多人数制創作・クラス内対抗試験

 

 最後の項目を坂上先生が読み上げた時には、沈み込むような重さが生徒たちを支配しはじめる。


「おいおい……嘘だろ」と勝俣が固い声を落とす。


 それに続いてあちこちで「退学」の二文字が漏れていく。今度は坂上先生も気楽に笑って補足してはくれなかった。

 不安な面持ちを表に出す生徒が多い中、一人の女子生徒、出席番号1番の天草瞳美あまくさひとみが手を上げた。


「先生一ついいですか?」

「どうした天草?」

「もし最下位が複数被った場合、退学者はどうなりますか?」

「そうなる確率は非常に稀だが不可能ではない。もし最下位が複数になった場合、その二班の班長と副班長が退学処分となり試験は終了となる」

「分かりました。ありがとうございます」


 生徒たちの顔に不安が色濃くではじめる中、片桐だけは一人嫌な笑みを零している。


「他には何か聞きたいことがある人いるか? いるなら今のうちに聞いておけ」


 もう一人の男子生徒、出席番号13番の栗谷公彦が不安な表情で手を上げている。


「どうした栗谷?」

「一度班長と副班長を決めたあとに変更することは可能でしょうか?」

「不可能だ。だから班長と副班長についてはよく班の皆で話し合って決めろ」

「分かりました、ありがとうございます」

「他は?」


 誰も手を上げなかった。実際に多くの生徒たちが、この必修試験と呼ばれる試験が、今後どのような動きを見せ、自分はどのようなことをすれば良いのかまだピンときている者は少なくない。


「ではさっそく班を発表していく。班分けは学校側が事前に決めておいたものになる。変更は認められない。決められた班員と共に創作にあたってくれ。ではまずA班から……」


 班分けが発表されていく。綾人はB班とすぐに名を呼ばれた。他の班員の名を聞いて、以外にも驚いた。


 B班:勝俣勇、野崎栞菜のざきかんな、早川茉希歩、宮風綾人、雷電嵐


 三人は互いに目と目を合わせた。茉希歩も嵐も驚いてはいたが、笑ってはいなかった。不安と真剣が交錯した眼差し。

 この三人の中の誰かが退学処分を受け、誰かがそれを見送る可能性がある。これはそういった試験になる。

 だが勝俣だけは「早川さんと一緒とかマジで最高だぜ! 俺は入学早々運を使いすぎた! やばい! やばいなあ、雷電嵐、リンゴ!」と騒いでいる。

 H班まで発表された。


「なるべく早く班長と副班長を決めておいてくれ。来週月曜日HRが期限だ。プレハブ塔は来週から使えるようになるからな。では残りの時間は各班で話し合いの時間とする。今日のHRは終わり」


 クラス内が戸惑い気味に動き出し、少しずつ騒々しくなる。綾人はどうしたものかと迷っていたら、まず嵐と茉希歩と勝俣がやってきた。

 勝俣が「もう一人呼んでくるわ」と言ってすぐに呼ばれてやってきた女子生徒は、つまらなそうにブレザーのポケットに手を突っ込んでいた。


「こいつもB班の野崎だ」

「集まりとかいる?」


 怠そうに疑問を突きつける野崎。肩辺りまで伸びた明るめの髪の毛先を弄んでいて、短いスカートから白く細めの太腿を強調している。こなれた感じの化粧を小さな顔に施していて、今どきの高校生には見えるが、逆に普段から小説など興味すらなさそうにも見える。


「いるに決まってんだろ。これからこのB班で小説を作るんだぞ?」

「でも小説を書けるのは一人よ。これの何が共に創作なの? ちなみにアタシは班長と副班長にだけはなりたくない。リスクが高すぎる」

「おい!」

「じゃああんたがやるの?」

「……そ、それを今から決めるんだよ!」

「ま、待ってよ二人共! とりあえず期限は来週まであるんだ。ちゃんと話し合おうよ」


 嵐はいつの間にかレンズを外して眼鏡をかけている。


「それじゃあもう一度簡単な自己紹介からしようよ。まず僕から、僕は雷電嵐。小説は小さい頃から好きで、そこにいる早川茉希歩ちゃんと宮風綾人君とは小学生の頃の友達なんだ。小学生の頃にも小説は書いていたけど、本格的に小説を意識して書き始めたのは中学生の頃、文芸部に入ってたから」

