第十四話 神様達の転職事情 1

羽倉はくらさん、あれから商店街の神様の募集は、どうなっているのかな?」


 その日、課長に質問をされた。


「あ、はい。ほぼ埋まりました。あと残りは……ドラッグストアが一軒ですね」

「意外だね。すぐにでも決まりそうなのに」

「ドラッグストアって、いろいろな商品をあつかっているじゃないですか? そのせいもあって、神様的には難しいらしいです」

「ああ、なるほどね。薬屋さんってだけじゃないからねえ」

「そうなんですよ」


 ドラッグストアと言いつつ、あつかっている商品は薬、お菓子、お酒、化粧品、ちょっとした衣料品などなど。とにかく多いので、当の神様も、どういった経験のある神様が適任なのか、よくわからないらしい。



「まだ全国チェーンの居酒屋のほうが、決めるの簡単だったわよー!」



 とは、神様責任者代表のオバチャン神様の言葉だ。


 実のところ、全国チェーン店の神様を探すのも難しいとのことだった。全国チェーン店は、本社から店長が派遣されてくることが多く、店員さんもどんどん変わっていくバイトさんがほとんどだ。そのせいもあってか、お店に強い愛着を持つスタッフが少ない。そういう人が少ないお店は、神様も定着しにくいのだとか。


―― ほんと、知らないことばかりだなあ。あのオバチャン神様のおかげで、神様の転職について新しい知識が増えて、いろいろ助かるよ…… ――


「薬剤師さんも常駐しているお店ですし、お薬関係の神様でも良いと思うんですけどねー」

「以前はなんのお店だったんだい? 空き地ではなかったんだろう?」

「以前ですか? ちょっと待ってください」


 データベースから、商店街の情報を呼び出す。そして、ドラッグストアの項目をクリックした。


「えーと、昔は金物屋かなものやさんと薬屋さんが、隣り合って立っていたみたいですね。薬屋さんのお宅がお隣の土地を買い取って、今のドラッグストアになったみたいです。ああ、それで日用品が多いのかな……」


 普段使うモノを買うために入ってみたら、ホウキやバケツなのどの日用品が目についた。ドラッグストアではお掃除用の洗剤がたくさん売っているから、あまり気にかけていなかったが、そういうことなのかもしれない。


「ふむ。それだったら、元の神様達に戻ってきてもらうのが、一番なんじゃないかな? そうなれば、薬も日用品もお手の物じゃないかい?」

「それはダメです、課長」


 一瞬その気になったが、備考欄を見てあきらめるしかないと思った。


「ん? なんで?」

「備考に、人も神も犬猿けんえんの仲って書いてあります」

「なるほど、そういうことか。じゃあ土地を買い取った時も、一悶着ひともんちゃくあっただろうねえ」

「そのようです」


 お隣同士、人も神様も仲が悪いというのも珍しい。隣人同士が仲が悪かったから、それが神様に影響したのかもしれない。あるいはその逆か。


「昔ながらの商店街って、そういうところが難しいねえ。新しい分野に挑戦する神様が見つからないなら、他のドラッグストアの神様を呼んでくるかだね。どこかドラッグストアで閉店になるところ、ないかな」

「何気にひどいこと言ってますよ、課長?」

「ん? そうかい?」


 私の指摘に、課長は首をかしげてみせる。


「だって、どこかのお店が潰れないかなってことですよね、それ」

「潰れるじゃなくて、閉店しないかなってことなんだけど」


 どうやら本気で言っているらしい。


「それ、同じだと思います」

「そう? そうかなあ……」

「とにかく、あちらの神様先任者の神様と相談しながら、この件は進めていきます。あれだけの大所帯な商店街だと、お店への適正より、他の神様との相性のほうが大事そうなので」

「そうだね。あちらと話をしている羽倉さんのほうが、そのへんはわかっているだろうから、この案件は全面的に任せるよ」

「はい」


 課長は私の肩をポンポンとたたいて、自分の席に戻っていった。


―― 品ぞろえ的には、金物屋かなものやさんがあつかっていた商品をしっかり入れているんだから、仲が悪かったとしても、それまで利用していたお客さんのことは、ちゃんと考えているんだよねー…… ――


