はなれわざ
☆STEP 1
クリスチアナ・ブランドを取り上げないわけにもいかないでしょう。クリスティー、クイーン、カーといった面々と比べると、ライト層以外での知名度は落ちるものの、クオリティはまったく見劣りしないハイレベル。『緑は危険』と『ジュゼベルの死』は言うまでもなく、『ハイヒールの死』、『自宅にて急逝』、『疑惑の霧』、『暗闇の薔薇』など傑作ぞろいで、かつ、この企画向きの訳しがいのありそうなタイトルが並びますが『はなれわざ』を選びました。
では、英訳作業にはいりましょう。
といっても、今回はかつてないほどにシンプル。「はなれわざ」という日本語に該当する英単語が脳内メモリーにあるかどうかだけの問題。
…………出てきません。
確かに中学・高校レベルで出てきそうな匂いのする言葉ではありません。そして、日常生活に付きものの単語の感じもしない。かといって、損益計算書、純利益、顧客満足度といったビジネス英語というわけでもない。「あの難しい商談をまとめたなんて、そんなはなれわざをよくやったな」というフレーズを思い浮かべましたが、そんな例文は目にした記憶がありません。
こうなるとできるのは日本語での言い換え。「妖魔の森の家」でやったアプローチです。結局、あのときは失敗に終わったわけですが、この方法でなんとか答えを手繰り寄せるしかなさそう。
はなれわざ、はなれわざ……とんでもなく難易度の高い方法、思いも寄らない奇抜な方法、到底、現実性がなく実現性もないと思われる方法……アクロバット……論理のアクロバット……違う、アクロバット!
今回はSTEP1の本文中では英単語が一回も登場しない回になりました。
☆STEP 2
というわけで、こうなりました。
“Acrobat”
いや、
“Un Acrobat”
で、どうでしょう?
☆STEP 3
正解は……
“Tour de Force”
……でした。
ん? これ……フランス語?
……英語じゃないよね、字面が。
ブランドってインド生まれのイギリスの作家じゃなかったっけ?(調べたら正確にはマラヤ(今のマレーシア)生まれで幼少期をインドで過ごしイギリスに移る)
慌てていろいろと調べます。どれほどバタバタしていたかといえば、『はなれわざ』が間違いなくブランドの作品だったかを確認する作業をしたほど。
手元の英和辞典で【tour】をひくと「旅行・出張」「巡業・遠征」「勤務交代・外国勤務期間」とありました。展開に触れるのでぼかしてかきますが、作品内容をふまえるとニヤリとさせられる言葉があります。
そして【tour】の次の項目に【tour de force】がありました。ばっちり〔フランス〕とあります。やはり、仏語のようです。意味は「(芸術上の)力作、離れわざ、手腕」。
いろいろと恐れ入りました。ブランドの『はなれわざ』は芸術上の力作であり、タイトル一つとっても実に考え抜かれています。
ちなみに和英で「はなれわざ」をひくと、【stunt】スタント、曲芸(飛行)、【acrobatics】超人的行為とありました。
再び英和で【acrobatic】をひくと、これは名詞ではなく形容詞で「曲芸の、軽業的な、アクロバットの」でした。
☆おまけ
作者のブランド、作品からもちょっとどうかしているほどの性格の歪みみたいなものが感じ取れますが、ある逸話が実によく人柄(?)を現しているので紹介します。それは、ミステリを書くきっかけが「いやな同僚をせめて空想の中で■してやりたいと思ったから」というのもの。
長編だけでなく、短編でも人の悪さ(失礼! でもミステリ好きはそういうのお好きでしょう?)は味わえます。短編集『招かれざる客たちのビュッフェ』(創元推理文庫)などに収録の「ジェミニー・クリケット事件」から入るのをオススメします。あまり名前は出ないのですが「婚姻飛翔」もいいのです。
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