「私は早川茉希歩。だいたいはあーちゃんが言ってた通りで同じ文芸部に入ってたよ。補足するとそこにいる綾人は、小学二年の終わりに転校して、やっとこの学院で再会したの。ね」

「ああ、その宮風綾人だ。嵐たちと似てるけど、俺は文芸部には入ってなかった。だから書ける時に小説は書いてた程度。自分で言うのも何だが、あまり上手くはないと思う」

「あ? お、俺か。俺は勝俣勇。小説を書き始めのは、中学二年の頃。ちょうどその頃野球部に入ってピッチャーやってたんだけど肘を壊して、文化系の部活を進められて文芸部に入った。まあなんだ、そこの先輩が可愛い先輩でよ、色々教えて貰ってから小説にハマったんだ。フラれちまったけどな」


 恥ずかしそうに顔赤くした勝俣は陽気に笑っている。


「あんたの甘酸っぱくて吐き気のする恋愛話なんて聞かせないでちょうだい。アタシは野崎栞菜。この学院を卒業したいだけ。小説で誰かと協力する気なんてない」

「おい、その言い方はないだろ野崎!」

「気安く喋りけないで」

「お前みたいなお高くとまってる女は俺が一番嫌いなタイプなんだよ」

「あんたの気持ち悪い性癖なんて最初から興味ないわよ」


 勝俣の顔面はぐんぐん達磨のように耳まで赤くなっていく。


「お前……」

「まあまあまあまあ! 二人共、ちょっと落ち着いてよ!」


 嵐が間に入って、必死で二人を宥める。綾人は深い溜息を吐く。茉希歩は心配そうに何も出来ず手を組んで黙っていた。


「とりあえずさ、過去に書いた作品を一つずつ何でもいいから互いに読み合ってから班長と副班長を決めない? まだHRまで一週間あるんだし」

「うん、それいいと思う。私も賛成。綾人は?」

「あ、ああ。それでいいんじゃないか?」

「まあ俺も別にそれでいいけどよ、俺四作品も一週間で読んだことねぇぞ」

「まぁ授業は最悪自主参加だからその時は必修試験を優先すれば良いよ。野崎さんも一応それでもいいよね?」

「読み合って?」

「う、うん……」

「どこで?」

「ああ、それはね」と言って嵐はポケットからスマホを取り出し、操作する。

「せっかくだからこの千集院ノベルを使おうよ」


 嵐が見せたのは学院専用のWEB小説投稿サイトだ。千集院に通う学生なら学籍番号を使うと一人につき一アカウント使用出来る。


「僕も数日前にアカウント作ったんだけど、読んで感想書いたり、掲載した小説を誰かに読まれるだけでもノベルポイントが貰えるんだ。在校生や先輩たち以外にも、歴代の卒業生の作品や伝統の卒業リレー小説なんかも読めるようになってるからとても勉強になるしポイントも稼げるから一石二鳥だよ」

「私もこの前登録したよ。野崎さんはもう登録してる?」

「まだだけど」

「じゃあアカウント作るの私手伝うよ。ついでにおすすめの小説も教えてあげる。野崎さん、レンズの検索から引っ張ってこれる?」


 茉希歩は野崎にぐいぐいと近づいていき、あれやこれやと教えはじめた。嵐はほっとするように胸を撫で下ろしている。


「早川さんはやっぱ天使だよな〜。よお、リンゴもそう思うだろ?」


 茉希歩たちを片目に勝俣は机に突っ伏して綾人に喋りかける。


「天使かは分からないが俺はリンゴじゃないけどな」

「宮風はもう作ってんのか、アカウント?」

「作ってないな」

「俺もだよ。なあ、早川さん俺にも作り方教えてくれねぇかなぁ?」

「頼めば教えてくれるだろ」

「お前……なんにも分かってねぇな。女子にあたふたして情けない所なんて見せられえに決まってるだろ?」

「……そういうものなか?」

「当たりめぇよ。かっこよく導いてくれる者にのみ、おなごは惹かれるって昔から決まってんだ」

「そういうものなのか。知らなかった」

「あの……僕で良かったら手伝うよ?」

「ああ、雷電嵐か……是非頼むよ……」

「う、うん」

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