下側に注意を向けながら扉を開け、生徒会室へと入る。扉が完全に閉まった事を確認して後ろを振り向く。


「天王さん、話っていうのは――天王さん!? そ、それは!?」


 振り向いた視線の先、天王トウカは生徒会室の椅子に座っていた。


 それだけなら驚く事ではない。問題なのは、天王トウカが荒縄で椅子に縛られて拘束されている事だ。


「ッ!? まさか襲撃!? それで拘束されて――」

「いや、自分で縛ったら解けなくなってしまってな。やれやれ、困ったものだ」


「…………」


 やれやれはこっちのセリフだし、困っちゃうのも僕だ。驚いて損した。僕の心配を返せ。


「一応聞くけど……なんで自分を縛ったの? 襲撃者に命令されたりした?」


「襲撃者? ああ、昨日のPTAか……いや、違うぞ。ヒカリに甘えてばかりも悪いからな、刺激を求めて自分自身を縛っただけだ。しかし、田中は想像力が豊かだな、そういう発想に至るとは……ハハッ、意外と慌てん坊だ」


 この女、殴ってもいいかな?


「天王さん、そういう事は自宅でやりなさい」


「ふむ、悪いが自宅で行っては意味が無い。ある程度のリスクが存在しないと真剣味が薄れるからな。だが、自分で縛ってもあまり感動が無いな。やはり、何をされたかではなく誰にやられたかが重要か……私のレゾンデートルを確立するヒントはそこにありそうだ」


 おい、格好良く言えば許されると思っているのか? 学校で特殊な自分探しをすんなって言ってんだよ。絶対悪いと思ってねえだろ?


「ああ、すまない。話があるのだったな、要件を聞こう」


 違う、謝ってほしいのはそこじゃ……いや、止めておこう、突っ込むのも疲れる。


「ふぅ……天王さん。トウヤ君を鍛える件なんだけど、今日の放課後から始めたいの。彼の放課後の時間を使う事、校内のバトルフィールドの使用許可をちょうだい。本人の意志は確認しているわ、昨日の夕方に了承してもらった」


 バッチリ契約したで? 契約完了後のキャンセルは受け付けておりませんぞ?


「ほお、行動が早いな。分かった。第三体育館にクリスタルハーシェル専用のバトルフィールドがある。そこを使ってくれて構わない。取り敢えずどの程度の期間使用するつもりだ?」


 フフッ、そんなに長くは使わない。僕には完璧なプランがある。


「一週間よ、一週間でトウヤ君の可能性を私が目覚めさせてみせる」


「一週間!? 君の技量を疑う訳ではないが……流石に短すぎないか?」


 大丈夫だ、問題ない。


「フフッ、心配は要らないわ。そしてもう一つ、一週間後にトウヤ君と冷泉君をランナーバトルで戦わせる許可を頂戴?」


「なっ!? トウヤとレイキを!? 流石にそれは……」


「無謀だ。そう思うのでしょう?」


「……ああ、そうだ。残念な事だが、二人の現時点での実力差は明白だ。例え月読家である君が鍛えたとしても、一週間程度でその差は縮まるとは思えない。そんな状態でバトルしても無駄に傷付くだけで――」


「天王さん、アナタは過保護よね。昨日のPTA出現に対する命令でもそう感じた。アナタはトウヤ君を戦いから遠ざけようとしている」


「それは……」


「天王さんの意図はともかく、トウヤ君本人もそう思っているみたいね。そんな現状が彼の自己肯定感を奪っている。彼の自信を喪失させている。ソウルに良くない影響を及ぼしている。短い間だけど、アナタ達のチームを観察して私はそう思った」


「……随分と知った口を叩くじゃないか」


「不快にしたのなら謝るわ。でも、付き合いの浅い私だからこそ見える所もあるのだと思うの。アナタ達クリスタルハーシェルは良くも悪くも天王さんが中心ね。内心はどうであれ、アナタのトウヤ君を戦いから遠ざけようとする意思をみんなが汲んでいる」


 冷泉君はトウヤ君の現状に明らかに不満を持っていた。それは間違いない。

 でも、天王さんの方針に逆らうつもりはないのだろう。昨日直接連絡を告げた彼からは、職務に対する真剣さが感じられた。天王さんのガーディアンズである事に、独自のこだわりと誇りを持っているのだろう。

