アラカタミサキの監獄生活‐プリズンライフ‐

渡貫とゐち

第1話 箱庭とすごろく

 サイコロを振り、一が出れば直径一キロメートル内の移動が可能。

 二、三……と、同じく移動距離も二、三キロと増えていく。


 最高移動距離はサイコロの目の六であり、六キロメートル。

 四人のプレイヤーがサイコロを持たされ、

 五分以内に振らなければ、強制的にその者の出目は一となる。


 目的はパーツの収集であり、ゴールはない。

 複数のエリアで構成された箱庭を永遠とループする形となる。


 エリアに隠されたパーツを探し出し、集め。

 相手が持つパーツを戦い、奪い。


 合計で七つのパーツを所持した者が勝利である。



 勝者にはたった一つ、なんでも願いが叶う権利が与えられる。



 大金持ちになりたい。


 世界を征服したい。


 絶対的な力が欲しい。


 誰にも逆らえさせない権利が欲しい。


 死んだ人間を生き返らせて欲しい。


 不老不死にして欲しい。



 叶わない願いは一つを除いて――ない。




 ――西方・海エリア――


 海エリアに入ってからどれくらい経ったのか――、

 息継ぎをするために海面に顔を出した少年は、ふとそんな事を考えた。


 薄い赤茶色の髪の毛は水に濡れて、重さで垂れている。

 その前髪から覗くのは、生気を感じない暗闇の目だった。


 基本的に天気が変化しないエリア内では、時間の経過が感覚でしか分からない。その感覚も、ある一定の時間を越えてしまえば、途端に分からなくなるものだ。

 確か、プレイヤーが集められる定期ミーティングを一回やったから、一時間は経っているのだろうと予想をつける。

 ただし、それが海エリアに入ってからではないので、結果、正確な把握はできなかった。


「――どうだった? 見つかった?」

「いや、全然。ちょっと移動しようか」



 オレンジ色のパーカー。フードを深く被っている。隠れて見えにくい肩にかかる長さの髪の毛も、艶のあるオレンジ色だった。スカートを穿いているらしいが、短過ぎて、しかもパーカーが大き過ぎるためか、お尻まで隠れて、とにかく穿いていないように見える。


 彼女は、アラカタ・ミサキと名乗った。


 それを受けて少年は、みん、と名乗った。


 それがこのゲーム開始時、港町エリアでの二人の出会いと会話である。



「レーダーにはこの辺って出てるんでしょー?」


 ミサキが海面上、宙を浮遊しながら言う。

 みんは文字通り、ミサキのお尻を追うように彼女について行く。


「うん。変わらないね。できればそろそろ見つけたいところなんだけどね」

「細かい位置までは分からないのが不親切だよねー」


「ミサキが作ったんじゃないの?」

「そうだけど!」

 ミサキは不満そうに言う。


 複数のエリアで構成された箱庭を舞台にしたすごろくのゲーム。


 プレイヤー人数は四人。サイコロの出目の数が移動距離と対応しており、活用しながらパーツを収集していくゲームを考えたのはミサキである。


 もちろんルールや各種アイテム、ツールなども全てミサキが決め、作ったものだ。

 文句や不満があれば作り直すことも変更することも可能なのだが。


「――正確な位置まで分かっちゃったら、ゲームバランスおかしくなるじゃん! 

 一気にクソゲーになるじゃん!」


「別にぼくは文句は言ってないよ。今のままでも構わない。ただ、あまり長居すると他のプレイヤーが来るから、そろそろ見つけたいな、と思っただけ」


 みんはミサキを見ずに言う。ミサキをなだめながらも、次に探す位置を見定めている。

 それを見て、かちんときたのがミサキだった。


「み・ん~! 人と話す時は人の目をきちんと見なさいって、

 さっきからずっと言ってるでしょうがぁ――――!」


「お前はぼくの母親か」


 言った後に間髪入れずに、「ここにするか」とみんがテキトーに位置を決める。


「ちょっと、みん! わたしの話はまだ終わってな――」


「次のサイコロが出たら、ここのエリアからは離れるよ。

 そろそろ、本格的にやばそうだ。ぼくは弱いからね、他のプレイヤーには勝てないよ」


 それじゃあ、とミサキの言葉を遮りながら、みんが水中へ潜った。


 残されたミサキは吐き出したい言葉が吐き出せずに、ぷるぷると小刻みに震えていた。


「も――――――う! 素直じゃない弟を持つのってこんな感じなの!?」


 再びミサキは一人、取り残される。

 静寂の中で、波の音が定期的に響くだけだった。



(――ん、あれかな?)


 水中へ潜ったみんは、すぐに金色に似た光を見つける。

 テキトーに位置を選んだつもりだったが、どうやらぴったりだったらしい。


 自分の運の良さに喜びを感じながら、しかしこれから先、なにか良くないことでも起こるのではないのか、と不安も同時に感じてしまう。


(山があれば谷がある……まあ、山がなくともこのゲームをしている限りは、ずっと谷の可能性もあるわけだけどね――)


 七つのパーツを奪い合うのだ。

 命懸けのサバイバルである。


 そこに絡むは戦闘行為だ。

 特別、運動神経が良いわけではない。


 人に誇れるような特技があるわけでもない。

 みんは、ただの引きこもりである。


 人よりも少しだけ考え方が大胆なだけの少年である。


 筋肉もろくについていない彼が、真正面からぶつかり、相手プレイヤーと戦えるわけがない。

 出会えば終わりのその危険を常に持っている彼としては。

 山がなくとも谷を警戒するのが当たり前だった。


(これは――)

 みんは輝きの中心点へ、手を伸ばす。

 そこにあったのは温もりだった。


 柔らかく、妙に手に馴染む。


(なるほど……七つ全てを集めて、完成させろってことか――)


(……そういう説明をまったくしないのはなんでだろうね)


 謎解き要素も入れているのかもしれない、と勝手に予想をつけたみんは、この件に関してミサキを問い詰めようとは思わなかった。


 どんな意図があったところで、きっと行動に変わりはない。


 みんは握ったそれを思い切り引き抜いた。


 輝きは失われ、みんが入手した一つ目のパーツは、本物としか思えない存在感で彼の手の中に収まった。


 少し小さいくらいか。

 みんはそれをにぎにぎと揉みながら浮上し、海面へ顔を出す。


「うわっ…………、どうだった?」

 さっきのことをまだ引きずっているのか、不機嫌な顔と声でミサキが聞いてくる。


「あったよ――はい」


 みんは入手したパーツを見せつけるように持ち上げた。


「……うん、やっとみんも一個目だね」

 嬉しそうに言うミサキは、自分が不機嫌だったことを思い出したのか、

 すぐに「ふんっ」と顔を逸らした。


 みんは既に、ミサキのことなど眼中になかった。

 視線はずっと、入手したパーツに釘付けである。


「――じゃあ、移動しようか」


 小さな声で「うん」と言うミサキを連れて、みんは泳ぎ出す。

 できるだけ体力を使わないよう、泳ぎながら波に乗る。


 彼のポケットには、女子高生くらいの手首から先が、無造作に収まっていた。

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