14

 俺が当てられると笑い声が聞こえてきた。男子が肩にぶつかっても謝ってこない。トイレ行こうとすると後をついてくる知らない生徒。嫌がらせが加速していた。


「なあ、何あったんだ」


 昼休みになり、忍と俺は机を合わせて飯を食べていた。彼はコンビニの袋からサンドイッチを取り出す。


「壁川と話した」

「ご愁傷さま」

「話しただけだ」

「アイツの地雷は河辺さんしか分からない。特に男子の俺たちは話すだけで爆破だろう。なぜ、声をかけられた?」


 河辺は壁川と一緒に行動していた。壁川の押し気味の冗談に、手を前に出して距離を測りつつ苦笑いしている。第三者の俺からしても、河辺は壁川を避けている様子だ。なぜ、引かれてる相手を助言役にしたがるのだろう。


「というか、壁川って会話が成立しないよな。ワードを出せば、それに紐づいて自分の哲学か失敗話しかしない。俺達のことなんてひと握りも聞いていない」

「やっぱ同じクラスだから分析しやすいの」

「まあ、グループがあるんだよ」


 おそらく、壁川を嫌うグループだろう。遠回しに話したのは、彼女にグループの存在を聞かれる恐れがあるからだ。


「でも、今の会話聞かれるんじゃないか」

「彼女に協力的な人なんていない」

「ふーん」


 弁当の紐をとりながら、彼の立場を振り返る。俺はクラスの中心に目をつけられていた。なので、忍は標的にされるのではないか。


「忍は俺と話していいの」

「友達選びしくったよ」

「おい!」

「もう利一も来てない。そもそも、俺はお前に入れ込みすぎだって周りから嫌われてるんだよ。なんでも、ベトベトしてるんだって。性格が」

「過干渉って言いたいのか」

「そうそう」


 その時、携帯の通信がなる。箸を片手に表示した。優から話の誘いだ。


「お前は人気者だな」

「わるい。話してくる」


 弁当の蓋を閉じる。携帯を耳に当てた。


「もしもし」

『紡さんお疲れ様です』

「よう。そっちもクラスおつかれ」

『ご飯は食べました?』


 その声に背中に重圧でも乗せられたような疲れが見られた。きっと、聞かれたくて通話を選んだのだろう。


「何かあった?」

『あ、はい。えっと、自分は嫌な人間になってしまった気がします』


 優は自分の好きなことを突き通す。そのために優先順位をつけて切り捨てられる強い人間だ。彼の父は嫌な人間に見えるかもしれないか、自分の価値観的に悪く思えない。


「話してみてよ」

『学校の男子が女子を虐めてました。教科書を隠したり、鞄を勝手に盗んだり。それを僕は見ていたんですが、怖くて止められなかったんです。女子の肩を持ったら目立つじゃないですか。自分の穏やかな立場を守った嫌な人間になってしまいました』


 小学校では男子を女子はよくいじめる。俺のときも好きな子ほど困らせていた。明らかなイジメであり、見かけたら止めるべき行為だ。決して、微笑ましい現場じゃない。優はそれに立ち入った。彼は自分の女装する趣味を脅かさないように、順位をつけただけだ。それに負い目を感じている。


「虐めるのはダメだな」

『はい。自分は見て見ぬふりはしたくなかったんですが』

「でも、それが問題だってわかったわけだ。それは偉いよ。誰かは無視するかもしれない」

『でも助けられなかった』

「突然立ち向かうんじゃなくて、少しずつ助けるとか」

『どうするわけですか?』

「何か隠されたなら一緒に探してあげるとか。女子の固いグループを紹介してあげるとか」

『僕は女子と仲良くないですよ。だって、学校に行ってなかったから』

「そりゃそうだな。俺もそうだ」

『やっぱり、姉とは和解できませんか』


 普段通りに話している。俺の目線が届いたらしく、体自体背けてきた。


「学校でかかわらないけど、苦しそうだなって思う」

『姉が?』

「うん。ちょっと面倒な人に絡まれてる。気になるんだけどな」

『姉が悪いですよ。紡さんは気にしなくていいです。自業自得ってやつです』


 身内に手厳しい。しかし、俺も姉のことが嫌いだったから、お互い様だ。

 その後、ゲームの話して盛り上がる。忍が時計を指さすので通話を取りやめた。長電話は先生に露見する危険がある。彼がそれを思い出させた。

 携帯を消すと、文字が表示される。


『放課後、教室に残って』と、愛が書いてきた。


「悪いことは重なるものだから」


 携帯をポケットに直し、自分の前髪を書き上げる。額のシワを伸ばした。


「顔に出てた?」

「うん。何かあったら言えよ」


 忍は既にサンドイッチを食べ終えていた。



「なんで話したの!」


 放課後の教室。夕焼けに照らされた愛は紅潮している。今にも殴りかかってきそうな剣幕だ


「仕方ないだろ。三者面談だった」

「それでも、適当にあしらって欲しかった」

「無理だよ。立場が上の人間に話しかけられて、失礼ないか考えてしまうもんだ」

「情けないこと言わないで。それなら、わたしもそうじゃないの?」


 すぐにハッとして、バツが悪そうにスカートの先を指で引っ張ったり緩める。


「ごめん。言い方が変だった」

「なんか、コンビニの時と印象が違う」

「そりゃそうだよ。みんな違う顔を持ってる。そうしないと傷つけられた時にダメージがでかくなる」


 他人の何気ないセリフで傷ついたことがある。その発言に思い当たる節があるから、上手い世渡りに感心した。相手と自分の間に、キャラを挟んで緩和するのか。


「あの時、私が話しかけたのは不登校が可哀想だったから」


 コンビニで声かけられた。あの優位的な振る舞いはない。ただ、年相応の焦りを衝突させてくる。


「誤解を生まないで欲しいけど、私はあなたに片隅も気がない」

「うん」

「私は今の立場でいいの。どうかしようとか考えないで」


 明らかな拒絶があった。彼女は俺の気遣いさえ受け付けない。その姿が優と重なった。自分の中で優先順位があり、ただ遂行していく。河辺愛は壁川の隣を一番に考えている。たしかに、クラスの中心は価値が高い。


「わかってる。壁川に肩入れしすぎで、暴走を止めない。同調しすぎだって」

「……先生に助けてもらうとかどうなんだ。俺のカウンセラーとか優しいし、聞いてくれると思う」

「先生が助けてくれるわけないでしょ!」


 彼女のスイッチが入ってしまう。


「みんな鬱憤が溜まってて、私を脅かそうとしてるんだ」

「待て。落ち着け」

「私は紡に『優しくて、優の姉』と見られたかったの」


 いま、明確な関係が終わりを告げた。俺の心にある不完全な木材が冷えていく。勝手な期待が消えていくたび、第一印象のおおらかさが縮んだ。そこに居たのは、嘘つきで周りに溶け込もうとする生徒だ。


「ごめん。近付かないようにする」


 精一杯振り絞った。

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