 だからこそ、実力不足のトウヤ君に冷たく当たり、僕に敗北した四天王達にも厳しい対応をした……僕にはそう読み取れる。


「アナタも自覚しているのでしょう? それがトウヤ君の成長の機会を奪い、彼に歯痒い思いをさせている事を。そうでなければ見て見ぬ振りなんて言葉は出て来ない」


 天王さんは僕の言葉に反論する事なく、目を瞑ってしばらく黙り込む。なにかを考え込んでいるようだ。


 やがて、ゆっくりと息を吐き、静かに語りだした。


「トウヤは……私の弟なんだ」


「天王さんの弟? トウヤ君が」


 言われてみれば顔立ちは似てるし、髪の色も一緒だ。

 でも、天王と凍咲で姓が違うのは家庭の事情か?


「君は月読家で特殊な育て方をされたせいで知らないだろうが、私とトウヤの様なケースは惑星の一族の間では珍しくない。惑星を冠する一族の各当主は、守護家の血筋に産ませた子どもが大抵十数人程度は存在する」


 えっ、そうなの? なんていうか時代錯誤だな。跡取りで凄い揉めそうだし、ドロドロした骨肉の争い待ったなしだ。


 名家って大変だなあ……あれ? 母さんは女当主だけど、その場合はどうなんだろう。

 うーん、一緒に暮らしていた限り、僕とマモリ以外の子どもが居る様子はなかったし、父さんとはしょっちゅうイチャイチャしてた。

 流石にまだ見ぬ兄弟姉妹がいるとは思いたくない。そうだとしたらかなりショックだ。


「そして子ども達には幼少からソウルギアを与え、6歳になる頃に魂魄の儀を行い適性を見る。そこで基準を満たせばプラネットシリーズのソウルギアが与えられ、正式な一族の一員として認められるのだが……」


 うへぇ、厳しいな。ソウルギア至上主義が過ぎる。大器晩成型だっているかもしれんだろ?

 まあ、僕なら認められたくないけどね。認められた方が絶対に大変で危険に決まっている。激務そうだし、なんか恐ろしい脅威と戦わされそう。


 あー、そうかビリオ君が言っていたユキテル君が失敗した奴がそうなのか。

 ん? でもユキテル君は木星名乗ってるしジュピターを使っている……別物か?


「その儀で基準を満たせなかった者は、惑星の一族を名乗る事を許されない。その後は、一族を放逐され一般人として生きる道、もしくは母方の姓を名乗り各ガーディアンズの一員となる道、そのどちらかだ。トウヤは後者のケース、あの子は私と同じ母親、凍咲リッカから産まれた私にとって正真正銘の弟なんだよ」


 弟ね、それが理由か……


「天王さん、アナタは姉としてトウヤ君を守りたいのね」


 これは、正直な所、僕は偉そうな事を言える立場じゃない。


 僕の妹のマモリは、学園で元気にしていると父さんと母さん伝手には聞いている。

 そして、僕は手紙を書く以上のアプローチを妹にしていないし、手紙の返事は全く来ない。

 自業自得だが、マモリには恨まれていそうな気はする。


 父さん母さんは親としては正直アレだと思っているけど……僕もとやかく言えない、僕のお兄ちゃんレベルはミジンコクラスだ。


 でも、この場では言わせて貰おう。これはトウヤ君にとっても必ずプラスになるはずだ。


「ああ、そうだ。放逐されそうになったあの子を、私のワガママで強引にチームに入れてガーディアンにした。幸い私のソウルギア適性は高く、一族の中でもそれなりに要望は通せる立場だったからな」


「そう、そこまでしてトウヤ君と離れたくなかったのね」


 うーん、それが兄や姉としては普通の感覚なのかなあ? 


 いや、天王さんは一般的な小学生ではないか、そもそもそんな権限や力を持った小学生は極稀だよね。


「もちろんそれもあるが、組織の魔の手が恐ろしかったのも理由だ。あの頃は、放逐された元一族の子どもが誘拐される事件が頻発していた。プラネット社の大人達は才能無しと判断した子ども達の捜索に積極的ではなく、未だに誰一人帰ってきた者はいない……遺憾な事だがな」


 うわ、最低だな悪の組織。誘拐された子達はあの変な仮面で洗脳されて、悪事を強制させられてるのかな? プラネット社の方も薄情だな……才能の無い子には興味はなしって感じ?


