執念の男

「明日、折角だから、かなみちゃんも来る?」

「あら、いいんですの?」

「ああ。久し振りに、紘也さんに顔を見せてやってよ。あの人、ああ見えて女の子が行くと、喜ぶからさ」

「まあ……ウフフ。じゃ、ご一緒させていただきますわ。学校が午後三時頃に終わりますので、その後で」

 夕食のあと、暫し三人で寛いでいたが、イリサが休眠モードに入って眠ってしまい時刻も頃合いとなったので、涼はかなみを送る事にし、帰宅の道すがら、二人きりの時間を楽しんでいた。その際に、涼がかなみを大学のキャンパスに誘ったのである。

「俺、正門前で待ってるから。イリサと待ち合わせて、それから構内に入る事にしよう」

「分かりましたわ。楽しみにしています」

「……あ、もう着いちゃったのか。やけに短く感じるよ、この道のりは」

「クス……また明日、お会い出来ますわ」

 かなみの家の正門付近まで歩いて来た二人は、別れを惜しむように向かい合い、互いの顔をジッと見詰めていた。

「じゃ、それまで……」

「ハイ……」

 そして、重なり合う影と影。そしてそれが離れた時、二人の顔は朱に染まっていた。既に一線を越えた二人であったが、その辺りはまだまだ初々しいままであった。


* * *


 翌日、午後三時を少し過ぎた頃。涼は大学の正門前まで出て、かなみ達を待っていた。

「お兄ちゃーん、おーい」

「お、イリサの方が先に着いたか」

「え? 他に誰か……あー、お兄ちゃんってば、ちゃっかりしてるなぁ」

「べっ、別に良いじゃないか」

 ハイハイ……といった感じの表情を作るイリサを見て、涼はポリポリと鼻の頭を掻いて照れた。そして更に待つこと三十分あまり、制服姿のかなみがやって来るのが見えた。

「お待たせしました」

「ううん、全然待ってないよ。大丈夫」

 三十分は待ったうちに入らないのか……と、イリサは苦笑いを浮かべた。そんな彼女の内心を読んだか、涼はその尻を軽くポンと叩いて、先を促した。

「やん、エッチ!」

「オシオキです。変な事を考えたでしょ?」

「……何かありまして?」

「いや、何でもないよ」

 何事も無かったかのように済ました笑いを浮かべ、涼はかなみを紘也のラボへと案内した。プウッと膨れたイリサが、その後を三歩ほど遅れて続いていた。が、その三人の姿を見付け、目を光らせる影があった。

「烏丸の奴、あんな所で何をやってるんだ……一緒に居るのは、いつぞやの娘か? そして……謎の女の子も一緒か。何処へ行くつもりだ?」

 その人影は戸塚であった。彼は涼の携帯電話にアクセスできなくなった上、近寄って行っても無言で立ち去られてしまう為に取り付く島が無くなっていたが、未だしぶとく涼を付け狙い、付き纏っていたのである。

「面白そうだ……後をつけてやろう。ヒヒヒ……」

 薄気味の悪い笑い声を上げながら、戸塚はそっと三人の後を追った。その顔には、狂気すら滲み出ているかのようであった。


* * *


「お、いらっしゃい」

「紘也さん、俺たちの時とぜんっぜん態度違いますね?」

「当たり前だ。お前らは患者とその付き添い、彼女はお客様だからな」

 かなみが来る事を事前に連絡を受けて知っていた紘也は、いつもと違ってキチンと風呂に入って来ていたようで、キレイな白衣を着て髭も剃り、髪もビシッとセットしてあった。まるで別人のようである。

