第41話 シルス救出大作戦!2
絶え間なく、それでいて一定の間隔で花火の音が続いている。
この花火の音が三人の移動音を打ち消す味方となっていた。
裏手に回り塀を乗り越えて敷地内に入る。マジクスとしての戦い慣れで、身を隠しつつの移動は難しい事ではない。
身を低くして茂みから茂みへ移動し、できるだけシルスがいる部屋の近くに行く。
「あの部屋だな……」
「下から見ても高いねー。上から見下ろしたら怖いくらいかもね」
「こっちに気付かせるには……窓に小石当ててみるしかないかなー……」
「……私がやってみる」
ファルナルークはそう言うと、剣を鞘から抜きシュレスに預けた。鞘をベルトホルダーから外して2、3度左右に振り感触を確かめると、足下の小石を手に取り……
「せー、のっ!」
ファルナルークが剣の鞘をこん棒代わりにフルスイング!
カン!
甲高い音を立てて一直線に小石が飛び……
カツッ!と見事に窓に命中した。
絶妙な力加減である。もう少し強ければ窓は割れていたかも知れない。
シルスは窓に小石が当たる音に驚いたようで、窓辺から外を伺う姿が三人からは見えた。
「こっちに気付いてくれるといいけど……」
「それにしても……警備はザルだな。巡回とかもいないみたいだし。花火大会様々だなー」
「あっ、こっち見た!」
シュレスがパタパタと手を振ると、それに気付いたシルスの表情がぱあっと明るくなった。
「よかったー……無事そうだな」
三人がシルスの姿がよく見える植え込みに素早く駆け寄り、シュレスとファイスがジェスチャーで窓を開けるように指示しようとするが、二人ともに手をパタパタするだけでいまいち内容が伝わらない。
――窓、開、け、てー!
両手で四角い枠を
パタパタバタバタとジェスチャーする二人。
と。
かちゃ、とあっさり窓を開けるシルス。鍵すら掛かっていなかったようだ。
「な!オレのジェスチャー完璧!」
「えー?アタシのじゃない?」
「イヤ、オレでしょ!この洗練された動作!ほらほら、こう、な!」
手首をひねって押し開ける動きをして見せるファイス。
「ファイスのは窓っていうか扉じゃない?窓にドアノブなんて無いでしょー?」
「ファルはどっちだと思うよっ?」
「どっちでもいいから二人とも静かにしてっ!」
「「はーい」」
二人ともにファルナルークに怒られてしまった。
再び三人で茂みから茂みへ移動しなるべく建物の近くに行くが、まだ5mは離れている。建物と茂みの間には身体を隠せるものは何も無い。
時間が惜しい今の状況では、シルスに飛び降りてもらうしかなさそうだ。
ファイスがなるべく小声で、それでいてシルスに聞こえる音量で『飛び降り』を促す。
「オレを信じろ!シルス!受け止めてやるからそこから飛び降りろ!早くしないと見つかっちまうぞっ!」
「いきなり飛び降りろって言われてもおっ!ファイスさん信じるなんて無理ですよおおっ!高いとこダメなんですよおおおっ!足震えてますよおおっガクブルですよおおおっ」
「がくぶるってナニー?」と、シュレス。
「ガクガクブルブルってコトですよおっ」
「なるほどー!」
「……その話、今いる?」と、ファイス。
「ファイスのスキル……信じていいんだよね?」
それまで黙っていたファルナルークがファイスに確認を取る。
「おう!まかせろ!」
ファイスの返事を聞いてファルナルークが茂みからすっと出て、建物に向かって歩き出した。
月明かりの下でファルナルークの金色の髪が輝き美しいが、今は目立ち過ぎだ。
「ちょっ……ファルっ!見つかるって!」
「ファルナルークさあ~ん……」
高い所から降りられなくなった子猫のような情けない声を出すシルス。
ファルナルークは、なんら怯む事無く窓の下まで行き、背筋を伸ばしシルスを見上げて発破をかける。
「私を信じて!飛び降りて!シルスちゃん!!」
「ちょっ!ファル、声でかっ!!」
これまでに聞いた事のないファルナルークの大きな声に驚くファイス。
凛とした強い意志を持ったよく通る声が、シルスの恐怖心を打ち砕いていく。
シルスちゃん!
シルスちゃん!!
シルスちゃん!!!
『愛しい』シルスちゃん!!!!