 そっか、ミナト君もその流れでBB団に捕まってラスボス化を……あっ、でもミナト君は普通に水星姓だから適性検査は合格してるのか。

 つまり、適性ありな子も組織のターゲットって事だな。そりゃあそっちの方が強い駒になるなら当然か、捕まえるのは難しいだろうけどね。


「天王さん、アナタのトウヤ君への想いはよく分かったわ。でも、それならば尚更トウヤ君にはランナーとしての力を身に付けて貰うべきよ。なによりも彼の安全の為に……最近色々な勢力が妙な動きを見せているらしいじゃない」


 特にマーズリバースって奴が危ないっすよ。アイツはまだこの町に潜んでるらしいっす。

 赤神先生は、昨日の夕飯の時に『先生は休職にしてPTA活動に専念してますぅ!』とか言ってたけど、周囲には遂にやらかして休職したと思われてるんじゃないかな。


「それは……そうなのだが……」


「昨日彼の練習風景を見て感じた。長年の鍛錬を感じさせる所作、いいソウルチャージインだった。ランナーバトルへの知識も豊富そうね、昨日の案内の時に色々と教えてくれたわ。ランナー歴の浅い私なんかより、余程ソウルランナーについて真摯に取り組んできたのは間違いない」


「ああ、トウヤはランナーとしての研鑽を怠ったりはしていない。あの子は努力家だよ」


「つまり、トウヤ君が抱えているのは技術の問題じゃない。彼に必要なのは意識の改革、自身の望みに素直になり、己の衝動に向き合うことよ。私から見て、彼のソウルはどこか遠慮がちに映る」


 ストーキング中も、昨日の練習中にもそう感じた。


 トウヤ君はせっかく素晴らしい潜在ソウルを秘めているのに、どこか縮こまっていると言うか……そうだな、自分を曝け出すのを恐れている?


 自分に正直になれず、機体に素直な気持ちを伝えられないのはランナーとして致命的だ。

 自分を偽る奴にソウルギアは応えてくれない、特に機体に意思を伝える“操作“の要素が重要なソウルランナーなら尚更だ。


 その点、僕はバッチリだ。我が愛機達には僕の不老不死の為に力を貸してくれって毎日寝る前、囁くように伝えている。

 えっ、ちょっとしつこい? ごめんよ……


「だからこそ彼の転機となりうる体験が必要よ。天王さんも認めたという形での冷泉君とのランナーバトル、更に一週間という短い期限を設ける。それによって……言い方は悪いけどトウヤ君の危機感を煽り、彼を追い込む」


「そうすれば、トウヤの弱点が克服されると? 己のソウルに素直になれず、発する事を恐れているトウヤが変われる……本当に、本当にそんな事が可能なのか?」


「ええ、保証するわ。天王トウカ、私を信じて」


 ワテのソウルメイクアップでバッチリでっせ? ゲヘヘ、損はさせまへん、Win-Winの関係を築くでヤンス。


 天王さんはそのまま僕を見定める様に視線を凝らした。

 そして、たっぷり5分程は悩んでようやく決心をした様だ。

 ああ、椅子に縛られた状態でなかったら様になる光景だったのに……


「分かった。許可しよう。今日の放課後、体育館にみんなを集めて私から告げる。君も同行してくれ」


「ありがとう天王さん、アナタの信頼に応えてみせる」


 よっしゃあ! 僕の嘘偽りのない真心が通じたぜ!


