グルグルグルメ

  「お帰りだワン。あともう少しでレイドが始まるワン。ライトには期待してるワン ――――頑張ってだワン!」


「うん、頑張るよ。」


 


  ログインすると同時にダッキーと話しつつ、ぴちょ丸を呼び寄せ撫で付ける。


 


  おぉ…… いいねぇ……




  癒されながら、目の前の燕尾服を着た犬を見つめる。




  うーん……


 


  よしっ!


  正直ダッキーにはダンジョンの扉のとかのことで、幾つか聞きたいことはあったけど……


  レイド前に面倒なことはしたくないから終わった後に問い詰めよう。うん、そうしよう。




「モフッ、モフモフッ! よしダッキー、【転移】お願い!」




  最後にもう一度ぴちょ丸を激しく撫で、ダッキーの方を振り返る。




「わかったワン! 行ってらっしゃいだワーン!【転送】っと。」




  ダッキーの魔法の光が僕を包み……




  目を開ければ、先程ログアウトした大通りの隅に僕は立っていた。




「あっ、思ったより明るいんだね。」




  こっちの時間では、今は夜の筈なんだけど……




  街灯と満月のお陰で昼間のように明るい。街灯は何をエネルギー源にしてるのかな?




  まぁ、おかげで僕と同じように初期装備のプレイヤーの姿もハッキリとよく見える。




「ふっ、だが私はもうすぐ装備を手に入れる……」




  そんな事を口では呟きながら、心の中では




  (これから1時間半何しようか。30分前には着いておきたいなぁ)


 


  等々を考えていると、




  グウゥー!




  周囲に大きな音が響いた。




  発信源は―――




「おいおい、あいつ空腹のバッドステータス食らってるよ。ダッセー……」


「おい、やめとけ聞こえるぞ! あの蒼い羽根…… あいつ最強剣士さんに圧勝した《蒼死の鳥人》だ! 」


「ま、マジかよっ! うわっ殺されるっ!」




称号蒼死の鳥人を獲得しました! 』




  僕のお腹ですね。




  今の一幕は聞かなかったことにしよう。




  二つ名自身は前世でも10個くらい付けれられてたし、冒険者的感性からすれば有りだ。


  まぁあんだけやれば貰えるのは理解できる。




  でもさぁ…… 《蒼死》ですよ"死"!


 


  いや、僕殺ってないじゃん!


 


  なんで『殺されるぅぅ!』とかビビっちゃってんのよプレイヤーさんよぉ!




  怖がるなら人が折角捕まえた相手の首を、テンションに任せて斬っちゃう最強剣士さん(?)の方でしょうがぁぁぁ!!




  ハァハァハァ……




  テンションを吹っ飛ばすと更にお腹が減ってしまった。


  ウィンドウには胃袋のマークが赤く点滅し、表示されている。




「はぁ、ご飯食べよっか…… さっきリアルで食べたばっかなんだけどなぁ……」




  ここは大通り。されどもレイドの影響+夜ということでどれだけ探しても店は見つからない。




  うーん、居酒屋とかは空いてると思ったんだけどなぁ……




  と、その時ギルドに併設されていた酒場のことを思い出した。


  あのときはただただ見慣れた、だけどファンタジーな光景だなぁと思っただけだけど……




  いいね。きっとあそこなら今も空いているだろう。




  そんなこんなで歩くこと10分。




  拙者ギルドに到着し申した。




  大きな扉を開ければ、そこには大量の人、人、人が。




  うわっ、盛況。




  大半はプレイヤーみたいで、素材の換金等に勤しんでいる。受付は長蛇の列で、ラドーまで働きづめだ。




  夜までご苦労様です……




  そんな人の波を掻き分け、奥まで辿り着くと重厚な丸テーブルが並んだスペースに出た。うーん、懐かしい。


 


