ダウト・ダイヴ:世界レースと裏切り同盟

渡貫とゐち

序章――【傍観者の煽り文】

第1話 世界王、争奪戦

 風を切る音を立てながら、豪快に空高くを飛ぶ巨大なヘリの扉が、がらら、とこれまた表現同じく豪快に開く――、


 その時、中に置いてあった正方形のスピーカーが、扉の開閉時の衝撃によって落下してしまう。だが、有線でマイクと繋がっているわけではないので、ヘリの中でマイクを持ちながら立ち上がった女性は、スピーカーが落ちたことなど気にせず、逆にこれは新しい演出ではないかと、新地開拓したような心情で、予定通りに作業を進める。


 女性は身を半分だけ扉の外に出して、マイクを口元に近づけた。


 そして、


『――さあ! これから始まります、世界半周のレース――【王位継承戦】。

 伝統通りならば【世界王】の後継者は「知らない者はいない、知っている者は全世界」である彼女――メイビー・ストラヘッジ様であるのですが、な、なななんと今回は、彼女からの言葉によって、このレースの優勝者が、次の代の【王】になる、ということですっっ!!』


 正方形のスピーカーは、女性の声を発しながら真っ直ぐ、真下に落下していく。


『王族、とにかく血を引いていない、まったく関係のない、どこの誰かも知らない誰かさんが次の代の王になることもあり得るというわけなのですが――、どうやらそれに不満の声はなさそうですね。皆さんはこのレースに優勝できれば、優勝者の彼、彼女に、世界を任せられると、そう思っているということですねっっ!?』


 風に乗って、

「おおおおおおおおォォォォッッ!」という野太い声が聞こえてくる。


 ヘリの真下にある、海に浮かぶ人工都市――【風船都市】で観戦している、レースには参戦していない観客の声だった。野太い声になってしまっているのは、女性よりも男性の方が多いからで、声の数も音量も、桁違いだからである。


 自分の問いかけにしっかりと返事が返ってきたところで、内心で嬉しかったのか、女性はニヤリと口元を歪ませた。初仕事でこの観客の対応は感動したが、しかし、やることはやらなければいけない。変に間が空いてしまうのはいけないので、すぐに女性が続きの言葉を口にする。


『――どこぞの誰かに世界王など任せられないと思っている方々は、このレースに参加されているわけですし、まあ当たり前の反応とも言えますが……、さて、そろそろ出場者の早くしてくれオーラがマックスに近い出力になって私のところにびしびしときていますので、ちゃっちゃと進めましょうか――』


 ヘリの運転手は、「充分に時間は押しているぞ」と声に出して女性に語りかけていたが、女性は完全無視だった。無視したのは悪感情からの行動ではなく、単純に、初仕事なのでそういう細かいスケジュールにはない会話などを拾っている余裕がないという、女性の心理的状態からの自然的な無視だった。


 それを感じ取った運転手は、やれやれ、と肩をすくめた。


『自分以外の誰にも世界王は任せられない――そう考えている選手の方々、各々充分以上の力を出し切り、見事、世界王の椅子を奪い取っていただきたい! 

 ――それでは、最低限のルール説明でもしましょう……』


 ええっと……と、がさごそとスピーカーから音が聞こえる。

 女性は、ポケットから紙を取り出して、内容をうんうんと頷きながら確認しているらしい。


 ルールを覚えていないのか……。


 運転手はがくりと、オーバーリアクションは取らなかったが、表情に出している以上には呆れていた。言葉も出ない――、まあ出してしまえば、女性に聞こえてしまうから出さなかったのも大きいが、しかし緊張しているのならば聞こえることはないだろう……。だから言ってもいいのではないかとも思うが、だが、こういう細かいところこそ聞かれているものなので、運転手はそれを見越して、結局、言わなかった。


 だから――頑張れ、と。

 口を動かしただけである。


 当然、女性は顔の角度的に、視界の広さ的に、見えるわけがない。だが、感じたのかもしれない。運転手のその行動の直後に、女性は慌てることで生じていたばたつきを抑えて、落ち着きを取り戻す――はあ、と深呼吸をしてから、


『ルールは簡単です。ここ【東部風船都市】から【西武風船都市】まで、地球を半周してもらいます。コースは人工島と人工島を繋ぐ海の上に設置された、海上道路を使用してもらいます。

 基本的に使用していただきます【マシン】は改造オーケーのなんでもありの兵器にしてもらっても構いませんが、しかし【地面に接地して走行】だけは守っていただきますようお願いいたします。

 つまり、飛行機や船などを使って、海上道路以外のコースを利用することは禁じられていますが、ただし、許可が下りたマシンを使っての海上道路以外の走行は可能とします。

 ややこしいかもしれませんので簡単に言えば、

 長時間、地面に触れていない走行は反則にしますよ、ということで――』


 ええっと、それくらいかな……、という不安たっぷりな女性の声を、スピーカーはしっかりと発信している。


『あ、あと――制限時間は、一ヶ月です! 分岐している海上道路を走行して、いくつもの人工島を渡っていき、一ヶ月以内にゴールしてください。

 そして、当たり前ですが一番最初にゴールした方が、優勝者――次の【世界王】ですっ!』


 再び――、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォッッ!」という歓声が響き渡る。


『海上道路や人工島などに仕掛けられたトラップやイベントも楽しみにしてください。

 そして、なんでもありのサバイバルレースなので、

 他者を蹴落とすのも全然オーケー、これは世界、公認ですっっ!』


 女性の声が最後の最後に大きくなる――、同時に長い時間、落下していたスピーカーが風船都市の地面に叩きつけられる。大きな音がしたが、頑丈に作られているので大破することはなく、細部が欠けた程度で、ダメージは少ない……、音も、通常通りに発信できている。


 跳ねて跳ねて、斜めになっている地面に到達してしまったスピーカーは、転がって海へ、一直線だった――。


 勢いは死なずに、そのまま加速を続けて、最終的には海の中に突っ込み――、


 海中へ、沈んでいく。



 それでも――音だけは届けようと、必死に。


 スピーカーは懸命に、女性の声を発信し続ける。


 もう届かないだろう人間に向けて、観客、選手に向けて――、女性の最後の言葉を。



『それじゃあ最後に――、



 その声は、ぶくぶくという海底から海面へ昇っていく泡の音によって、かき消された。

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