第68話 ロウソクの炎って結構熱いです

「なんかやらしーなー。大丈夫なのか、ここ?」


「これはカムフラージュだよ、アルシーア。たまにいかがわしい店と勘違いして入ろうとするヒトいるけどね」


 ぞろぞろと揃って建物に入ると、やはり中は薄暗い。


 マジシャン、シンディの研究室、と聞いてシルスはマジック用の小道具が所狭しと置いてある乱雑な部屋を想像したが、それは大きく間違っていた事を目の当たりにする。

 皆で分担して持ってきた小道具を別室に置き案内された部屋には。

 

 窓は無く、空気孔から漏れる光だけが唯一の明かりだ。

 その部屋の中央に描かれた大きな魔方陣が明かりに反応してぼんやりと光っている。

 壁には、触れただけで呪われてしまいそうな怪しい飾りが幾つも掛けられ、棚にある幾つもの瓶には、得体の知れない『何か』が薬品浸けとなって保管されていた。


 誰が見てもこう口にするであろう言葉をアルシーアが発した。


「魔女の部屋……」


「う~ん……ルメちゃんはこういうの苦手だなあ。シルスちゃんは平気ぃ?」


 ルーフェルメがシルスの左腕を絡めとり、胸をぎゅう、と押し付ける。

 

「わたしは平気ですよー。むしろ興味シンシンです!あと、オパイがめちゃ当たってます」


 シェラーラの魔法部屋にもメレディスの魔法小屋にも無かった『魔女らしい』置物や小物。 

 シルスには見る物全てが新しく感じられ、薄気味悪さよりも好奇心の方が勝っていた。


「まあ寛いでってよ」

「寛げねーわ、こんなトコ」


 と、アルシーアが即ツッコミを入れるが、シンディは聞こえないフリをする。


「えーと。舞台の魔方陣について、だっけ?」

「聞いてもくんないし」


「私は『魔女連盟』っていう魔法研究グループに所属しててね。ここは幾つかある研究部屋の内の一つなんだよ」


 魔女連盟という単語はシルスも知っている。シェラーラもそこに所属していると言っていた事を思い出す。


「魔女ってさ、魔法使いとどう違うの?」


「それ、よく聞かれるんだけどねー。自分の魔法力を使って魔法を発導させる、という点では同じなんだけどね。あ、魔力と魔法力の事から話そうか?」


「イヤ、エンリョする」

 と、アルシーア即答。


「魔力と魔法力の事なら少しだけ解りますよっ!簡単に例えると、コップの中に注いだ水が魔力で、注ぎ続けて溢れた水が魔法力なのです!」


「わー!シルスちゃん賢ーい!その例えならルメちゃんにも解るかもぉ」


 シルスに腕を絡めたままルーフェルメが感嘆し、パチパチと拍手を贈った。

 シェラーラが教えてくれた事を披露する日がくるとは思ってもいなかったシルスは、少し照れ臭そうにエヘヘと笑う。


「シルスちゃんは魔法の勉強してるんだねー。いい例えだよね、それいい!私もいつか誰かにそうやって教えるよ」


 シンディも素直にシルスの例え話に感心し、賛辞の言葉を贈る。


 ――……ん?


 一瞬シルスの中で一つの疑問が浮かび上がるが、考える間もなく霧のように消え失せた。

 これと同じ感覚をこの先幾つか体験する事になるのだが、今のシルスがそれを知る由も無い。


「シルスちゃんの例えを見習って、ものすごーく簡単に言うとだな。魔女ってのはお店専門、魔法使いってのは訪問販売専門ってトコかな?」


「それはまた大きくはしょったねー。でもそれなら解るかも!」


 部屋に入ってから、ずっと退屈そうにしていたルーフェリカがようやく会話に参加してきた。


「えー、ナニ?わかんないんですけど!説明してよ、リカっ」


「お店を自分自身、魔法が品物。に置き換えて考えるってコトだよ。動かずに店で売るか、自分で歩いて売るか。それだけの違いだよ。でしょ?シンディさん」


「概ね正解。あとは、そうだねえ。魔女って攻撃魔法とか使わないね」


「使えないんじゃなくて?」


「使わないんだ。せっかくの魔法力をモンスターとかにぶっぱなすとかもったいないって思わない?」


「なんかセコい。ドカーン!て暴れて報酬頂きぃ!の方がスカッとするじゃん?」


「それはハイリスクハイリターンってヤツだよ。ローリスクローリターンでいいんだよ、私達は。地味にコツコツやるのが向いてるのさ」


「ふーん」


 アルシーアの態度と顔を見ればわかる。

 そんなのツマンナイね。と顔に出ている。

 