  前世はよくこういう酒場で飲み比べとかをしてたなぁ……




  ライアンが超絶下戸で蒸留酒2杯で逝っちゃったり……




  色々あったなぁ……




  あぁ、ゲームで飛ばした筈の涙が戻ってきそうになる。




  湿っぽくなった気分を少し頭を振って覚まし、ウェイターさんを呼んで注文をする。




「ゴブリンステーキ2枚と黒パン、エールをお願いします。」




  未成年飲酒? ゲームだからセーフです。




「お客様は未成年で有られますのでエールはお頼みになれません。」


「……え!?」




  あっ、アウトですか。そっかぁ……




「それじゃあリゴンの実のジュースで」


「わかりました。注文はゴブリンステーキ2枚、黒パン、リゴンの実ジュースで宜しいでしょうか?」


「大丈夫です。」


「本当にですか?」




  えっ、なんかグイグイ来るなぁ……




「まぁ、これを機に学んでいただけるでしょう。ご注文、入りましたー! 」


「あいよ。」




  ウェイターさんが注文票を持って厨房に入ると、シェフのものと思われるバリトンボイスが店内に鳴り響いた。




  「そんなに聞くなら置かなきゃいいのに。」




  まぁ口ではそう言ってるけど、脳味噌では理解してる。




  ――――ゴブリン肉は超絶不味い、ということを。


 


  だがそれはあくまで大衆の意見。僕は前世ではゴブリン肉好きとしてその名を通してきた。




  そして、僕のような者が一定数いるために、市場からゴブリン肉は一掃されない。




  何度遠征中の夕食に出してユミ達に殺されかけたか……




  あのぶにゅぶにゅの食感と、納豆みたいな口触り、そしてパプリカのような味が相まって嫌われていたけど、言うほどではないと思う。




  こちらの世界は、本当に故郷に似ているから……




  久しぶりのゴブリン肉、楽しみだな!




「はーい、お待たせ致しましたー!」


「おー、これこれ! 」


「えー、お客さん移住者ですよね……? これって故郷では普通なんですかー……? 」


「いや、そんなことは無いですけど……」




  ウェイターさんが持ってきたのは2枚の緑色をした物体と、パン、そして透明なジュースだった。




「いっただきます! 」




  昼食を食べはしたけど中途半端だったために起こった食欲と、バッドステータスである空腹が相まって、自分でも驚くほどのスピードで僕は食べ続ける。




「パクパク、うまうま…… うーん、これこれ!」




  マジでそのまんまのゴブリンの味。やっぱり共通点が多すぎるよなぁ……


  こんなん当てずっぽうで作りましたとか言われても逆に困ってしまう。


  絶対、ここには前世への手掛かりが……




  うーん、うまうま!




  飯時は思考に集中できない様だ。




  口の中では、パンに挟まれたブヨブヨが暴れさくっている。




  うーん、パプリカ。




  そしてリゴンの実のジュースをゴクゴク。




  うん、めちゃ旨! リゴンって名前なのにリンゴ味じゃなくて梨味なのも高得点!




  うまうま バクバク




  バクバク うまうま




「御馳走様!」




  気付けばもう食べる物語は残っていなかった。




「うーん、満足……」




  お腹をさすり、壁にかけてある時計を見るともう約束の40分前である。




「あっ、行かなきゃ! お会計お願いしまーす!」


「はいはーい! 」




  ウェイターさんに銅貨を20枚払い、店を、そしてギルドを後にする。




  えーっと、工房はどこだっけ……?




  地図をキョロキョロ探しながら、僕はホノカと、そしてエルフのお姉さんが待つ工房へ足を進めた。










 ―――――――――side bar.




「マスター! あの子供本当にゴブリンステーキ美味しそうに完食してったわよ!? 」


「なんだって? 冒険者バカどもの酔い醒ましの為に置いてるだけのあれを……?」


「世の中には不思議なこともあるものねぇ。」


「あぁ、それにしてもアレが旨いだなんて…… 今度来たら本当に旨い飯、食わせてやっからな……」




  ある酒場のマスターは、少年の境遇を思い泣いた。


  ウェイターも釣られて泣いた。


  客も泣いた。




  少年は――――――




  くしゃみをして泣いた。




「全く…… 誰か僕の噂してる?」





_____________

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