問二の答え☆
彼女は調理台に買って来た食材を並べ始めていた。
ジャガイモ、ニンジン、きゅうり、ハム、卵、玉ねぎ、トマト、ニンニク、豆腐にわかめにネギ、そして高級牛肉!
「ステーキ?」
「うん、奮発しちゃった」
彼女は嬉しそうにニッコリ笑った。
高級な霜降り肉。おお! これなら美味しそうだな。
僕はちょっと胸を撫でおろしながら、ダメ元で声をかける。
「一緒に手伝うよ」
「フタヒロさんは、座って待っていて。今日は頑張るからね」
彼女の天使のような笑顔に、僕はそれ以上無理にとは言えなかった。
まあ、メインの肉は焼くだけで間違いの無いお味だからな。
後は僕がちょっと我慢すれば済む話だ。
その後、台所からは様々な香りがして来た。
野菜をゆでる香。
お味噌汁のカツオ節の香。
そして……ニンニクを焼く香。
それが、いつの間にか、かなり黒い香に変っていたが……
気にしない気にしない!
僕は心の中でそう呟く。
「あれ~おかしいな~」とか、「あつっ!」とか、「うーん、味が決まらない」とか、彼女のつぶやきが色々聞こえてくる。
その度僕が顔を向けると、彼女はにっこりして可愛い唇を「大丈夫」と動かした。
うん、何事も経験だ。今日はこの前より上達しているかもしれないしな。
僕は何度も「大丈夫」と、自分にまじないの言葉を掛けた。
言霊がよりよい未来を導いてくれることを祈って。
そしていよいよ、メインの高級牛肉を焼く香が漂ってきた。
既に二時間近く待たされた僕の腹の虫は鳴りっぱなし。
やったー! やっと食える!
「お待たせ~」
テーブルには、高級ステーキ肉にポテトサラダとトマト、人参のグラッセ。
ご飯に豆腐とわかめの味噌汁。
見た目はそれほど悪くない。
肉の上に黒いニンニクが乗っているけれど。
一応綺麗に盛り付けられている。
おお! 今回は食べられそうだ。良かったー。
「みほちゃん、ありがとう! いただきます!」
「うん、食べて食べて~」
内心の安堵を彼女に悟らせないように、僕は早速高級ステーキにナイフを通す。
「?」
ちょっと切れ味が悪いけれど……なまくらナイフだったかな。
一切れ口に頬張った。
「……」
なぜこうなる?
肉が! 高級霜降り牛肉が!
なぜかゴムのような弾力を持っている!
完全に焼き過ぎだ! 多分低温でじっくり焼き過ぎたんだな。
口の中で脂が蕩けるはずだった牛肉を、僕は必死になって噛み砕き飲み込もうと奮闘する。
その瞬間、心配そうな彼女の潤んだ瞳と鉢合わせして、僕は慌ててゴクリと押し流した。精一杯の笑顔を張り付けて言う。
「流石高級牛肉。美味しいよ」
「本当! 良かった~」
ほっとしたようにそう言って一切れ口に入れた彼女、一瞬戸惑ったような顔になった。
ま、まずい! 落ち込まないようになんとかしなければ!
僕は慌てて声をかける。
「じゃ、じゃあ次はポテトサラダだな」
慌ててポテトサラダを掬い上げて口に入れた。
べチャッとした感触が口の中にへばりつく。
見るからに水っぽそうなジャガイモサラダは、ほくほく感が皆無だ。
それどころか、マヨネーズの油と水分が分離して下に溜まっている。
そして、味がチョー薄い。
「ど、どうかな。この間家で練習した時は上手にできたの。だから今日もチャレンジしてみたんだけど」
その言葉に僕は胸がキュンとなった。
僕のために家で練習してくれたんだ……
水っぽくて味も素っ気も無いなんて、言えなくなった。
「う、うん。薄味でヘルシーサラダでいいね」
「わぁ、良かった!」
ぱぁーと嬉しそうに顔を輝かせると、彼女もサラダに手をつけた。
「あれ? なんかベタベタ。この間は上手くいったのになぜ?」
考え込んでいる彼女の気を逸らすように、僕は少し大きな声で次を促す。
「人参のグラッセ、綺麗にできているね」
「でしょでしょ。丁寧に時間をかけたから、味がしみ込んでいるはずよ」
僕は頷いて艶やかなオレンジ色の塊を噛み締めた。
あ! 甘い!