「まあ……クスクス……」

「紘也さん、言っときますけど彼女は俺の恋人ですからね?」

「わぁってるよ、ご婦人の前でみっともない格好を見せたくないだけさ。さ、どうぞ。お掛けになって」

「ご丁寧に……恐れ入りますわ」

「全く……この朴念仁が、どうやって貴女を口説いたんだか」

「あら、私が好きになったんですわ」

 ニッコリと微笑んで、かなみはピシッと言い切った。お嬢様育ちではあるが、その辺はキッチリ言い切るタイプのようだ。

「参ったね、そこまで堂々とされちゃ、からかいようが無ぇや。じゃ、サッサと済ませるか。イリサ、見せてごらん?」

「ハイ先生。指を切っちゃいました」

 イリサは応急処置の絆創膏を剥がし、紘也に傷口を見せた。

「ふーん……結構深く切れちゃってるな。表皮だけじゃなくて、内側のシリコン樹脂まで切れちまってる」

「直りそうですか?」

「ん、それは問題ないが……一度、指の表皮を全部剥がさないとダメだな。それからシリコン樹脂を接着剤で貼り合わせて穴を塞ぎ、新しい指の表皮を被せて、最後に特殊接着剤で接合面を貼り合わせて終わりだ」

「継ぎ目が残りませんか?」

「心配ない。イリサの何処に、継ぎ目が見える? 見えないだろう?」

 そういえば……と、涼は今更ながらに不思議そうな顔になった。イリサは表皮で全身を覆われている訳だが、その身体に継ぎ目など何処にも見えないからだ。

「この表皮は特殊な繊維で出来ててな。貼り合わせると最初は接合面が盛り上がって見えるが、暫くすると互いに融合しあって、継ぎ目が消えちまう優れものなのさ」

「ハァ……やっぱスゲェや」

「今更気が付いたのかぁ?」

「褒めるとコレだよ……じゃ、よろしく頼みます」

「ん。じゃ、準備があるんでな……イリサ、君はそこに横になって待っていなさい。涼と君は、ちょっと手伝って」

 修理に使う道具や資材を取りに行く為、紘也たちは隣室に消えた。そして作業室には、イリサだけが残された。と、そこに……

「ヒヒヒヒヒ……そうか、そうだったのかぁ……キミはやっぱり、作り物……人形だったんだね?」

「……!! 誰!?」

 イリサが驚いて振り向くと、そこには戸塚が立っていた。彼はまず、入ってきたドアを内側から施錠すると、紘也たちが入っていったドアに棒を噛ませ、入室できないようにしてしまった。

「人形とは失礼ね。確かに私はアンドロイドだけど、ちゃんと生きてる。命があるんだ! だから、人形なんかじゃない!!」

「物は言いようだねぇ。でも、プログラムとメモリーの組み合わせで作られた意識が、命? 笑えるね。烏丸の奴も、こんな物に愛情を注ぐとは……パソコンに名前を付けて可愛がる、オタクと一緒だよ」

「お兄ちゃんの悪口を言うな!!」

「ヒヒヒヒ……コレは失礼」

 しかし、全く悪びれた様子を見せない戸塚のニヤケ顔は、ゾッと背筋が寒くなるような不気味さを湛えていた。

「アンタみたいな、トカゲそっくりの奴に悪口言われたくない!! 取り消して!!」

「ヒヒ……キミもなかなかに失礼だねぇ。人を指差して、トカゲだって? コレは、お仕置きが必要だね」

「こ、来ないで!!」

 ジリジリと間合いを詰めて来る戸塚を見て、イリサは思わず後ずさりを始めた。が、狭い室内での事。すぐ後ろに壁がある。退路は既に無かった。

「まずは、その可愛いおべべを全部取ってしまおう。君が、どれだけ良く出来ているか……興味があるよ」

「へ、変態!!」

「さぁ……!!」

 と、戸塚の手が伸びてきたところで、イリサが怪力を発揮した。

「うおっ!?」

「舐めないで……誰がアンタなんかに、裸を見せるもんか!!」

 イリサは傍にあった作業台を片手で叩き壊し、戸塚を威嚇した。

「ヒヒッ……どうやら、パワーじゃあ敵わないみたいだねぇ。なら、武装させて貰うまでさ……」

 と、彼は懐から、長い紐のようなものを取り出し、その片端をピシャリと床に叩き付けた。鞭である。

「鞭なんか取り出して……いよいよ変態の本領発揮ってワケ?」

「ぬかせ!!」

 鞭の先端がイリサを襲うが、彼女はそれを悉く避けてみせた。

「そんなものでは、私は倒せないよ!! 大人しく観念して、ドアを開けなさい!!」

「それは……どうかなぁ?」

 戸塚の顔が、またも醜く歪んでいた。

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