Good News and Bad News
僕はひとまず良い話から聞くことにした。
この張り込みが終わった後にでも、去って行ったマリアの居場所を聞いてみようと考えていたところへ目黒さんからの伝言というのは、バッドタイミングを
「良い話から聞こうか」
「珍しいですね。美味しいものは最後に取っておく人なのに」
「時が経てば、人の考え方も変わるものだよ」
「ふーん。心配なんですね、マリアさんのこと」
「いいから、早く教えてくれよ。マリアはどこにいるんだい?」
「既に私たちが彼女を確保している前提なのですね。ふふふ、正解ですけど」
甘いはずの
「警視庁にいますよ」
「え? それは、どういう……」
「行き先はフィリピンでした。関川先輩と別れた後、搭乗ゲートを抜けたところで確保しました。持っていたパスポートも偽造されたもので……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。どういうことだい? 僕が見送りに同行していたことも知っているのか?」
「もちろんですよ。前にも言ったじゃないですか、まだ参考人ですからって。それと、邪魔しないように見張りますよって」
いや、言ってたけど……
「ずっと彼女をマークしてました。すいません、関川先輩を
「なっ! じゃあ、
「
てっきり、
良い話と悪い話が、どちらも明確になってきたような気がする。ついでに言えば、これから具体的となるであろう悪い話の全容も、頭の中では整理ができていた。僕は手にしていた
「少なくとも、マリアが生きて警視庁に保護されているというのは、良い話と言えるね。そして、容疑者っていうのは……まだリストから外れてなかったのか。それが悪い話ってところだね」
「はい。関川先輩だって苦しいと感じながらも、捜査開始から彼女を容疑者リストに入れてたじゃないですか。そんなことは無いはずって、私たちもリストから外せるよう頑張っていたんですけど、なかなか裏付けとなるものが出てこなくて……」
「いやぁ、あの時の電話でシロと決めつけてしまったよ。まぁ、これは僕の勘違いだし勝手な思い込みでもあったけどね。やっぱり、身内を調べていくのは主観が入ってしまってダメだね」
ジェーンの部屋で作り上げた殺害事件の相関図から、僕はマリアの写真を
僕は、ジェーンが殺され独自で捜査を始めた時から、マリアが加害者である可能性を捨てきれずにいた。家族として、ゆくゆくは恋人として少しずつ距離を縮めながらも、どこかにジェーンと仲違いした何かがあるのではないかと思っていた。
「ありがとう。
「いえ、そこまではまだ……」
「じゃあ、目撃者とか遺留品からジェーンに繋がるものでも出てきたとか?」
「いえ、それもありません……ただ、国外へ出られたら追いかけることができなくなるので、参考人という理由で任意に応じてもらっただけなんです」
気落ちしているような様子にも見える言い方だけど、
「関川先輩、そろそろ一緒に捜査しませんか?」
「僕に外事課へ戻れと?」
「いえ、違います。関川先輩が積み重ねてきた調査資料を、私たちにも開示してください。きっと、これからの捜査に役立つはずです。もちろん、戻ってきてくれるなら大歓迎ですよ!」
「ということは、
「そうです! それは目黒さんも賛成してますし、昔の仲間も喜んで協力すると言ってくれてますよ」
僕は腕を組みなおして、張り込み対象のアパートへ目を向けた。
傾きかけた夕陽が建物全体をオレンジ色に染め上げ、見る者の視界を奪っていく。その先に映るジェーンの表情は
「だが、断る」
「関川先輩……」
仮にジェーンが笑っていたら……みんなと共に再捜査するだろうか?
いや、これは僕自身の問題だ。探偵となった僕は、警察を頼りにしないで利用することだけを考えてきたはずなんだ。今さら昔の仲間とワイワイ捜査してどうする?
「マリアがクロっていう理由は何だい?」
「それは……」
「女の勘っていうのは無しだよ」
「関川先輩……」
「理由は無いのかな?」
ちょっと脅すような感じになってしまったけど、僕もマリアがシロである理由が欲しかった。ここで
マリトッツォを食べきり、袋を畳んで「ふぅ」と一息吐いた仕草は、僕の問いかけに観念したものなのか、それとも食べきった満足感によるものなのか、横顔だけでは判断できないものだったが、不意に彼女は「エレインです!」と言った。そして、ゆっくりと僕の方へ向いてもう一度「エレインです」と言った。その目に揺らぐものは無かった。さらに言えば、頬についたクリームは拭われずそのままだった。
「エレイン?」
「はい」
「彼女がどうして?」
「何か知ってるはずなんです。でも、私たちには話してくれなくて……心も開いてくれない感じなんです。関川先輩なら、エレインの知ってることも聞き出せると思うんです」
「でも、彼女はアメリカじゃなかったかい? 僕が行って話して来いっていうのも変な話じゃないかなぁ。逆に怪しまれそうだけど」
「私たちが行くよりは喜んでくれるはずです。それに、アメリカまで行かなくて大丈夫です。今、エレインは日本にいるんですよ」
「そうなの?」
「だから、こうして関川先輩にお願いしてるんじゃないですかぁ」
パシっと軽く僕の肩を平手打ちする
なんとなく「やられた」感が込み上げてくるけど、一つの手がかりとしてエレインの話が聞けるならシロやクロをつける材料も増える。
「僕はエレインの連絡先を知らないよ」
「私が段取りしますか? それとも、関川先輩が自分で連絡します?」
「そうだな、連絡先は昔の職場から聞いたということにしよう。僕の方から連絡してみるよ。後で、彼女の滞在先とそこの電話番号を教えてくれ」
「わっかりましたー!」
交渉成立とばかりにご機嫌な
「なぁ、
「はい?」
「ここで張り込みしても空振りに終わる理由は何だったのかな?」
「あぁ、それですか……」
「あの社長、私の部下に確保させてますから。後で、引き取りに来て下さいね。煮るなり焼くなり、好きにしてもらって構いませんよ」
「おまっ! それって管轄外だろう! バレたらどうするんだ?」
「大丈夫ですよ。それに、関川先輩が本当にやらなきゃいけない事を邪魔するヤツは私が許しません。安心してジェーンの捜査に集中して下さいね」
「お前なぁ……」
まぁ、これで依頼された仕事はクリアできそうだから助かったけど……警察が民事に介入して、その社長からクレームが出ないか不安でならない――。
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