どんだけ砂糖入れたんだ?
「ふふふ。私の愛をいーっぱい込めて、ちょっと甘めにしてみました~」
頬を染めて俯きながら言うみほちゃん。
長いまつ毛が目元に影を落として、ほんのり色づいていていて……か、かわいい。
甘ーくしてくれたんだね。そっか、まあしょうがないか。
これがみほちゃんの愛の濃さなんだもんな。
それはこれくらい甘くて当然だよな。って、純粋に嬉しいよな。
「甘くて美味しいよ」
「やった!」
幸せそうに微笑んで、彼女もグラッセを口に入れた。
ちょっと眉間に皺が寄ったような気がするが、僕は見なかったことにして最後の試練に移った。
「あ、次は味噌汁飲んでみようかな~」
「お味噌汁、なかなか味が決まらなくて、何回も味付けしちゃったの。どうかしら」
不安そうにみほちゃんが言うから、僕は敢えて豪快にみそ汁を喉に流し込んだ。
う! しょ、しょっぱー!
危うく吹き出しそうになるのを、ギリギリのところで我慢する。
が、辛うじて喉を通り過ぎた焼け付くような塩気に、僕はとうとう堪えきれなくなって咽てしまった。
「フタヒロさん、大丈夫!」
みほちゃんは、慌てて自分のハンカチを渡してくれて、僕の背中をさすってくれる。
「ごめん、咽ちゃった」
口元に押し当てたみほちゃんのハンカチからは、フローラルな柔軟剤の香がして来た。でも、横に跪いてさすってくれるみほちゃんからは、焼けたお肉の香がする。
今日は悪戦苦闘してくれたんだよな。
まあ、味は色々難ありだけど、愛情いっぱいのご飯。
それは紛れもない事実だな。
「ありがとう、みほちゃん」
僕の口からは、心からの感謝の言葉が溢れていた。
ところが、みほちゃんは急にポロポロと涙をこぼし始めた。
「ごめんなさい。フタヒロさん。私やっぱり料理が下手だわ。私が作ると食材がゴミになっちゃう。どうしよう……」
「ゴミって、そんなことないよ」
「甘すぎたりしょっぱすぎたり、美味しく無いし嚙み切れないし、体に悪すぎるわ」
「お腹の中に入ったら一緒だし。ちょっと甘過ぎたり塩辛過ぎたりしてもプラマイゼロで、体に悪いことにはならないよ」
「本当は分かっていたの。フタヒロさん、不味いのに一生懸命食べてくれて美味しいって言ってくれているんだって」
「そんなことは無いよ。みほちゃんが一生懸命作ってくれて嬉しかったんだよ」
みるみる自信を無くしてしょぼんとしてしまった彼女を見て、僕はかける言葉を失った。もう、気休めを言っても意味がないだろう。
一生懸命頭をフル回転させて考えても良い言葉が思いつかないから、思ったままを口にした。
「ちょっとしたポイントを気を付ければいいと思うよ。ちゃんと計量スプーンを使うとか、火加減とか、タイミングとか」
「でも……」
「今度から一緒に作ろうよ。僕がポイントを教えてあげるからさ」
「いいの? こんなお料理下手な私でもいいの?」
涙の乾ききらない目で見上げられたら、グッときてしまう。
「ああ、もちろんさ。だって僕の一番の好物はみほちゃんだからね」
そう言って、僕はみほちゃんにキスをした。
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