第10話 散歩日和
大黒様と2週間ほど過ごしていると、返事をくれない相手との会話が日常に溶け込んでしまう。
神媒師は神様と言葉を交わせる存在だと聞いていたはずが大黒様は違っていた。傍から見れば飼い犬に話しかけているだけの飼い主の図である。
神媒師は社会的に認められた仕事ではないので報酬は得られないし、褒め称えられることもない。そんな役割が滝川の家にだけ与えられたことに不条理を感じることもあった。
それでも穏やかな日常を送る
――これからのことは分からないけど、のんびり始められたのは良かったのかも
瑞貴は動きやすい服装に着替えを済ませて準備を整えた。
土曜日は、視察時間を長く設定して、少し遠くまで出掛けることにすることにしている。
大黒様のシヴァ神として最大の目的が『世界の価値を調べる』ことであれば、納得いくまで見て回ってもらうしかない。
「それじゃ、出発しましょうか」
11月下旬の朝、寒い時期ではあるが歩いていれば温かくなってくるので薄手の上着を羽織って出発する。
「いい天気ですね、大黒様」
神媒師となってからの瑞貴の生活は健康的になっており、視察という名の散歩が繰り返されるだけなのだ。
「まだ今日は暖かいですけど、これからはあっという間に寒くなりますよ」
子犬に敬語で話しかけている瑞貴を不審な目で見ていく者もいたが、あまり気にしなくなっていた。瑞貴にとって、これが日常になっている。
「大黒様は寒いの大丈夫ですか?……もし、苦手なら早めに服を準備しておかないとですね」
もちろん大黒様からの返事はない。
暑い地域で広く伝わっているヒンドゥー教の神様であれば寒さは苦手かもしれないと考えている。
人間の言葉は理解しているらしく、大黒様は時々『わんっ』と可愛らしく吠えてくれるようになっていた。
それでも、『わんっ』が『はい』なのか『いいえ』なのかは分からず敬語で話しかけるスタイルを崩してはいない。
穏やかな時間が経過していたのだが、神社の傍を歩いていた時に『ミー、ミー』と子猫の鳴き声が何処からか聞こえてきた。
必死に呼び求めるような鳴き声は悲痛な響きで瑞貴たちに届いている。
その呼びかけに応える様にして大黒様は歩を進める。鳴き声は徐々に大きくなっており、近付いていることは間違いない。
瑞貴が周囲を見回すと神社を入ってすぐにある
えた。瑞貴は嫌な予感がして慌ててダンボールを覗き込んでみた。
予感は的中しており、ダンボールの中には生まれて間もない茶トラの子猫が泣き続けていたのだ。ダンボールには『拾ってください』と雑に書かれてある。
大黒様はダンボールを覗き込めずウロウロして、瑞貴に持ち上げるように訴えかけてきた。
――やっぱり捨て猫か……
それまでの心地良い時間は一変して嫌な気分に支配され始めていた。『拾ってください』の表現も許せるものではなかった。
大黒様との生活が瑞貴の心情そのものに変化を与えているかもしれない。
――連れて帰りたいけど、大黒様もいるからな……
抱きかかえた大黒様は大人しいままである。
父母を説得することはおそらく可能であるし、大黒様からの了解も得られるだろう。だが、犬であるシヴァ神との共同生活で子猫にストレスを与えることもしたくないとも考えていた。
瑞貴が考えを巡らせていると、彼の横からは不穏な気配が漂い始めていた。
『むにかえす』
――しまった、ヤバイ?
大黒様を怒らせる要因になってしまったのだ。
「大黒様、大丈夫ですよ。俺が連れて帰って、子猫の家族を探しますから」
『むにかえす』
唯一理解出来る大黒様の言葉で『
眼前に、雑な扱いを受けている命が存在しているのだから大黒様が怒っても当然の状況なのだろう。
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