第72話 真っ黒な闇に染まる

 ゆうが部室棟の裏に駆け付けた時には、坂野さかのと思われる少年は地面にうずくまり丸まっていた。


「オラッ! さっさと今日の分を出せよ!」

「坂野ちゃん、どうせ痛い思いして我慢しても取られちゃうんだから、我慢しないで早く渡した方がいいよ」

「そうだぜ坂野。お前んち、金持ちなんだからよぉ。ケチるなよ」

「チッ、めんどくせぇ……手間かけさせんじゃねぇよ!!」


 加賀かが達は四人で坂野を取り囲み脇腹や背中に蹴りを入れた。


「止めろ!」

「あん? 黒田くろだじゃねぇか……何だよ、お前が変わりに金払ってくれんのか?」


 取巻きの一人がニヤつきながら悠に近づく。


「何とか言えよ」


 笑いながら放たれた左拳を悠は受け流し、手首をつかむと伸びきった肘に掌底を突き入れた。


「は?」


 取巻きの左腕が関節を破壊されだらりとぶら下がる。


「ギャアア!!」


 悠に突っかかってきた取巻きは痛みに耐え兼ね左腕を抱え込みうずくまった。


「嘘だろ……」

「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!!」


 それを見た取り巻きの一人が拳を振り上げ悠に迫る。

 余りに稚拙な攻撃に悠は少し呆れながら踏み込んだ。

 右ストレートを交わし、懐に飛び込むとカウンターで左ひじを男のみぞおちに決める。


「グエッ……」


 のしかかって来た男は悠に受け流され、受け身も取れず顔面から地面に突っ伏した。


「まだやる?」

「クッ、黒田のくせに……どうする加賀!?」

「……舐められてたまるかよ!」


 加賀はそう言うと右ポケットからバタフライナイフを取り出した。

 もう一人の男も腰の後ろから伸縮式の警棒を取り出す。


「形成逆転だなぁ」


 少し怯えが見える加賀は虚勢を張る為か、ことさら狂暴な笑みを悠に向けた。


「はぁ……殺すつもりが無い武器なんて怖い訳ないだろ……しょうがない、相手してあげるよ」


 クイクイと右手を動かし、悠はあからさまに加賀達を煽る態度を取った。


「てっ、てめぇ!!!」


 経験上、激高した相手はその殆どが攻撃が単調になった。

 それは直線的であったり、連携を無視したりと悠に有利に働く事が多かった。


 その例に漏れず加賀達も真っすぐにこちらに向かって駆けよって来た。

 加賀は右手、もう一人は左手に武器を持っていた。

 加賀が悠から見て左、もう一人が右だったのでお互いの武器が干渉しないよう持ち替えたのだろう。


 その辺りは理にかなっているなとほんの少し感心しながら、悠は先んじて攻撃して来た警棒の男の武器を持った左手を取った。

 振り下ろした勢いを利用し引き込む様に相手を投げる。

 殆ど力を加えられた様子も無いのに男の体は体操選手の様に回転し、その勢いのまま地面に叩きつけられた。


城戸きど!? 何だよ!? 何なんだよ!? お前、唯のオタクだろうが!!」

「……黒田君、オタクなんだ」


 そう言えば風花も徹夜でゲームとか言ってたな。

 悠はこの体の持ち主、黒田ユウに少しシンパシーを感じた。


「まぁいいや。とにかく、もう坂野には手を出さないでくれる?」

「うるせぇ!! 俺に指図すんな!!」


 加賀は興奮で唇を震わせながら悠を睨んだ。

 どうも完全に格下だと思っていた黒田に好い様にあしらわれた事が、彼のプライドを刺激したようだ。

 加賀は振り回すのではなく、腰だめにナイフを構えた。


 荒い息を吐き、完全に致命傷を与える気満々らしい。

 やり過ぎたかなぁと反省しつつ、悠は拳を構え腰を落とした。


「死ねぇ!!」


 駆け出した加賀の姿がOLの瞳とダブる。

 彼女には随分殺されたなぁと感慨深く感じながら、悠は突き出されたナイフを躱し左脇に固めた拳を突き上げた。

 拳は加賀の顎を捉え、そこを支点に加賀の体は自らの突進の勢いで九十度回転、そのまま背中を地面に打ち付けた。


「いてて……やっぱり鍛えてないとこっちも痛いなぁ」


 左手を擦りながら悠は加賀を見下ろした。

 かなりいい感じに決まった様で、加賀は白目を剥いて失神していた。

 他の者も気を失っていたり、うめき声を上げている。


「ふぅ……坂野、大丈夫かい?」


 悠は丸まったままの坂野に近づき声を掛ける。


「……ね」


 坂野は悠の声に反応する事無く、小声で何か呟いていた。


「坂野?」

「ねしねしねしねしねしね……」

「坂…野……?」


 悠が彼の背中に触れようとした瞬間、どす黒い煙が坂野の体から噴き出した。

 それは地面を這う様に広がり加賀達を飲み込んだ。

 煙りに触れた加賀の体は醜くただれ、シュウシュウと音を立てて崩れて行く。


「ギャアアア!!! 体が溶ける!!!」

「いえぇ!? 何だよこのけむ……」

「何だコレ!? 坂野、止めろ!! 煙を止めるんだ!!」


 煙は悠の体をむしばむ事は無いようだが留まる事無く広がり続けている。


「アハハハハハハハハッ!!! みんな……みんな消えればいいんだ!!! 僕を傷めつけたクズ共も、何もしない教師も、見ているだけのクラスメイトも、世間体しか気にしない家族も!!! みんな。みんな消えてしまえ!!!」


 顔を上げた坂野が叫んだ瞬間、坂野から爆発的に煙が噴き出し悠の視界は真っ黒な闇に染まった。


 思わず目を閉じた悠は、恐る恐る探る様に目を開けた。

 瞳に移った景色はループの起点、道路沿いの歩道だった。

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