シルスの頭の中で、初めてファルナルークが呼んでくれた自分の名前が何度も響き渡り……
「ハイ!わかりましたっファルナルークさんっ!!」
「え!?」立つ瀬無しファイス。
シルスはファルナルークの一声で窓から身を乗りだし目を閉じて、一瞬の躊躇もなく飛び降りた。
建物の5階から地面に叩きつけられれば無事でいられる筈もない事など、誰でも容易く想像できる。
「ウソだろ合図無しかよっ!?ファル!避けろっ!」
咄嗟にスキル発動のモーションを取り、シルスめがけて右手を下から上に振り上げる。ファルナルークは、ファイスの声で横に飛びうつ伏せになった。
「
巻き上がる砂塵がつむじ風のように渦巻き落ちてきたシルスを包み込み、ひゅわあっ!と、風切り音の後。
落下速度が急激に弱まり、地面すれすれでシルスの身体が一瞬、ピタリと止まる。
そして。
どすん。と、シルスはお尻から地面に落ちた。
「あいたっっ!!……いった~!うえ~、ぺっぺっ。口の中じゃりじゃりするぅ……」
ファイスの放った『
「はー、びっくりさせんなよ~。間に合ったからよかったけどさ~」
「シルスちゃんっ!!」
たたたっとシュレスが駆け寄り、腰を抜かしたように地べたに座り込む砂まみれのシルスをぎゅっと抱きしめた。
「よかった……!無事でよかったよ……!」
「シュレス……さん……?」
母のような、姉のような、温かい不思議な安心感がシルスを包み込む。
何をされるか分からないという恐怖。
言われのない疑惑。
高所からの飛び降り。
心細い。寂しい。悲しい。怖い。
見えない恐怖から解放されたシルスの心に、シュレスの優しさと温かい体温がふわりと染み込んでゆく。
「……う……っ」
一粒の涙が、シルスの頬を伝って落ちた。
それが合図であったかのように、いくつもの大粒の澄んだ涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「うわああんっ……シュレスさあんんっ……こわかったよううっ……っ」
「あらら、泣いちゃった……よしよし、シルスちゃんが泣くなんてねー。よっぽど怖かったんだねー」
「わたし……っ……みんな、に……迷惑かけ、て……っ……ごめんなさ、い……っ」
「いいんだよー……無事でよかったよー……」
すがりついて涙を流すシルスのふわふわの髪をぽんぽんと優しく撫でる。
ファルナルークは静かにその様子を黙って見ていた。
泣きじゃくるシルスの背中にそっと手を伸ばし、撫でようとしてためらい……
その手を引いた。
――素直じゃないなあ……
シュレスがじっと見つめると、それに気付いたファルナルークがぷいっと顔を背けた。
――きっと、顔赤くなってるんだろうな。変な意地張っちゃってもう……
ファルナルークは思う。
自分は、シュレスやシルス、ファイスのように辛い事を大きな声で笑い飛ばせるような明るさ、というものを持っていない。
耐え忍ぶ事こそ美徳。
誰に教わった訳でもなく、自然とそのような思考になったのだと。
しかし、シルスの涙を、シュレスのほっとした表情を見ると少しだけ感じる。
誰しもが弱い心を持っている。弱い心に打ち勝つ為に明るく笑っているのかな……と。
「よく頑張ったなっ、シルス!腹減ってないか?焼き団子あるけど食うか?」
めそめそと涙よりも食欲が勝ったシルスは、ファイスの一言で泣き止んだ。
「えっ!食べます食べます!」
「「食べちゃダメっ!」」
シュレスとファルナルーク、本日三度目のハモりである。しかし実情を知らないシルスは、なぜ食べてはいけないのか理由が分からない。
「えー!?安心したらお腹空きましたよー!ペコペコですよー!」
「だって、熊の、っ、なんだっけ、ファル?」
「たまっ……」
言いそうになり、すんでのところで言葉を呑み込むファルナルーク。
「熊のタマキン焼きだよ。栄養あるんだぜー?」
「珍味じゃないですかー!全然平気ですよっ!食べます!お二人も食べたんですよねっ!?」
「まあ……食べたけど……」
「じゃあ、わたしも食べますよー!」
「やっぱ、シルスはシルスだな。よく笑って、よく食って、よく笑う。
オレの中のシルスはそんなヤツだよ。それ以外、なんかあったっけ?」
「笑って、食べてばっかりって、わたし、ただの食いしん坊みたいじゃないですかっ?」
文句を言いつつ、シルスはファイスからクマコーガンを受け取ると、残っていた5つをペロリと完食。
「なんでもよく食べるシルスちゃんは、きっと将来大物になるよ……」
と、シュレスはシルスの食欲に苦笑いする。
「よし!食ったらさっさとずらかろう!」
ファイスが振り向いた目の前に。
「ニガスわけないダロ。クソニンゲンドモ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます