チートでウキウキ学園生活? 大墜落もラックラク♪

 ■ あっという間に卒業

 妖精なる声はその後も四六時中、彼女につきまとい、ある時は試験問題の回答を囁き、

 またある時は教官になじられる前に的確な指示を呟き、彼女の成績を守護した。

 女子世界に特有の陰湿な攻撃の数々も妖精の機転によって救われた。

 時には「スカートの丈が微妙に長すぎて、下穿きがぎりぎり見えない」だの「下着のラインがちゃんと浮いてない」だの悪趣味な身だしなみを要求した。

 元来、男のまかないを生業とする娼婦のごとき妖精リアノン・シーの美的感覚の事とて、ついぞ真実を知らないシアにとってはタンキニを着崩すような不作法を当たり前のこととして身についていった。


 さて、卒業試験を控えたある日の午後。飛行訓練中に、くだんの妖精はとうとう本性を現した。

「魂の波動をおなじくする者よ。このたびめでたく、ご契約が満期となりました」

 ヘッドアップディスプレイに耳のとがった少女がベチャーっと張り付いている。

「よ、妖精さん?」

 鍛えぬかれた神経が、異物を振り落とそうと反射的に操縦スティックを倒してしまう。

 即座に機体が傾ぎ、慣性キャンセラーが軋む。

 重機動攻撃機チバ・オリエントTDR−20Lチキバード練習型複座タイプは、対空砲火をかわす訓練の最中だった。

 機首を上げすぎた機体が背面し、失速が始まった。ものすごい勢いで太陽が雲間に見え隠れする。

「シアどうした! パフォーマンスのつもりか? その機体は、同じ重量の金塊よりも高いんだぞ!」

 管制塔が絶句する。

「わたしの名はリアノン・イエスターです。 この度はご卒業おめでとうございます! つきましては対価をお支払いただきます」

「えっ?」

 シアは突然、暴れ馬と化した機体の制御に手一杯で、要求を聞き流すしかなかった。

「古来より申します、ただより高い物は無いと申します」

 頭の中を目まぐるしく数値や方程式が駆け抜けているため、シアはその法外な要求を理解するまで時間がかかった。

「げっ、今までの指導料を吹っかけるの? 親友だと思ってたのに裏切られた」

 妖精が悪魔の化身に見えてきた。仮にそうだとすれば、願望達成の代償に魂を抜かれる。

「いやだ。わたし、まだ死にたくない」

「召還する約束でございます。人間さまの社会でも債権の召還期限というものがございます。何でしたらご契約の延長も賜っておりますよ? 今ならお得な彼氏さんがもれなくついております」

 これはひょっとするとあれか。トラックに轢かれるかわりに墜落事故を装って異世界召還するつもりか。

「いらない。解約する!」

 すると、機体はますます制御困難に陥った。

「きゃあ〜。わかりました。返済しますぅ〜」

「くすくす。それでは、まずは確認のため書類にご契約者さまのお名前をフルネームで伺っております」

「めんどくさいわね! ほんみょう。しあ・ふれいあすたー・おがさわら。こいでいいっ?」

「あ〜りがとうございます。これで収穫できます」

 シアは収穫するという動詞を聞いて、ぞっとした。リアノンはつい本音を漏らした様だが本人は気付いていない。

「支払いはカードでするわ。アメリカンエクスプレスでOK?」

「カードはお取り扱いしておりません。それ相応の供物なら御受けいたしますが……」

「そんなこと言われたって、貴重品は基地のロッカーだし……。そうだ、わたしの身に着けてる物はどうよ? マニア垂涎だよ〜」

 あの入学初日の騒動でシアの商品価値は暴騰していた。彼女が身に着けたといういわくつきの古着がネットオークションで高額取引されるほどだ。

「ぬぎぬぎ。ぬぎぬぎ」

 シアは片手で操縦スティックを握りながら器用にタンキニの上下とビキニパンツを脱いだ。ついに黒いアンダースイムショーツ一枚になった。

 こういう踊りもリアノンの秘伝である。どういう需要があるのか知らんが、覚えておいて損はないと言われた。

 後にして思えば、シアの品格を貶める策略の一環であったのだが。

「使用済みより私は中身を所望しとうございます。仮にこれでお支払いいただきましても査定額に達しません」

「ひっ!」

 シアは身構えた。

 そういえば、異世界召還詐欺トリップさぎが流行っていると聞いた。

 妖精が人間界に現れ、あの手この手で人間の肉体を搾取している。本人が異世界にトリップするのではなく、肉体のみが向こう側の人物と入れ替わってしまうという。

 召喚魔法発動には人間の本名がキーとなるらしい。だから、奴はシアの名前を聞きだしたのだ。

 あちらの世界にも転生需要があるのだとしたら、これをビジネスにする輩もいるだろう。

 シアはいい様に騙され、羞恥心の欠片も無い女として開発されてしまった。

 ともかく被害者であるシアに選択権はない。

「やだ……もし、不潔な男の身体と交換されたら。ていうか、男になったら、髪を切らないといけないじゃない! スカートもはけなくなるよ! 手入れの面倒さにぶうぶう言いながらも、女の身体にしがみつく子は多いよねえ。子どもが産めるもん。それにわたし、スカート大好きだし。 あーヤダヤダ。毎朝、髭をそるなんて、ぜったい、ヤ!」

