第37話 火種(2)

 その後いくつか近況報告をした後、

「そろそろ本題に入ろうか。戦車競技応援団の事だったな」

 とマクシムスが言ってくる。

「ごめんねぇ。皇后なんて『仕事』を5年もやってるとさ、回りくどくなっていけないよねぇ」

「いや分かる。俺も成り上がり貴族だからな。直接的に問うと『品がない』と言われてしまうあの貴族特有の感性は、未だに慣れん」

 同病相憐れむという感じで笑い合うテオドラとマクシムス。


「とは言え、俺も戦車競技から引退している。関係者から聞いた話とはなるのだが」

「かまわないわ。それでもあたしよりは充分に近いだろうし」

「ふむ、だがどこから話したものか……」

 マクシムスは元々口が重いタイプだ。テオドラからの問いかけをマクシムスが答えるという形で事情を聞いた。


 各色、すなわち帝都の蒼青、翠緑、緋赤、真白の4つの戦車競技チームはそれぞれに私設応援団を抱え持つ。これらはただ応援の音頭を取るだけでなく、観客の誘導や出店の管理、インターバルに行なわれる余興の提供など、競技会運営の補助を行っている。

 そしてその運営資金は各チームから、ひいてはスポンサーである貴族や大商人などから出ており、宮中の政治派閥とも連動している。事実上、応援団は各派閥の政治団体となっているのだ。

 そのため、「自分たちは政治家を後ろ盾に持っている」として、団員がイキがりがちになる事は以前からよくある話ではあった。

「それを抑えるのが各応援団長の仕事なんだが、最近青党、緑党双方の団長が揃って引退してな。若手のリーダーが団員の支持を得て就任した」

「つまり、団員の横暴を抑えきれていない、と?」

「それだけならいいんだがな」と、マクシムスはため息をつく。

「蒼青の団長になったのが、『古いしきたりを壊せ!』とけっこう過激な主張をする奴でな。まず団員のユニフォームを一新して、これがウケた」

「競技場で、それは見たわ」

 やけに丈の短い上着チュニックをつけて、団員の割れた腹筋をこれ見よがしに見せつけていた。一方で袖はだいぶ余らせ、手を振り回すと広い袖がバタバタとはためき、腕から翼が生えているように見える。

 下半身の中心、すなわち股下には牛の角をそそり立つように装着し、明らかに男性器を模している。

 髪型もかなり異様で、耳上まで髪を刈り上げる一方、頭頂部に生える髪はだらりと伸ばし背中の中頃まで伸ばしている。今のツーブロックの様な髪型で、頭頂部だけは辮髪の如く長くしている、言えば理解できるだろうか。

 顎ひげを手入れせず伸ばし放題にする者も多く、顔の青いペイントも含め、初見者を驚かせる事請け合いの風体だった。

「貴族たちからは『何あれ??』的な感じで、白い目で見られていたけど」

「俺もだ。だが、仲間うちの評判は良くてな、皆の度肝を抜いてやったとご満悦だった様だな。それに煽られたか、緑党の応援団も派手な被り物などをつける様にもなった」

 4つの戦車チームのうち、自他ともに認めるライバル関係にあるのは蒼青と翠緑だ。他の2つはスポンサーが少なく、応援団も小ぶりで控えめ、優勝に絡むことはほとんどない。

 そのため、青党が派手な格好をすれば緑党も黙っていられない。どうしてもそうなってしまう関係性が既に出来上がっていた。


「でも、どんな格好であっても所詮は競技場内の話でしょう?だったら、問題にはならないんじゃないの?」

「競技場内の話で終わらんのだ。あいつらは最近あの格好のままで市内を練り歩く様になった。徒党を組んで、な」

「それは、競技会がない日でも?」

 テオドラの問いに、苦虫を潰した顔で頷くマクシムス。

「あんな格好の連中が市街を練り歩くだけで威圧感があるのは分かるだろう。そして出店の飯や酒を飲食しても『つけ払いだ』と言って金は払わず、結局は踏み倒す。すれ違った女子に卑猥な言葉を投げつけ、びっくりして逃げ去る女を見てゲラゲラ笑う。他にも嫌な思いをした者もいると聞く」

「わかりやすいクズっぷりだわねー」

 1人では何もできないくせに、集団になると気が大きくなって威張り散らす輩は娼婦時代からよく見てきた。テオドラの1番嫌いな人種だ。女にも多い。

「青党の応援団の行動に釣られて、張りあってる緑党の連中も奇抜な格好のままで市街に繰り出す様になる。そして両集団が市内で鉢合わせれば……」

「睨み合いからの罵倒合戦、そして乱闘騒ぎと発展するわねえ、間違いなく」

 もともと血の気が多い連中だ。戦車競技中でも蒼青と翠緑の戦車がクラッシュしてドライバーに死傷者が出たりすると、「そっちがぶつけてきた!」「なにおぅ‼︎このヘタクソ‼︎」と場外乱闘が発生することは時折起こった。

