第5話 業務連絡

「父さんにメールだけしておいたほうがいいな」


 父には状況を伝えておく必要があると判断していた。瑞貴が16歳になるより以前に引退しているが父は神媒師であり十年間ほどは役割を果たしたと聞かされていたので、瑞貴よりも対応は正確なはずだった。


 子柴犬としてのシヴァ神が一緒に生活することになれば必要な品を準備してもらわなければならない。瑞貴としては見た目に合わせて犬用グッズで揃えてもらうつもりでいる。

 目の前のシヴァ神に柴犬の要素が強すぎて『神様』としてより『犬』として対応する考えが先行してしまっていた。失礼な対応になるかもしれないが、冷静な判断が困難な状況ではやむを得なかったかもしれない。そもそも神様の生活必需品など知らないのだから仕方のない判断である。


『父さんへ 

 シヴァ神が子犬の姿で降臨していると思います

 たぶん犬の姿は依代よりしろなので家に上がってもらいました

 子犬が生活するために必要な品を一式で揃えて来てください

 失礼にならないように気を付けて』


――よし、これで伝わるだろう。……たぶん、大丈夫だ


 メールで丁寧に説明するのも面倒ではあるし、神様をいつまでも待たせておくことは出来ない。大雑把な内容で入力を済ませてしまった。送信作業を終えてから、すぐに子柴犬の行方を探してみた。


 リビングのラグマットに乗って、くつろいでいる黒くて丸い物体をすぐに確認出来たことで瑞貴は安心した。


――シヴァ神ってことは、最高神の一人だもんな。座布団くらいは用意した方がいいのかな?


 ヒンドゥー教で最高神の三柱の一人がシヴァ神であり、その存在を考えれば気を抜いてはいけない相手だ。メールが届く瞬間に光っていた額が『第三の目』として発動したのかもしれない。


 神媒師になった初日から、かなり有名な神様が来てしまったことになる。


――『我はシヴァ』ってメールにもあったんだから間違いないよな


 額が光輝いたことやメール内容を思い出してみても、いまいち実感が湧いてこない。

 そして、『神媒師』は神様と直接話すことが許された存在だと聞かされていたのだが、初っ端なに例外的な言葉の通じない神様が来たことは想定外の出来事だった。


 押し入れから座布団を出して、子柴犬の前に正座して静かに置いた。座布団と瑞貴を交互に見ていたが、その後の座布団に座る動作に迷いは感じられない。


――悩んでも仕方ない。信じるしかないんだ


 この段階で疑ってしまっていては何も出来なくなってしまうのだ。とりあえずは自分自身に言い聞かせる。

 

 瑞貴のスマホがメール着信音を響かせる。父からの返信のようだった。


『了解した。出来るだけ急いで帰宅する』


――あの内容で、了解してくれるんだ


 あのメールに対しての返信にしては短すぎた。


――経験者であれば想定の範囲内ということか?


 こんな時に状況を理解されないとしたら不安でしかないが、父の返信には『任せておけ』の意味が込められている気がして安心できた。


「……シヴァ様?」


 小柴犬に確認するように小声で呼びかけてみると、振り返って瑞貴を見て反応はしてくれていた。自分のことを呼ばれている認識があることは間違いなさそうだった。人間の言葉は理解できていると思って良さそうだ。


 それでも、この子柴犬がシヴァ神である確率は五分五分くらいだろうか。もしかすると迷い犬に座布団を差し出してもてなしている可能性も残ってはいた。


――急いで帰宅するって書いてあるから、待つしかないな


 現在の時刻は16時30分。

 仕事を終えて帰宅途中の買い物時間も加算することになれば、両親が帰るまで時間はかかると考えられる。


 しばらくは動かない子柴犬を眺めていたが、先に着替えを済ませてしまうため二階の自室に向かった。荷物を置き、着替えをしてリビングに戻るまで十分も経ってはいなかったのだが、座布団の上の子柴犬は眠っていた。


 瑞貴は寝ている子犬の横に座ったが起きる気配はない。

 恐る恐る手を伸ばしてみたが、撫でることができそうだった。


――あれ?今回は拒否されない。眠っているときは大丈夫なのかな?


 子犬らしい丸い体形を更に丸めて眠っている姿は本当に可愛く見えた。スマホを使って『破壊神シヴァ』の画像を検索してみた。

 画像で表示されたシヴァ神と眼前で眠っている子犬をダブらせることは不可能なことだとかbbが得ながら見比べてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る