第31話 最大の難所
迷宮島の中は名前の通りに、迷宮のように、道という道が交差したりして、入り組んでいる――道に沿って走行する自動モードを使用して走行しているこの戦車をそのままにしておくと、さすがに機械であっても、この迷宮を最短コースで抜け出ることはできないだろう。
道に沿って走行するという致命的な、道に迷うサインを出しているのだから、ここはサインを受け取り、対策を練った方がいいだろう。
なのでせっかく起こさないように、と行動していたホークだったが、これは仕方なく、メイビーを無理やりにでも起こすことにした。
さっきから数分、経っているので、流れていた涙も乾いているだろう――。もしも渇いていなくとも、毛布で軽く拭えばいい。思い通りに実行しながら、毛布をメイビーの顔からどける。
「――あ、ん、……朝、か?」
と、目元を擦りながら、メイビーが意識を起こす。
「ずっと朝だ。……眠っているところ悪いが、さっさと起きて運転してくれ。
これ、自動操縦モード、切るぞ」
手を伸ばして、ホークが自動操縦モードを切った。
「さっき、中継カメラが来て報告してきた。
どうやら一位は俺達らしい……が、当然、油断はできない」
「なんだ、私が寝ている間になにか、問題でも起こったのか?」
「起きて早々、その質問が出るということは、俺達が問題を起こすことがあんたの中では当然になっている、ということなのか?」
「普段の行動を振り返ってみればいいさ――いつも騒いでいるだろうが、お前ら二人は」
主に騒ぎの中心はメイビーが考える二人の中の片方で、騒ぎのきっかけや問題の原因も主にその片方の少年であるドリューなのだが……、ホークはそう言いたい衝動に駆られて、自分はなにも悪くないと主張したかった。しかし、しなかった。
きっかけについては自分はまったく関係ないと言えるが、それでも、その後の騒ぎに自分も望んで加わってしまっているので、そう指摘される前に自白しておいた。
とにかく、まあいいじゃないか、と話題を逸らしながら。
「目の前に見えているから知っていると思うが、第三の島・迷宮島に既に入っている」
「そう、らしいな。それは見て分かるが、これ、どうすれば通り抜けられるか、なんて、まったく見えないんだが」
「それは俺も同じだ――というか、これを初見で見抜ける奴なんているのか?」
いないだろう、とメイビーの同意を得ることができたので、自分の感覚が正常だということを自信を持って言えるようになった。
そんなホークは目の前の景色を見て、やはり、うーん、と首を傾げた。
迷宮島に入ってから数分と経っておらず、距離だって百メートルくらいしか走行していないはずなのに、もう既に、迷宮島の、メインステージとも言える最大の分岐点へ辿り着いていた。
大広間、である。
ホーク達が乗っている、戦車が走り続けていた道は、螺旋のように、ぐるぐると真上に伸びている――その道は右端の穴へ続いていた。
辺りを見回せば、道は乗っているこれだけではなく、他にも、他の穴から伸びたりして、ぐにゃりと歪んでいる道もあったり、この大広間だけでも、十を越える道が交差したり、並列したりしていた。
天井までは高い。
天井付近の穴へ向かうには、一本道であるこの道を走り続けるしかないらしい。
恐らくは、どこかで分岐している道があるのだろう――、そこでどちらかを選び、進むことで、上の階層に上がったり、下の階層に下がったり、もしくは、どこでもない場所に辿り着いたり――。裏技を使えば、たとえばマシンが大きくジャンプでもできたりすれば、分岐した道を選ぶ、というギャンブル性の高いことをしなくても済むはずだ。
だが、不幸にもこの戦車にジャンプをする機能はついていないので、どうやらルール通りに、破らずに進むしかないようだった。
一瞬、ドリューの糸を使えばいいのではないか、とも思ったが、その案は不安過ぎるのでやめておいた。自分だけならばいいが、もしも姫様になにかあったら困る、という理由で、直接、提案することはなかった。
しかし、姫様が絡んでいるのならば、誰よりも丁寧に、安全に、ドリューはルール破りをしてくれるとも思うのだが、ホークの頭の中には、その思考は存在していなかった。
あと少し考えれば分かったことかもしれなかったが、それは叶わなかった――というのも、彼、ホーク自身が考えなかった……考えたがやはり思い至らなかった、というわけではなく、精神的な問題ではない――物理的な問題で、考えることができなかったのだ。
地面が崩れた。