 それでも皇帝臨席が多く、警護兵もいる競技場では小競り合い程度で鎮火するが、監視の目がない市街ではエスカレートする事は火を見るより明らかだ。


「で?市当局は動かなかったの?」

「聞いた話では、帝都長官が直々に両党応援団長を呼びつけて、市街で徒党を組むことの禁止、さらに戦車競技がない日は奇抜な衣装や被り物をしない、させないようにと申し渡ししたらしいのだが……」

「えええ、まさか言うこと聞かなかったの、両団長は?」

「そのあたりがはっきりしないのだ。団長自らが『そんな法律にもない規制に従う必要はない』と言ってるという話もあれば、団長が止めるように言ってもイキった団員たちが従わない、という話もある。

 とにかく、市当局の勧告もあまり効き目がなかったのは事実だ。青党は皇帝派でもあるから、帝都長官は青党の行動には目をつぶってくれるはずだと、うそぶいている奴もいたらしい」

「バッカよねぇ〜。あの男のことを何もわかってない」

 テオドラはあきれたように首を振る。

「リックスは、法律こそ統治の中心であることを信奉してる様な人よ。皇帝派だから、なんていう情実はもっとも嫌うのに」

「それは俺たちが皇帝陛下の近くにいるから分かることでもあるからな。逆に言えば、今までは事件の真偽より情実やコネが優先されることが多かった証なのだろう」

 苦笑しながら答えるマクシムスに、テオドラも「そういやそうだったわ」と思い返す。

『青玉の酒場』の店長時代には2度ほど裁判に関わったことがあるが、真偽を明らかにするというのはお題目に過ぎず、原告被告双方が持てるコネとワイロを使って裁判官を買収し合う場になっていた。

 それまでも、ワイロや情実により裁判を曲げることは、法で禁止されていたにもかかわらず、だ。人々にとり、法とはその程度のお飾りに過ぎないのだ。


 それを止め、法をあまねく遵守させる事で公明正大な社会を作ることが皇帝ペトルスの悲願である事は、彼の行動を見ていればわかる。

 ペトルスが皇帝に就任すると真っ先に行ったのが、法令の編纂だったこともそうだ。

 なにしろ共和政時代も含めれば1000年の歴史があるのだ。星の数ほどの法令が作られ、どの法が今も有効なのか専門家でも判別が難しくなっていた。

 そこで、法令の整合性や時代に合わない法令を取捨選択し、法律実務者でも使いやすい法典=勅法彙纂ちょくほういさんをわずか4年でまとめ上げた。

 そんな皇帝が応援団の無法を認めるなど、あり得ないと断言できるテオドラだった。


「結局、彼らの行動は止まらずエスカレートし続け、ついには死亡者が出た。しかもハギア=ソフィア大聖堂前の広場で、しかも亡くなったのは騒乱を止めようとした無辜の市民だったという」

「あー……、それはアウトだわ。色々な意味で」

 ハギア=ソフィア大聖堂は皇宮の目と鼻の先にある。正教会の総本山でもあり、本来なら教義の本質である、愛と平和を体現する場所であるはずなのだ。

 そこで人が殺される。しかも無関係の市民が。応援団の無法とともに、市当局の失態と非難は止められないだろう。

「さすがにこうなれば市当局も動く。青緑両党の応援団を大量に拘束し調査を始めたのだが……」

「何かまだ問題が?」

「うむ。不当逮捕だと騒ぎ始めた。特に緑党の連中が、な。犯人は青党で我々は関係がないのに拘束されている。不当な弾圧だと」

「青党の連中は認めているわけ?」

「いいや。彼らも心当たりがないと言っているようだ。仲間うちでのかばいあいもあるのだろうな。関係ない市民の多くは関わり合いになりたくなくてあまり近くにいなかったようだし」

「……その状況だと、犯人特定はなかなか難しいわね……」

 集団の揉み合いの中で亡くなったのであれば1人で殺したわけではないだろうし、殺す気もなかっただろう。揉み合っていたらいつのまにか亡くなっていた、というのが彼らの素朴な感覚に違いない。その状況では犯人の自覚など生まれない。

「焦りもあったのだろうな、市当局はその場にいた青緑両集団の相互責任とし、応援団活動の無期限停止、賠償金の支払い、そして両団長の交代を決めた」

「……それは、両団とも受け入れたの?」

「まさか。青緑双方、下手人じゃないのに処分を受けるのはおかしいと反発を強めただけだ。また団長の任命権はそれぞれの団にあり、市当局の介入を一度でも許せば、ずるずると管理下に置かれると息巻いた」

「……まあ、そうなるわよねぇ。……ははあ、それでか……」

「?何か心当たりがあるのか?」

「まあ、なんとなく繋がった事があるんだけど……、先にそっちの結末を聞きたいわ」

「わかった。

 テオドラの言うように、その決定に両団共に納得いかず、撤回を求めてデモを繰り返した。しかもそこに一般市民も加わって、かなり大規模なものに……」

「ちょい待ちっ」

 テオドラがマクシムスの話を遮る。他人の話を止めるのは貴族間ではとてつもない非礼(相手を同等の人間と見てないとされる)だが、身内の気やすさから庶民時代の癖が出てしまう。

