第5話


 彼女との時間まで、アレクは父親の店の仕込みを手伝っている。それさえきちんとやっておいて、帰ってきてから店を手伝えば、特に何も言われないのだ。

 だが噂は広まるものである。


「よーお、アレク!」

「サム」


 小中学校で散々馬鹿をやってきた悪友たちの一人だ。靴屋の息子で、最近は修行をサボってふらふらしてばかりいる。

 アレクは彼の足元を見て、パァッと笑みを咲かせた。


「と、ストーン! 俺のキューピットちゃん!」


 あの馬鹿犬だ。今となっては天才犬と呼んでいるが。アレクは彼をめちゃくちゃに撫でまわして、仕込み中に取っておいた肉の欠片を惜しみなく与えた。ストーンは名前の由来になったストーンのような丸くて短いしっぽを思いきり振りながら、肉片にむしゃぶりついた。


「おいおい、あんまり甘やかしてくれるなよ。うちの餌を食わなくなる」

「いいや、サム、コイツは最高の犬だ。思いっ切り甘やかしてやれ。きっとお前にもいい運を呼び込んでくれるぞ」

「いいもん食わせてもいいウンコする以外なにするってんだよ。ちぇっ」

「汚ぇこと言うなよ。下品成分お断り!」

「お前、お嬢様と続いてるってマジなのか?」


 アレクの頬がだらしなく緩んだ。


「まぁなぁ。聞いてくれよ、昨日なんかさ」

「あー、あー、聞きたくない聞きたくない! お前の惚気話なんか犬にでも食わせとけよ」

「じゃあいいよ、ストーン、聞いてくれ。昨日な、彼女は本当に可愛かったんだ。いやいつも可愛いんだけど。昨日は俺がチャップリンの真似をしたら、声を上げて笑ってくれて――」


 ストーンの前足をがっしりと捕まえて話すアレク。これは長くなるぞ、とサムは腹を括って、ゴミ箱の上に腰を下ろした。

 そこにふらりとやってきたのはピアスをバチバチに開けた悪友その二だ。


「あら、サムとアレク――何やってんの?」

「よお、シェリー」サムは肩をすくめて、流暢に話し続けるアレクを顎で示した。「惚気話でうちの犬を太らそうって企んでんだ」

「ああ、例の、お嬢様?」シェリーは最近増やしたばかりのピアスを気にしながら首を傾げた。「あれってマジなの?」

「どうやら、大マジらしい」

「へーえ」


 心底呆れ返った声音で、シェリーは踵を鳴らした。


「アレクがマジでも、向こうは遊びかも知んないのに?」

「ヴァイオレットはそんな子じゃない!」


 機敏に反応したアレクの大声に、驚いたストーンがひゃんっと鳴いた。

 シェリーは鼻で笑って腕を組んだ。


「わっかんないわよぉ。どこにどう生まれようと、女は女だもの」

「会ったことないからそんな風に言えんだよ」

「会わなくったってわかるわよ。同じ女だもの」

「同じ? 女? ははっ」アレクは眉を歪めてシェリーを見た。めくる隙も無いほどやみくもに短いスカート。なびく余裕もないほどバッサリ切られた焦げ茶の髪。体にぴったりくっついた黒いトレーナーの中では、大きな骸骨が笑っている。「とてもじゃないけど、同じ生き物には見えないね」


 シェリーは頬を膨らませると、ヒールで彼を蹴っ飛ばした。


「いった、何すんだよ!」

「……サイッテー。お前も犬の餌になっちまえ! バーカ!」


 そう言い捨てて彼女は去っていった。


「なんなんだアイツ?」


 蹴られたところを擦りながら首を傾げるアレクに向かって、サムは溜め息をついた。



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