タイヤが触れている、今まさに走行していた地面が、バキバキと音を立てて亀裂を広げ、割れたのだ。途中から完全に意識の外になっていたことで、真上を見ていても、真下は見ていなかった。だから気づくのに時間がかかった。
いつの間にか戦車は、ぐるぐると螺旋のようになっている道のその前――、
大広間の中心地点に設置されている、その螺旋の道に到達するまでに存在している、大きく広がっている真ん中の穴――。
その上を、まるで橋のように薄く伸びている地面の上を、戦車は走行していたのだった。
意図なく、分岐の道を選ばされた。
戦車の重さに耐え切れなかったのだろうか。
それもあり得るが、だとしたら、なんという欠陥建築物なのだろうか。
戦車一台が乗った程度で亀裂が走り、
割れてしまう道など、道として認めることはできないだろう。
何十年間も使われていなくて、古くなっていて、だから老朽化というダメージから割れたのならば分かるが、しかし、現在はレース用に全ての犯罪者がこの迷宮監獄から出ている……、
つまり最近まではきちんと稼動していたのだ。
最近まではこの道で様々な犯罪者を奥の部屋へ送っていたのだ――、
戦車、とはいかなくとも、それなりの重さのマシンが、この道を通っているはずだ。
道が割れることなど、基本的にあり得ない。
だから、これは、自然現象ではない、とホークは予想をつける。
つけたとしても、しかし、だからなんだ――どうした、という話になってしまって、今それが分かったところで、落下を止めることはできない。
浮遊感が始まり、胃が浮いた感覚がホークを襲い、
同じ感覚を、メイビーも味わっていることだろう。
「ひゃ、あっ」
「…………」
わりと危機的ま状況なのにもかかわらず、いや、メイビー自身は至って真面目で、普段は出さない声だからこそ、これは本音なのだろうということは分かるが。しかし分かっていても、ホークは、その声に気が抜けてしまって、危機感が吹き飛んでしまった。
だから、考えることができた。
疑問点を挙げることができた。
屋根のところでのん気に座っているだろうドリューは、今、なにをしている?
―― ――
その頃、ドリューは、と期待を込めて言う程ではないが、彼も戦車の中にいる二人と同様に落下という浮遊感を存分に味わっているところだった。
だが、中にいる二人よりも優位に立っている点を挙げるとすれば、ドリューはなぜいきなり地面が崩れたのか、知っていた。
見ていた――目に入ってしまった――その程度のたまたま、運が良かった程度のもので、彼自身の能力が大きく関わっているから、の結果ではなかった。
なので特に誇れることでも、威張れることでもないが、ドリューは内心で、自分勝手に他の二人よりも優位に立っている気になっていた。
しかし結局、優位になっている気になっているだけなので、優位に立っているわけではないのだが――まあ当然、本人も理解していることである。そんなことはともかく、彼は、崩れた原因、きっかけ、それを作り出した人物を探そうとした。
地面が崩れた原因――、それは小さな爆弾である。恐らくは目に見えない程のもの。類似物を挙げれば、カメラであるが、どの選手が一位なのか報告してくれるカメラらしいカメラそのものではなく、選手監視用の、粒子のようなカメラだろう。
小さな爆弾も、それに近いもの――それか、同じシステムのものである。
ドリューはしっかりと、タイヤの下の地面から聞こえる、小さな爆音を聞いた。
その爆弾は別に、戦車を吹き飛ばすような脅威はない。もしもあれば、今頃は落下だけでは済まなかっただろう。粒子のような小型爆弾の目的は、『きっかけ』を作ることだった――、たった一つの、亀裂を作ることができれば良かった……。
もっと細かく言えば、亀裂ができるようなダメージを、橋のように伸びる、薄い地面に与えることができれば良かったのだ。老朽化しているのと同じ状態を意図的に作り出すことができれば、あとはあの重い戦車が通れば、地面が耐え切れずに崩壊する――そして、真下に落下する。
これを自然現象とは言えない。
誰かの仕業としか思えない――誰かと問われれば、証拠も不十分なので、確定的なことは言えないが、だが粒子のような爆弾を使っている点を考えれば、誰が仕掛けたことなのかは、ある程度は分かってしまう。
だから――犯人の正体が分かって、状況証拠だけで推測して、ドリューは苦笑いする。
「ほんとに――狙われるのが好きだね、あのお姫様は」
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