第13話 一連の出来事の真実





 春休みが終わり、5年生の新学期が始まった日のことだった。

 放課後、春花のすがたが見当たらなかったので、藍子は昇降口で待っていた。

 でも、みんなが帰ってしまってからも、春花はついにすがたを見せなかった。


 つぎの日。

 春花は藍子と目を合わせようともしなかった。

 そばに行こうとしても、さっと逃れてしまう。


 麗羅たちの女子グループに混じり、尖った目つきで藍子を睨みながら声高に笑い合ったり、反対に、わざと声をひそめて棘のある内緒話をしていることもあった。


「学校ではあんなにおとなしそうにしているのに、家に帰るとね、弟と大騒ぎしているんだって。そういうの二重人格っていうんだって、うちのママが言ってたよ」


 悪意に満ちた麗羅の聞こえよがしに、藍子は黙って耐えているしかなかった。


 たったひとりの友だちを失った藍子は、本当にひとりぼっちになってしまった。

 毎朝、楽しいことがひとつもなくなった5年3組の教室に行かなければならないのは、胃のなかに堅いかたまりを無理やり押しこまれたみたいに辛く苦しかった。

 

      *

 

 さびしい1学期をやり過ごし、もう少しで夏休みに入るという日の放課後。

 いつものように藍子が田んぼのなかの1本道をトボトボと歩いていると、うしろから追い着いた足音が、ぴたりと横に並んだ。そして、藍子と一緒に歩き出した。


 春花はなにも言わなかった。

 藍子もなにも訊かなかった。

 ふたりの心はそれで通じた。


 ランドセルのなかでコトコト鳴っていた筆入れが、リズミカルに弾み始めた。

 

      *

 

「黙っているところをみると、やっぱり本当のことだったのね。残念だわ、あなたはそんな子じゃないと信じていたのに……先生をがっかりさせないでちょうだい」


 きれいに整えられた眉のあいだに、太い縦じわがくっきりと刻まれている。

 その太さが朝子先生の怒りを表わしているようで、藍子の気持ちは萎えた。

 

 ――わかってなんかもらえないんだ、なにを言っても。

 

 手足の先が冷たくなって、身体のふるえが止まらない。

 

 ――ちがうんです、先生。わたしじゃないんです。

 

 本当はそう言いたかった。

 でも、藍子の口から出て来たのは「むむ……」という意味不明な音だけだった。


 のどの奥が熱くて、苦しくて、息が、息ができない。

 いつかとうさんに案山子とからわかれた肩をブルブルふるわせて、藍子にとっては針のむしろそのものの教室の床に、ポタポタと大粒のなみだをこぼしつづけていた。

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