第64話 楽し、やかまし、わちゃわちゃタイム!

 アールズ王から解放され一時帰宅を許されはしたものの、竜退治からは逃れられそうにない。

 

 ラズラットの後に続き王宮を出るまでの間、皆、無言だった。

 竜退治という未知の恐怖と重苦しい重圧プレッシャーに耐えられない、というよりも。


「竜退治……めんどくさっ!」


 と、沈黙に耐えられなくなったアルシーアが皆の本音を口にした。


 再び馬車に乗り込み、かたんことんと揺られる事およそ10分。

 ラズラットが手綱を握り宿泊所に送ってもらう途中、通りの一画で馬車の小窓から顔を出しアルシーアが止まるよう求めた。


「あーっと、ここここ!ここでいいからさ!馬車停めてよ、ズラさん!」


 馬車を止めラズラットがドアを開ける。降車の際にラズラットがアルシーアに声をかけた。


「人の名前を省略するものではないですよ、アルシーアお嬢様。別の意味に聞こえてしまいますから」


「えー?いーじゃん『ズラさん』で!」


「言っておきますが私はヅラではないですよ」


「え、そーなの?どーだっていーや。みんな行こうぜっ!あそこのカフェのアイスチョコココアめちゃ美味いから!シルスっおごってやるよっ」


「えっ?いいんですかっ?」


「いーんだよ!トシウエのオネーサンだからなっ」


 そう言い残すとアルシーアは足早に目的のカフェに向かって歩いて行った。

 どこまでもマイペースなヤツである。


「ありがとねー、ラズラットさん!まったねー!」

 と、ルーフェリカ。 


「どうもですぅ」

 と、ルーフェルメ。


「ありがとーございましたっ」

 と、シルス。


「シルス君」

「えっ?はいっ?」


 思いもよらず呼び止められシルスは戸惑う。 

 向かい合って立つと身長差は大きく、シルスからすれば首が痛くなるほどに見上げんばかりの大男、まさに『壁』である。

 

「君は……」

「はい?」


「あ……イヤ。呼び止めてすまない。ハーフエルフが珍しかったもので、つい」


「シルスちゃんは渡しませんよぉっ?」


 シルスの身を案じたルーフェルメがシルスを庇うようにすっとラズラットの前に出て、びし!と指を差した。


「ルーフェルメさん……」

 ――庇ってくれた?ステキかもっ。ちょっとだけっ。


「愛し合う二人の仲を裂く事は不可能なのですぅ!」

「愛し合ってませんから。一方通行ですから。ちょっとでもステキだと思ったのが間違いでした」


「もう!シルスちゃんのいけずぅ!」


「じゃあわたし達は行きますねっ。シアさん見えなくなっちゃいますよ!」


 また明日ー!と手を振り、たたたっと駆けてゆくシルス達を見送るラズラット。


 ――あの魔法紋様は……もっと見たい。興味深い。だが……全身くまなく見せてくれとは言えんな……ロリコンのヘンタイだと思われてしまうだろうな……ううむ。


 今はまだ、シルスは知らない。

 ラズラットも、魔女メレディスのように常人には見えない筈の魔法紋様が『見える目』の持ち主だという事を。


          ◇


 夏休みも終わりに近いオープンカフェ『毎日でもどうぞ』は多くの若者で賑わっていた。


 店の丸テーブルにシルス達四人が着き、これからの予定について話し合いを始める。

 話し合い、と言っても会議のような堅苦しいものでは無く『ほぼ雑談』に近い。


「明日は装備品の買い出し、明後日から竜退治。竜退治が二日や三日で終わるとも思えないし……夏休み終わっちゃうじゃん!」


「王様の命令だからねー。しょーがないのかなあ。シアシアは宿題と課題やったの?」


 ルーフェリカが意地悪そうに聞くと、アルシーアは口の端をきゅっとつり上げてニヤっと笑った。

 その顔を見てシルスは思う。

 ファルナルークさんは絶対にそんなヒクツな笑みを洩らしたりしませんよ、と。

 