 シアはジタバタと足掻いた。

「それに、召喚主のイエスターがホステスだったらまだいいけど、男のゲイだったら、どうしよう〜。そういえばあの時、『どういたしまして。私は養殖……』とか言ってなかった? やーーーーん。もしかして……女を物扱いするこの感覚、ぜったいあいつは男よぉ〜やぁーーー」

 鳥肌を立てて操縦席の隅へ逃れるシア。


「つべこべ言う間にまもなく地上でございます。妖精の身体になれば空を飛べますよ。さぁ、墜落まであと三十秒」

 シアは涙目で妥協案を見出した。

「ひどいわ……あっ、そうだ! 生きのびてもう一回、誰かに召還し直してらえばいいんだ! 我ながら名案」

 ヒゲ面の妖精にされるやも知れぬ不安にシアは身もだえた。

「♪妖精人材召還業者リアノン・イエスターイヤーかっこ、これを甲とする、かっことじる、とわたし、シア・フレイアスター・小笠原かっここれを乙とするかっことじ……」

 リアノンは超早口でカーボン紙含め五枚分の契約書をキュルキュルと読み上げている。

「相互換身用召喚魔法陣展開! 次元通路確保! 召〜喚〜」

 召喚魔法が発動した。

 機内はパステルカラーの虹につつまれ、胎児のように膝を抱えた裸の若い女がくるくると巻き取られていく。

 思えば、入学初日のライバルたちもこんな憂き目にあったのだ。

 他人の不幸を踏み台にしてエリートコースを驀進した報いであろうか。

 奪われた体のかわりに、丸顔のかなり濃い造型の白人娘の顔がシアの視界に飛び込んでくる。


 >I can't find my dear Seer!(わたしのシアおねえちゃん、どこ?)

 操縦者を失ったチキバードが不安の叫びをディスプレイに瞬かせる。

 彼女、チキバード・バレンシアは人間である。不慮の事故で大脳だけの存在となり、戦闘機の中枢部に組み込まれているが、十代の女の子だ。

 シアが好成績を叩きだせたのもチキとのチームワークがあればこそだ。

 イエスターの存在は二人だけの秘密だった。辛い訓練も三人で心を支え合って乗り切った。

 その親友の一人が裏切り、自分の乗り手ですらも失われた。

 チキは自分だけは生き延びようと懸命に機体を立て直す。



 戦闘機の風防に小美人が映り込んでいる。身長は二十センチに満たない。

「これが、わたし?!」

 シアが呟く。アニメ声優みたいなキンキン声が返って来た。

 腰までのブロンドに丸い目鼻、まんまる顔、真っ白な羽。王族の象徴だと聞く。

 胸がおっきい。若草色のドレスがはちきれそうだ。

 それにしても、イエスターの下品さはどこから来るのだ。没落した貴族の娘か、側室か。

 股間に手を当てるまでも無く、おへその下のあたりで子宮が右によじれ、お腹の奥まで広がる感覚は健在だった。

 形容し難いぷよぷよした感覚が。

「そうだ、チキ!」

 唯一無二の親友を墜死させるわけにはいかない。

 シアは遥か天井まで覆いかぶさる巨大なタンキニのスカートや上着を掻き分けて、操縦席をめざした。


 ぐるぐる巻きに絡みついたアンダースイムショーツが、しっかりと操縦スティックを上向きに固定していた!

 確実に殺す気である。

「おのれイエスター! 仕事きっちりやり過ぎ」

 シアは悪態をついたものの、気力が失せた。

 もう、どうでもいいや。

 何気なく頭上をみると、黒い海原が降りてくるところだった。背面飛行しているのだ。

 こんな形で大空の生活に幕を降ろすなんて……

 羽根はあるけど、もうこの高さまで飛べないわ……

 おまけに何の罪も無い愛機も道連れにして……

 シアが絶望のあまり呆けていると、操縦席に風が吹き込んだ。

 かわいいチキは墜落寸前にキャノピーを開いてシアを逃がしてくれた。

 主翼のフラップを振ってくれている。

 >Return to the sky. You shall return to the sky.

 チキの励ましが遠ざかっていく。

「そうよ、チキちゃん。わたしは戻ってくる。この空へ。あなたは天国へいくのね。地上に降りたら羽で涙をふけるかな? お父さん、お母さん、わたしの人生は終了しました」

 黒煙を吐いて真っ逆さまに堕ちる機体を小妖精がなす術もなく見送っていた。


「ウヒャヒャヒャ!」

 宴席はけたたましい笑いに包まれ、パーティーテーブルには汚れた皿が積み重なって塔をなしている。

「ずいぶんと夜が更けました。この辺でお開きにしましょう」

 フーガが手を叩いて締めの挨拶に入った。

「シア・フレイアスターの褌操縦桿。面白かった〜。腹筋が崩壊した〜」

 豚のように潰れた鼻腔を全開した主婦がリアノンに礼を述べる。

「また、あの馬鹿娘の醜態を見せて頂戴」

 悪趣味なゴシップ大好きエルフ奥様どもは解散した。

 リアノンを見届けたあと、フーガは中断していた作業に戻った。

「明日は元老議員どもと話し合うのよ。あ〜忙しい」


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