「ヒカリが信じ、私の“ウラヌス“も君を信じろと言っている。そしてなにより、私は、ソウルで君を信じるべきだと感じた。田中マモコ……トウヤをお願いします」


 そう言って天王さんは頭を下げる……が、椅子に縛られているために首しか動いていない。非常に浅い角度のお辞儀となった。

 それが人に物を頼む態度か? と、突っ込んでやろうかと思ったがここはグッと堪える。そういう空気じゃない。


「ええ、任せてちょうだい」


 グフフ、最悪一週間で間に合わなかった場合には奥の手がある。

 僕の作戦に失敗はありえない、IQ53万の僕の頭脳は独自のデータに基づき、100%の成功率をはじき出した。

 そう、僕の辞書に不可能の二文字は無い、大船に乗った気持ちでいてくれ、ドーンと任せなさい。


「ああ、それと……もう一つだけ、君を見込んで頼みがあるんだ」


「あら? なにかしら天王さん」


 提案を飲んでもらったからには、ある程度は歩み寄りを見せないといかん。

 それに、この舞車町の有力者である天王さんに媚を売って損はないぜ! ゲヘヘ……なにがお望みでヤンスか?


「この縄を解いてくれ、授業に遅刻するのは不味い」


 うわぁ、嫌だなぁ……巻き込まれたくない。


「確認するけど、本当に自分じゃ解けないのよね?」


「ああ、最悪の場合、ウラヌスを操作して縄を切断するのは容易いと思っていたが……何故かウラヌスが嫌がってな、正直に言うと割と焦っている」


 そりゃあ、ウラヌスも情けなくて嫌だろうよ……


 ソウルランナーは説明書を読んで正しい使い方をしなさい。そんな特殊な遊び方はプラネット社も想定してねーよ。


「それに、この麻縄は擦れて肌に傷が付かないように手入れした代物でな。陰干しして毛羽を焼き、蜜蝋クリームを丹念に染み込ませてある。こっそり生徒会室で育てて来てようやく完成した思い入れのある麻縄だ。それを切ってしまうのは偲びなくてな……」


 こ、この女、登校が朝早くて下校が遅いのはそのせいか? 生徒会室に籠もって書類仕事してたんじゃねえのかよ? 真面目に仕事してて偉いとか思った僕の気持ちを返せ。


「はぁ、分かったわ。しょうがないから解いてあげる」


 うっ、自分でやったから無茶苦茶な結びになっている。

 なんか縄もシットリしていて解きにくいぞ? 時間かかりそうだなコレ……


「んっ……なるほど、他人に解いて貰うのは悪くない」


 随分と楽しそうですねぇ? 腹立つわぁ……


「モジモジしないで大人しくなさい、解くのを止めるわよ」


「ん、それは困るな。ヒカリ以外に私の求道を知っているのは君だけだ」


「そう思うなら、尚のこと家でやりなさい」


 お前を慕うランナー達が見たら泣くぞ? こんなリーダーの姿を見たくないだろ……


「しかし、自分のソウルの衝動に嘘はつけんだろう? 他人と比べれば特異なのは理解している。だが、自分の願いに、己のソウルに向き合わなければ強くはなれない。それはどのソウルギアに置いても一緒だろう、ソウルを磨く本質と言っても過言ではない」


 くそっ、言ってる事は間違ってないけど、やってる事は絶対に間違っている。


「君になら分かるだろう? 一流のソウルギア使いは自身のソウルに向き合い、己の望みを理解する。そのせいで実力者達には癖が強い者が多いのも事実だがな」


 確かに今まで出会って来た仲間や強い奴らは、キャラの濃い奴等が多いな、欲望に忠実というかなんと言うか……

 確かに、僕だって安心安全を至上としつつ、不老不死という具体的な目標を手に入れてからソウルギア使いとして強くなれた自覚はある。


「正直に言えば誰にも明かすつもりはなかった。普段は一族としての役割をこなして皆に頼られる自分、そんな私が裏ではこんな背徳的な行為をしている。その得も言われぬギャップを一人で楽しむだけだった。一族としての役割を果たすという激務の中、ソウルの修行兼息抜きであるこの行為をひっそりと行っていた」


 やめて、詳しく語らないで……詳細を聞かせないで……やめてくれ、その話は俺に効く。


「だが、ヒカリが望みを読み取る力を得て、あの子だけには事実が露見してしまった。そして、ヒカリの望みは自分の親しい者達に幸せになって欲しいという純粋な物なんだ。だからこそ、あの子はコッソリと私が望む様に振る舞ってくれる。私や仲間達が喜ぶ事があの子の望みなんだ。ヒカリは優しい子だよ」


