第11話 羽化する天使 その六



 クトゥグアの邪悪な炎が心なしか弱くなった。よどんだ光が急速に薄くなる。


「今のうちだ!」


 ガブリエルの号令で、龍郎は涙を乱暴にぬぐった。

 剣をにぎり、ふるう。

 体力は限界だが必死だった。フレデリックの光線にあわせて剣をふると、太刀風が浄化の力を増幅する。


 クトゥグアはすっかり色を失った。黒くこげつき、なりをひそめている。もう活動能力をなくしたのかもしれない。召喚者がいなくなったから……。


 もうヘトヘトだ。

 肩で息をしながら、龍郎はガブリエルにたずねる。


「どうやったら、あれを封印できるんだ? 滅却するのは厳しいと思う」

「そうだな。召喚者がいなくなったから、こちら側へ来ている部分だけ、おそらく……」


 話しているところへ、青蘭たちもよってくる。


「龍郎さん。大丈夫?」

「ああ。青蘭は?」

「疲れたけど、もうひと押しくらいなら、なんとか」


 言いながら、青蘭は手を伸ばしてくる。龍郎の手をにぎると、甘ったるい笑みを見せた。ほんとは、青蘭も片時も離れたくないのだ。


「応援を呼ぼう。天使が集結すれば、どうにかなるだろう」と、ガブリエルが言うので、龍郎はホッとした。


 それにしても、ルリムは何もしてこない。もしも、彼女が魔法で攻撃していたら、とてもじゃないが、龍郎たちはここまで戦うことなどできなかった。


 見れば、ルリムは姿を消していた。どこへ行ってしまったのだろうか。龍郎と敵対するようなことを言っていたのに、いざとなると情にほだされたのか?


 いや、違う。

 ルリムは魔法陣のなかにいた。龍郎たちと真反対の位置にある巨石の下だ。


「イア! イア! FUNGUルイ ムウGU RUナフ クトゥグア フォMARUハウTOOO NGAアアア・グUGAAA NAFURUFUTAGUN IIIA! クトゥグアーッ!」


 両手を高くかかげ、呪文を唱えている。その響きは、アフーム=ザーにも勝る。やはり、魔術の名手だ。



 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!



 戦闘天使たちの声も雷鳴のようにとどろく。いや、戦闘天使だけではない。巣の雑用係たちまで、ルリムのすべての民が続々と現れ、一心不乱に祈りだした。



 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!

 —— いあ! クトゥグア!



 黒くちぢんでいたクトゥグアの巨体が、ふたたび輝いた。龍郎たちの攻撃で欠けていた部分が、またたくうちに再生し始める。


 龍郎は全身がふるえた。

 それは、恐怖だ。

 もうダメだ。これ以上は戦えない。もう一太刀もあびせられない。その力がまったく残っていなかった。


(頼む。よみがえるな。このまま朽ちてくれ)


 願いもむなしく、クトゥグアの放つ炎は増してくる。


 ルリムはさらに声をはりあげる。両眼から血の涙があふれていた。ルリム=シャイコースの涙だ。こぼれおち、たちまち結晶化して彼女の足元にころがる。


 なぜ、泣くのか。

 彼女自身もツライのか。


「我らが神よ。大いなる贄を受けとりたまえ。アフーム=ザーの命を糧によみがえれ! イアアアAAAAAAAAーッ! クトゥグア!」


 ようやく気づいた。

 アフーム=ザーのほんとうの役割に。


「贄だ。アフーム=ザー自身が生贄になることによって、クトゥグアは完全に復活するんだ」


 龍郎の言葉に、全員が沈黙する。やがて、青蘭がぽつりとつぶやく。


「……もうダメだよ。龍郎さん」


 泣きそうな青蘭を見た。

 そう。打つ手は、もうない。龍郎たちは力を使いはたした。それなのに、敵はこれからが本番なのだ。


 このまま、ここにいると、確実に全滅する。

 せめて、青蘭を逃がしたいと、龍郎は考えた。青蘭と神父だ。二つの玉がそろっていれば、青蘭は転生することができる。


 マルコシアスの目を見つめると、彼は龍郎の気持ちを察してくれたようだった。だまって一度、うなずく。


(そうだ。おれが囮になる。そのあいだに、マルコシアス。青蘭たちをつれて逃げてくれ)


 もうそれしか方法はない。

 龍郎が攻撃すれば、ルリムの気をそらすことができるだろう。それに賭けるのだ。

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