「若い内は冒険するのもいいけどね。で、何だっけ?話がずれたような気がするのは気のせいか?」


「魔法の話だっけか?」

「魔女の話でしょ?」

「シルスちゃんは賢い!って話でしょお?」


「違いますよぉ!舞台に描かれた魔方陣の話を聞きに来たんです!」


「舞台の……ああ、あれね。そこに描いてあるものと同じだよ。それがどうかしたの?」


 ようやく魔方陣の話にこぎ着ける事が出来た事にシルスは、ほっと安堵する。

 シルスにとってここからが本番のようなものだ。

 未来に帰る手掛かりを一つでも掴めれば。

 聞きたい事は山ほどある。


 シンディが路上で行ったマジック。


 その際に唱えた呪文の事。時渡ときわたりの事。

 今は見えない筈の翠の彗星の事。

 箱の中に描かれた魔方陣の事などなど。

 

 シルスがそれらの質問を一気に投げかけると、シンディはやんわりと一つの提案を示した。


「シルスちゃんは質問が多いねえ。じゃあさ。ギブアンドテイクでいこうか」


「え、でも、わたしお金も何も持ってませんよ?渡せるものなんて何もないですけど……」


「何を言ってるの。あるよ、ちゃんと。ほら、その身体」


「え!?」


「若くてぴっちぴちのハーフエルフなんて初めてだからねー……美味しそうだよう」


「ひ……っ!」


 ぺろり、と舌なめずりをするシンディの顔を見てシルスの背筋が寒くなる。


 ――これはっ!貞操の危機!?でもでもっ!未来に帰る方法に一歩でも近づきたいっ!情報が欲しいっ!こんな時どうすればいいんですかファルナルークさあんっ!


「ダメですよシンディさん!」


 すいっとシルスの前に出て両手を広げたのはルーフェルメだ。


「シルスちゃんはルメちゃんと愛し合っているのですから!」

「違います。愛し合って無いです」


 シルスは間髪入れず即答する。

 二人のやり取りを見て、シンディが思わずぷっと吹き出して破顔した。


「なんてね!冗談冗談!ごめんね怖がらせちゃって。私はロリコンじゃないからね!でもね、シルスちゃん。身体が、というかその身体の魔法紋様が気になるんだよ」


「えっ……魔法紋様……見えるんですか!?」


「うっすらぼんやりとだけどね。でも、魔法粉マジックパウダー入りのロウソクを使えば、魔法紋様がくっきりと浮かび上がって見えるんだよ」


「へー……そんなのあるんですね」


「ここからは私とシルスちゃんの二人の秘密の話だよ。アルシーアと双子ちゃんはちょっとの間、ご退室願おうかな」


「ふーん。まあいーけど。別に魔法にキョーミ無いからなー」

 とアルシーア。


「さっき面白そうな小道具見つけたんだけど、それ見てていいかなっ?」

 とルーフェリカ。


「ルメちゃんはシルスちゃんと離れたくないなあ」

 とルーフェルメ。


「ほれほれ、さっさと出てって!小道具で遊んでてもいいけど壊さないでね!」


 シンディは渋るルーフェルメのお尻をペチペチと叩いて急かし、三人を退室させた。


「さてさて」


 シンディが棚の引き出しから取り出したのは真っ青な太いロウソク。それを取っ手付きの燭台に立てると、シルスに向かってさも当然のようにこう告げた。


「じゃあ、脱いで」


「えっ?」


「全部脱いで。生まれたままの姿に」


「ここで!?ぜんぶ!?ムリムリっ!無理ですよっ!?」


「だーいじょうぶだよ。私はロリコンじゃないし、女の子好きでもない」


「じゃあ、オトコ好きなんですねっ!?」


「その言い方は語弊があるよシルスちゃん。まあ否定はしないけどね。ちなみにカレシは三人いるよ」


「え!?三股ですかっ?」


「ここだけの話にしといてね。ほら、これでシルスちゃんは私の秘密を一つ知ったでしょ?だから次はシルスちゃんの秘密を教えてよ。っていうか、見たいのはシルスちゃんのハダカじゃ無くて、身体に張り付いてる魔法紋様だから。ね?問題ないでしょ?」