 じ、純粋さ故の狂気? 天王さんの歪んだ願いが悲しき怪物を生み出してしまったのか……ソウルランナー界の闇だね。


「トウヤにも……あの子にも、自分だけの望みを見つけて欲しい。そうすれば君の言う様にあの子はあっという間に強くなるだろう、あの子も昔は私と同じぐらい期待されていて、無邪気に振る舞っていた。姉としては、昔の様に伸び伸びとランナーバトルをして欲しいと願っている」


 うっ、どうしよう。トウヤ君を鍛えたら『田中さん、僕をその鞭で叩いてくれ!』とか言い出したら……その時は契約破棄だな。


「田中マモコ。自分の心を、自分のソウルを己自身で縛っているトウヤを解き放ってやってくれ」


 自分を縛ってるのはお前じゃい!! マジなのか冗談なのか微妙だよ!!


 くそ、アホみたいに固く結びやがって、結び目が全然ほどけねえぞ!? どれだけ力を入れて縛ったんだよ。

 はあ、天王さんはなんかズレてるけど、真面目に言ってるっぽいから注意しにくい。悪気が無さそうな所が困るな……


「そうだ。田中マモコ、君の願いはなんだ? よかったら私に教えてくれないか? 君程の実力者なら己を自覚しているはずだ。もしも、私の様に他者に知られるのが憚られる様な望みなら無理にとは言わないが……」


 一緒にするなよ! 僕の願いは他人に知られて不味いものじゃない……かな?

 いや、生存本能に根ざした生物本来の純粋な願いだし、別に責められる様な謂れは……ない、よね?


「わ、私の願いは……私の大事な人が、辛い思いや苦しい思いから解放されることよ。寂しくて、孤独な思いをしない、ソウルギアによって悲しみが生まれない優しい世界が欲しい。は、恥ずかしいから誰にも言わないでね?」


 その大事な人は、田中マモルって言う名のイケメン小学生でして……彼にはぜひとも不老不死を手に入れ、永遠に続く安心と安全を手に入れて欲しい……嘘は言ってねえぞ?


「ふふ、照れることは無い、素敵な願いじゃないか。なるほど、だから月のソウルを求めるのか……初代ソウルマスターは乱れた世を憂いて、闇を払う為に自らをソウルに変換して月の中で永き眠りに着いたと伝えられている。そんな彼女の想いが宿ると謳われる月のソウル、優しい願いを抱く君の様な人物にこそ相応しい。私は君の願いを応援するよ」


 あれ? なんか肯定された?


「ありがとう天王さん。とても心強い言葉……励まされるわ」


 フヒッ、よく分からないけど応援してくれるのは嬉しいぜ!


 僕にこそ月のソウルは相応しいか……かぁーっ、困っちゃうね! 

 やっぱり天王さんみたいな見る目のある人は、僕から滲み出る善良なソウルに気づいちゃう? 隠してても溢れる善性を見抜かれちゃう? 

  いやぁ、照れる照れる。善人って辛いわー、隠し事出来ないわけ?


 うんうん、人の望みにあれこれケチを付けるのは無粋の極みだよね! 自分のソウルに嘘はつけないよね!?

 だから、天王さんが神聖な学び舎でアホな行為を繰り返す困ったちゃんでも仕方がない。僕は君の趣味を許容しよう。僕の目の届かない所でやってくれ。


 溢れる衝動は抑えられない! 心が命じた事は誰にも止められない! 憧れは止められねぇんだ! 人の夢は終わらねえ! 先人達も言っていた! 不老不死に僕はなる!


 なんだよ、いい奴じゃないか天王さん。僕の夢を応援してくれる優しき理解者だ。ちょっと特殊な趣味を持ってるけど、人間誰しも欠点はあるもんだ。


 まあ、僕みたいに不可能の存在しない完璧な天才を除いてだけど……ぐっ!? やっぱり解けねえ!? どうなってんだこれ!? 固すぎるでヤンス!? こんな縄を切らずに解くの不可能だろ!?


 結局天王さんを縛る縄が解けたのは、朝のホームルームが始まる5分前だった。


 くそ、危うく遅刻する所だった。やっぱり天王さんの趣味は駄目だな……許せん。


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