 そのあたりから、なにか解決の糸口は見つからないものかと考える。今のところ、他の神様達が交替でお店の様子を見てくれているようだが、いつまでもそのままで良いわけがない。がんばって、新しい神様を探さなければ。


 そう決心をすると、居場所を求めている神様達の情報が登録されているデータベースの閲覧にとりかかった。



+++



「目がショボショボする……」

「そういう時はブルーベリーじゃな。それから目薬と、昼休みのホットアイマスクじゃ」


 それから一時間ほど、目を皿のようにして文字を見ていたせいか、目がショボショボしてきた。私がぼやいたのを聞きつけてか、パソコンの神様が、ブルーベリーのサプリメントを持ってきてくれた。


「ありがとうございます。その前に、目薬さしますね」


 デスクの引き出しから目薬をとりだすと、両目にさす。それから神様からサプリを受け取った。


「情報の一元化にはパソコンは便利ですけど、間違いなく目には悪いですよね……」

「パソコン作業には、ブルーライトカットのメガネが良いらしいんじゃがな。メガネちゃんになるのはイヤかの?」

「普段、眼鏡してませんからねー。でも、この仕事を始めてから、間違いなく視力は落ちた気がします」


 それもあって、自宅ではできるだけ小さな文字を見ないようにしている。そのせいか、読みたくて買った小説も山積み状態だ。


「メガネ、必要かも」

「便利になるのも考えものじゃのー」

「まったくです」


 そう言ってサプリを口にほうり込む。


 ミネラルウォーターのペットボトルに口をつけた時、神様が事務所に入ってくるのが見えた。慌ててサプリと水を飲み込むと、ペットボトルを足元のカゴにつっこむ。


 神様は人間ほど、この手のことに関して口うるさくはないが、すべての神様がそうとは限らない。中には虫の居所が悪い神様もいるだろう。だから油断は禁物だ。


「こんにちは。新しいお仕事をお探しですか? 初めてのご利用でしたら、エントリーカードに記入していただくことになりますが」

「……初めての利用です」


 今回の神様は、ずいぶんと暗い表情をしている。どうやらかなり落ち込んでいるらしい。新しい居場所を探さなければならなくなったことが、ものすごくショックなんだろう。


―― それほど、今までの場所に愛着があるってことなのか。これはなかなか難しそう…… ――


「では、エントリーカードに記入をお願いします。がんばって新しい場所を探しましょうね」

「……はい」

「わからない箇所があったら、遠慮なく質問してくださいね」

「……はい」


 神様は椅子に座ると、私が出したエントリーカードを手元に引き寄せた。そして鉛筆を手に取り書き始める。それを見守りながら、データベースを呼び出した。そして新規作成の準備をする。


 神様が書いている住所を見て、ん?となる。どこかで見たような住所だ。


―― あれ? あの住所、最近どこかで入力したような気が……あ? ――


 もしかしてと、その情報を呼び出す。ビンゴだ。


「あの、もしかして、この商店街の神様ですか?」


 そう言うと、パソコンの画面を神様のほうに向けた。


「……ああ、そこです。私、昔はそこにあった店の神をしていたのです」


 だが私はこの神様を見たのは初めてだ。つまり昔、それなりに古い神様ということになる。


「元の商店街での神様をご希望ですか?」

「……いえ、そこまでの希望はないのですけれどね。今、あの商店街の神達は、どうなっていますか?」

「新しいお店も増えまして、少し前までは何店か、新しい神様の募集をされていました」

「そうなんですね。その口ぶりだと、もう募集か完了したということですか」


 神様は少しだけ残念そうな顔をした。


「実は募集枠は一つだけあいているんですよ。ただ、神様的にも難しいということで、なかなかなり手がなくて」

「ほお。ちなみにどういった店なんですか?」

「ドラッグストアなんですけどね」


 神様の表情がさらに暗くなる。そして、ため息をつきながら首を横にふった。


「ああ、あそこですか。あそこは無理だな……」

「やはり難しいんですね、神様的にもドラッグストアって」


 そんなに都合よくいくわけがないか……。


「いえ、そういうわけではなく。実は私、ドラッグストアになる前にあそこにあった、金物屋かなものやの神をしていたのです。隣の薬屋が今のドラッグストアに拡張したのだと思いますが、そこの神と折り合いが悪くてね」

「え、そうなんですか?!」


 まさかまさかの当事者的な神様のご登場だった。

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