「なぜ一般市民も加わるのよ?さっきの話では応援団は鼻つまみ者だったんじゃないの?」

「それなんだが……、応援団よりも市当局、というか政府のやり方に対する不満の方が大きいのが理由だろうな。ほら、あの『空中税』への不満だ」

「あー……、結局はそこかあ……」

 テオドラは嘆息する。


 帝都のような大都市には、私有地の広さに応じた土地税が課されている。

 これは城壁に囲まれた限られた土地であることに加え、人が多く集まることもあり商業地としても利益率が高いからだ。そのため、地価そのものも相当に高く、帝都に自分の家を持っているだけでそれなりの金持ちと言えた。

 そんな金のない庶民の住宅はアパートとなる。そのため帝都には狭い土地に高層アパートがいくつもそそり立ち、家賃はそれなりに安い。

 それも、高額な土地税を払うのは大家のみであり、家賃に上乗せされているとはいえ7階から8階にもなるアパート世帯に割り振れば、個々の負担は大した事はないのだ。(エレベーターもエスカレーターもない時代のため、高い階ほど家賃が安くなるのが一般的)

 だが、昨年に財務長官ヨハンネスの肝入りで導入された新土地税は、それを一変させた。

 土地だけでなく、その上に立つ建物の、2階以上の床面積の広さ(今の建築の概念で言う容積率)に応じて課税することに決めたのだ。

 ヨハンネスは『課税されるのは大家やから、庶民狙い撃ちの税とはちゃうねん』とうそぶいていたが、金の動きに精通している彼のことだ、税が住人に転嫁されることが分からないわけがない。

 実際、アパートの家賃は3倍に跳ね上がり、人々からは本来何もない空間にさえ税を課けると、『空中税』と呼ばれて忌み嫌われている。

 こうなることが見えていたテオドラは、この新税が御前会議に提案された時から反対してきたが、孤立無縁だった。

 貴族たちも帝都に邸宅を構えているが、広大な庭園を併せ持つ家が多い彼らは元々高い土地税を払っており、2階の床面積はそれほど広くない。金持ちの館は上ではなく横に広がるのだ。

 自分たちの負担が少なく他人から多く取り上げる税には、大賛成するのが人間というものだから、戦争費用の捻出という大義名分も付け加えれば、ほとんどの貴族が賛成した。


 抜け目ないのは、空中税施行前の数年に渡って高層住宅の修繕費を政府が半額支給する政策を行ったことだ。

 高層アパートでは上の階ほど家賃は安く、貧乏人が住む一方、風雨で破損しやすいのも高層だ。だが利益率の低い高層を大家が修繕する旨みがないため、破損して雨漏りや風が吹き込んでもその分家賃を下げるだけで、上の階がボロボロになったままのアパートは珍しくなかった。

 だが、それは破損した壁石が高層から落ちてきて、下にある物や時には人にも被害を与えることも多いということだ。また慢性的な住宅不足を少しでも解消させるために、高層アパートの整備は必要なことだった。

 そこで修繕費の半額支給というインセンティブを与え、大家に改装を促すこの政策は必要なものであり、テオドラもこれには賛成した。さらにはこの政策をきっかけに帝都で修繕ラッシュが起こり、下層民が従事することの多い建築労働者に金が回り、景気回復にも効果があった。


 だが、その後の空中税の施行だ。アパート修繕の際に大家は階層や部屋数を当局に申請しており、階数をごまかすことが出来ない。

 騙し討ちだ、と帝都民が感じるのも無理のない話だった。

 そもそも歓迎される税など存在しない。だが、やむを得ないと納得できるぐらいの配慮は必要だ。しかも空中税などと揶揄される、今まではなかった課税なのだ。

 その政府に対する不満が、市当局へ反発を強める応援団への支持になっている、とのマクシムスの説明は、テオドラの肌感覚ともあっていた。

「言っとくけど、あたしは止めたんだよ?こんなやり方は絶対反発をまねくって。

 だけど所詮はお貴族サマ、庶民の苦しみなんて理解できないんだよ」

「皇帝は?説得出来なかったのか?」

「あの人、政策に関しては公私の区別をしっかりつける人だからね。いくらあたしが情に訴えても聞きやしないさ」

 庶民時代の感覚を残す皇帝ペトルスは、新税制への帝都民の反発は危惧をしていた。

 だが法律を信奉する彼は、御前会議の決定というプロセスをひっくり返すような決定はほとんどしない。形上は全ての決定権を持つ皇帝であっても、現実には貴族に根回しして支持を得ることが必須なのだ。

 平民上がりのペトルスは、もともと支持基盤が弱い。支えてくれる貴族の意志を完全無視する事は許されないのだ。為政者としては正しい態度と言えるが、こういう時には歯がゆい。




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