第27話 神の子と呼ばれた少女(7)
「黒いの!! 黒いの!!」
それから数日後、美桜が町を歩いているとまたそう言ってきた。
「またか……」
「あの人! あのお姉ちゃん!」
美桜が指差したのは、信号待ちをしている女子高生だった。
友達と楽しそうに会話をしながら、横断歩道の信号の色が変わるのを待っている。
今回も、花井には何も見えない。
「黒いの! 黒いの!」
「なんだよ黒いのって……一体なんのことを言ってるんだ?」
あまりに美桜がしつこくて、苛立つ花井。
だが、目の前でその女子高生は変に曲がってきたトラックに轢かれ、即死したのだ。
数日前のこともあり、花井は背筋がゾッとする。
「美桜、お前まさか……霊感があるのか?」
「れーかん?」
それと同時に、美桜に霊感があるのなら、その力を利用して稼げるのではないかと思った。
そして、美桜は4歳の頃、テレビに出始め、美桜の言ったことは次々とあたり、一気に話題になる。
神の子ミオちゃんとして、見えたものをそのまま伝える。
それがどんなに恐ろしい力かなんて、花井に言われるままテレビに出ていた美桜にはわかるはずもなく、美桜はただ楽しかった。
知らない人やもの、テレビで見ていた人が目の前にいて、みんなが美桜の話を聞いてくれて、注目してくれる。
どん底にいた花井にとっても、美桜は神の子だった。
あれだけ苦労していた生活も、以前のもの以上に裕福になっていく。
「美桜、明日は朝からこっちの番組だ。それが終わったら、雑誌のインタビューとラジオの生放送もあるからな」
「うん……」
しかし、初めは楽しかった美桜も、いつの間にか分刻みのスケジュールで忙しくなっていき、元気がなくなっていく。
最早花井は、金のことしか考えていなかった。
美桜の体調や、気持ちなんて考えもせずに休むことなく美桜を働かせたのだ。
一方、麻美の子供の頃にそっくりな少女——それも、花井という男と結婚したと聞いていた祖母は、その子が自分の孫であると確信し、いつも美桜がテレビに映るのを楽しみにしていた。
「なんだか、最近元気がないわね……ちゃんと食べてるのかしら?」
「そうよね……最近、表情もなんか暗いし、疲れてるんじゃないのかな?」
一緒に見ていた当時高校生だった恵の目にも、美桜に元気がなくなって来ているように見える。
そんなある日、美桜が芸能人を占う番組が突如として放送中止になった。
予告では、大物俳優が出演することになっていたのだが、いつの間にかその番組は打ち切りになり、代わりにお笑い番組が放送されるように。
それからというもの、一切、美桜の姿をテレビはもちろん、ラジオや雑誌でも見ることがなくなったのだ。
世間は最初のうちはおかしいと騒いだ。
ネット上でも、神の子ミオはインチキだとか、やらせが判明したとか……様々な噂が広まる。
その後、ある情報がリークされた。
『神の子ミオが消えたのは、とある大物俳優の秘密を暴いたからだ』
『言ってはいけないことを、言ってしまったせいで消された』
『その話は業界じゃタブー』
名前は伏せられていたが、打ち切りになった番組の予告でも、大物俳優というのは一致している。
それが、一体誰のことなのか、美桜は一体何を言ったのかと一時期話題になったが、真相は闇の中だった。
心配になった祖母は、花井の居場所をつきとめて、美桜に会いに行った。
ところが、美桜が芸能界から追放されてしまったことで、また金を失った花井の生活は前よりも悪くなっていて、借金も……
部屋の中は荒れ放題。
美桜は花井から虐待されていたのだ。
◾️ ◾️ ◾️
「あんなに小さな子を、殴って、怪我をさせて……見ていられなくて、私が美桜を引き取ったの。その後、あの男がどうなったかなんて知りたくもないけど……児童虐待で逮捕されたのは間違いないわ」
美桜が男性恐怖症になったのは、それが大きな原因のようだった。
父親が誰だかわからないような孫なんて認めないと言っていた祖父は、密かに美桜を応援していた為、家に来た美桜の姿を見て号泣。
自分があの時、受け入れていればこんなことにはならなかったと、何度も何度も美桜に謝ったそうだ。
「最初は、お祖父ちゃんのこともね、警戒してて中々心を開いてくれなくて……大変だったのよ。今はすっかり平気だけど、本当に家の中にいてもなるべく会わせないように気を使ったりね……でも、もう美桜も高校生だし、そろそろ克服しないといけないと思ってね……それで、月島学園に入れたのよ」
祖母は伊織に全てを話し終えると、大変だったことを思い出して目に涙を浮かべていた。
伊織は、話を聞いて胸が痛んだ。
美桜にとって、花井は血は繋がっていなくても、父親だったはず。
そんな男から、虐待されていたなんて……
まだわずか5歳の少女が平気なはずがない。
「月島くん。君が美桜を大事に思ってくれるなら、優しくしてあげるんだよ。美桜が嫌がるようなことは絶対にしないでね。もし、美桜を泣かせるようなことがあれば、うちのお祖父さんが黙ってないからね」
「……そんな! 俺は、美桜さんが嫌がるようなことなんて————……」
(……——心当たりがありすぎる)
家に入るなと言われているのに、家に入ってしまったこの状況も、美桜が嫌がることだ。
ないと言い切れない自分が情けなくなって、伊織は何も言えなくなった。
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