 どうもこの時代に来てからというもの、初対面の相手にハダカを見せる事が多い。

 シンディは『三股している』とは言うがそれが本当かはわからない。


 ――ここでゴネても前に進めない……未来に帰る為には必要なコトかもしれないし……ううう……これも人生経験だって割りきるしかないのかなあ……


 むう、と押し黙るシルスを見かねたシンディが提案を一つ出す。


「そうだ!そんなに恥ずかしいなら私も脱ごうか?ただし!薄暗くて狭い部屋に素っ裸で二人きりになったら、いかにノンケな私でもムラムラしちゃうかも知れないよ?」


「いえっ!結構です!健康診断って思えばガマン出来ます!」


「いいね!そうこなくっちゃ!じゃあ早速準備しようか。後ろ向いてる間にぱぱっと脱いじゃってね」


 そう言ってシンディが背を向ける。

 もたもたしている時間はない。ここは覚悟を決めて!と素早く服を脱ぎ、シルスはあっという間に全裸になった。


「ハイ!脱ぎましたっ」

「はいはーい」


 軽い返事をして振り返り、ここに立ってるだけでいいから、とシルスが立たされたのは四角い白布の上だ。


「足は肩幅に開いて両手を腰に。背筋はちゃんと伸ばす事。あとは、じっとしててね」


 半分泣きそうになりながら、細い腕で隠していた前部を晒し肩幅に足を開いて布の上に立つ。


 ――やっぱり、若い娘の肌は違うなあ。ピチピチのスベスベだよ。おっと、おっさんか私は。


「すぐ終わるからね。深呼吸してリラックスしててね」


 シンディの手には青色のロウソク。

 それに火を着けると、ロウソクの炎も青くゆらゆらと揺らめいた。

 

 シンディがシルスの胸の前に青い炎のロウソクをかざすと。

 シルスの身体の魔法紋様がタトゥーのように徐々に青白く浮かび上がってきた。


 上から下にゆっくりとロウソクの灯りを滑らせる。


 まだ小さな胸の膨らみから華奢な細い腰周り、太もも、脛、足の甲から爪先に至るまで、シルスの身体に転写された魔法紋様がロウソクの明かりで照らし出される。


 ――これは……凄いな……


「次は背中側を見るよ」


 シンディが背後に回り、再びロウソクの青い炎をかざす。

 薄く細い背中から小さなお尻、太もも、ふくらはぎ、踵へとゆっくりと。


 ロウソクの青い炎に照らされ浮かび上がる魔法紋様は、ハーフエルフ特有の長い耳の裏、頭皮、顔面、手のひら、足の裏にまで張り付いている。

 シルスの身体全体に浮かぶ魔法紋様。

 それをまじまじと見つめるシンディの目はいやらしくも無く真剣そのものだ。


 シルスはぎゅうっと目を瞑って呼吸をするのも忘れるほどに、ただただ恥ずかしさに耐えていた。

 見られていると意識してしまうと羞恥心が増してしまう。シルスは恥ずかしさに耐えながらただただ時が経つのを待つばかりだった。


 ――まだですかまだですよね早く終わって下さいよ恥ずかしくて死にそうですよファルナルークさんにだって見せてないのにどうして初対面の魔女シャンにハダカ見せなきゃいけないんですかこんなコトならもっと積極的にファルナルークさんにアタックしておくべきでしたよう!


「ハイ、終了!服着ちゃっていいよ」

「ハイっ!」


 シンディの観察終了の言葉に即返事をし、シルスが今まで生きてきた中でおそらく最短最速時間で服を着る。

 そして、ため息にも似た深呼吸を大きく一つ。


「はああー。あのっどうでした?何かわかりましたかっ?」


「今は小さいけど、将来大きくなりそうなお尻だね」


「えっ!?」


「なんてね、冗談冗談♪面白い魔法紋様だねー。シルスちゃんを色んなモノから守ってるよ。それが邪魔をする事もあるみたいだけど」


 シルスに心当たりがある事を言い当ててみせるシンディ。魔法紋様には助けられる事もあれば、謎の阻害ピー音で発言を邪魔される事もある。

 

「さて。シルスちゃんの無垢なハダカと貴重な魔法紋様を隅々まで見せてもらったコトだし。シルスちゃんの質問に答えてあげなきゃね」


 シンディが青いロウソクの炎をふっと吹き消すと、青白い煙がふわりと漂いかすかに甘い匂いを残した。


「ゆっくり座って話そうかね。ぼろイスで悪いけど」

 

 シンディは椅子を二つ用意してシルスと向かい合わせに座り、質問に答え始めた。

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