「聞いて驚けっ。最初の三日間でほぼ終わらせてやったぜ!」


「へえー、シアシアやるぅ」

「なーんだ。つまんなーい。シアシアつまんなーい」


「なんでつまんないんだよっ。シルスはどーよ?宿題とかやったの?」


「ふっふっふう。わたしも最初の三日間でほぼ!終わらせてあるのです!」


「「おおー!えらーい!シルスちゃんえらーい!」」


 ルーフェリカとルーフェルメが息もピッタリにハモり、パチパチと拍手付きでシルスを誉める。

 それを聞いた客の何人かが『焔』の双子ツインズだと気付いた様子だったが、サインや握手を求めるような事はしなかった。

 ここアールズの街では、芸能関係者のプライベートの邪魔をしない、というのが常識であり鉄則となっているからだ。


「なんでシルスはエラくて、あたしはつまんないんだっ」


「『トシウエのオネーサン』だからだよー♪」


 と、そこに四人が注文した品が届いた。


「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」


 時代は変われど、こういった店の決まり文句は何も変わらないものだ。


 アルシーアとシルスは、アイスココアにチョコアイスが浮かぶアイスチョコココア。チョコソースがたっぷりとかかっている。


 ルーフェリカはブルーベリーソースのかかったラズベリーアイスのWベリーアイス。


 ルーフェルメはストロベリー、ブルーベリー、ラズベリーのトリプルベリーアイス。


 それぞれに角切りパンが添えられ、軽い食事に相当するボリュームのあるアイスセットだ。


 どれもみな美味しそうに見えてシルスは目を輝かせていた。


 それはアルシーアも同様で。


「アイスココアに乗ったチョコアイス!ブラックチョコソースにホワイトチョコチップ!チョコ尽くしの甘いものはオトメのハートを鷲掴みっ!」


 言うや否やアルシーアはスプーンを使わずにチョコアイスにかぶりついた。


「シアシア!食べ方!」


 堪らずルーフェリカが注意する。


「一口めだけだからいーの!」


 口の回りがチョコソースでベチョベチョになっているとルーフェリカは思ったが、顔をあげたアルシーアの口の回りにはチョコソースも何も着いていなかった。

 器用な食べ方をするヤツである。


「シルスも溶けないうちに食べなっ!」

「はいっ!いただいてまふ!」


「……シルスちゃんはスプーン使ってるのに、なんで口の回りベチョベチョになってるの?」

 

 口の大きさの違いはあれど、シルスの口の回りにはチョコソースがたっぷりと付着していた。


「それはね、リカっ!後でルメちゃんがペロペロと舐め回す為にわざとそうしてるの!ねっシルスちゃん!」


「違います。スプーンが大きすぎるんです」


 冷静にそう言うと、シルスは自分の舌で口の回りのチョコソースをペローリと舐めとってみせた。

 シルスもなかなか器用なヤツである。


「わたしにはちょっとニガくどいけど、おいすぃーです!」


「だろー?美味いよなー!チョコ食った後のアイスココアがさっぱりしてて、これがまたいーんだよ!」

 

「あっ!それ、わかります!いいですよねー!」


「シルスちゃんシルスちゃん。あーんして欲しいなっ♡」  

 

「ルーフェルメさんのも食べてみたいです!少し分けて下さいねっ?」


「わかってるよぅ。はい、あーん♡」

「じゃあ……いきますようっそれっ!」


 掛け声と共に大きめのスプーンに盛ったチョコアイスがルーフェルメの口一杯に押し込まれる。


「もがっ!んぐぐっ!?んんんっ!?」


「ルメっ?顔が紫色になってるぞっ!あはははっ!」


「『ハーフエルフの少女に、冷たいアイスを口いっぱいに押し込まれるツインテールの魔女。しかしそのアイスには毒が盛られていたのだ!お尻を弄ばれた仕返しを、今この場で果たさずして何時いつ果たすというのかっ!?ハーフエルフの少女は、毒入りアイスを魔女の口の押し込みながらニヤリと笑うのであった……』」


 アルシーアはアイスを喉に詰まらせるルーフェルメを見て爆笑。

 ルーフェリカは妹のもがき苦しむ姿におかしなナレーションを付けて面白がる。


 ルーフェルメはチョコアイスで窒息しそうになるという憂き目に合いながらも、シルスと間接キスをしたという事実に満足していた。


 ――でも二度目はないかも……もしあるのなら今度はアイス少なめでね、シルスちゃん!

 と思うルーフェルメであった。


 どこに行っても、わちゃわちゃする四人である。

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