逆襲のアリップ~ACA~

 朝のHR前の二年四組は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 何せ、昨日「興味ないね」とスカしたことを言って、皆が群がるプラチナチケットを一蹴したアリップが、今更になって参加表明を口にしたからだ。


 昨日アリップが帰った後に決まった参加メンバーは、槍チン、ミノル、モジャ兵、そして、今アリップの表明に怒り心頭のモブ男だ。


「てめーどういうつもりだアリップ! 三次元の女に興味なかったんじゃねえのか!」


 当然ながら、アリップが権利を放棄したことによって、その枠に入り込んだモブ男子は激昂する。


「ないよ。でもいつか興味出るかもしれない。その時の為に自分を磨いておきたい」


 しゃあしゃあと言ってのけたアリップの胸ぐらをモブ男が掴む。


「そんな『いつか』の為の備えで、俺の『現在いま』を奪うのかよ! 俺には現在いましかねえんだよ!!」


 もっともな叫びである。モテない彼らにとって、ようやく巡ってきたチャンスなのだ。そのチャンスがコネのある友人の気が変わったなんて気分一つで、電池の切れかかった電球のように目の前で灯ったり消えたりされては堪ったものではない。


「何とか言えアリップ!」


 そこまで言われ、アリップは押し黙ったまま、目を閉じたかと思うと、眼鏡を外し、前髪を片手で上げ、目を開く。


「お願い……だめ?」


「……っ!!?」


 上目遣いの潤んだ瞳。


 吐息混じりの切なげな声。


 何人かの生徒は一瞬雷に打たれたかのように硬直した後、「ああ、何だ。アリップは女の子だったのか」などとトチ狂った結論に至った。


「なワケないだろ……」


 読心術が使えるワケでもないにも関わらず、彼らの結論を手に取るように感じ取った、アリップと旧知の間柄であるミノル、槍チン、モジャ兵だけは慣れた様子でボソリとツッコんだ。


 それと同時に、アリップが奥の手を出す程にまで本気なことを、人知れず察していた。


「しょ、しょ、しょ……しょうがねえなぁ……今回だけだぜ? あ……LI●Eやってる?」


 モブ男には効果覿面だった。童貞でロクに異性と絡んだことの無い男子高生の彼に、この不意打ちを受け流せるワケがない。あとは彼が新しい扉を開かないことを祈るばかりである。


「さて……」


 そう呟き、先程胸ぐらを掴んだ手の匂いを嗅ぎながら悦に入るモブを背に、アリップが眼鏡を掛け直し、その上から更に前髪がその目を覆ういつものスタイルに戻しながら、ミノル達の方へ歩いてくる。


「……僕は、どうしたらいい?」


 アリップと長年の付き合いがある槍チンですら、そう何度も聞いたことの無いレベルの真剣な声に、思わず口元を歪める。


「いいだろう……昨日も言ったが、眼鏡を外し、髪を切って目を隠すのをやめろ。そんで、基本ニコニコ笑っているようにするんだ。勿論下ネタは厳禁」


「……分かった。明日からコンタクト入れてくる」


 アリップが、こんなに素直だったことが未だかつてあったであろうかと、内心ビビる合コンメンバー。


「じゃあ外見チェックタイムだ。昨日LI●Nで送った通り、どんな服装で決戦に赴くつもりか、写真見せてみ」


 そう。昨日アリップから連絡を受けた時点で、槍チンはミノル、モジャ兵、そしてアリップにどんな格好で合コンに参加するつもりか、鏡の前で自撮りしてくるように命じていたのだ。


「じゃあ、僕から。眼鏡も外したし、前髪もヘアピンで避けてあるよ」


 やる気満々のアリップが、スマホを操作し、自撮り写真を全員の前にかざす。


「…………」


「…………」


「……おめぇな、中学生じゃねんだからドクロ入りの服はやめようぜ!!」


 そう、そこにはクールな顔つきの美しい中性的少年が写っていた……ドクロパーカーで。


「なんでだよ! ドクロいいだろ!」


 顔を真っ赤にして反論するアリップ。


「そういやアリップの私服って、大体ドクロ入ってんな」


「何か……気づいたら、ドクロのばっか買っちゃうんだよ」


 ミノルの言葉に、アリップは忌々しげに呻く。


「あとマジックテープの財布もまだ使ってるんだったらやめろよ?」


「あれ本当にレアなんだよ? 出てすぐ回収騒ぎになった幻の絶版クソゲーグッズ」


「知らん。大切なのは分かるし尊重する。が、相手に悪印象を与えかねない物をわざわざ持っていくのは避けたいって話だ。それは家に保管しておけ」


「……分かった」


 自分でそうするように言っておきながら、槍チンはアリップの返事に、耳を疑わずにはいられなかった。


 アリップは結構頑固だ。自分が好きな物の良さは、自分だけが知っていればいいと思っているタイプであり、そのことに誇りすら感じている精神的鎖国タイプ。


 ――自分は他人の趣味に口を出さない。だから僕の趣味に口を出すな。その禁を犯した者には容赦しない。


 そんなことを心情にしていた彼が、口惜しさに歯噛みしながらも自分の殻を破り、変わろうとしている。


 槍チンは驚くと同時に、感動し、何が彼にそうさせたのか、少し興味が湧いた。


 そして、悔しそうな顔で自分に従う女顔の親友に、ちょっぴり嗜虐心をくすぐられたりもした。


「服装的には問題ない。あとはそのドクロの呪いを解いてこい! はい次」


「あ、じゃあ俺で」


 そう言って、ミノルが自撮り写真を見せる。


「…………」


「…………」


「……うん、普通。おっけ」


「オッケーなの!? 普通でいいの!? てか普通て何だ!?」


 またもあっさり通過スルーした槍チンにミノルが食い下がる。


「いや普通にオケ。敢えて言うならピースしながら自撮りしてるのがダセェ」


「本番でずっとピースしてるワケじゃないんだからいいだろ!」


「うん。というワケで次……て言ってももうモジャしかいねえけど」


「ちょっと待て勝手に進めるな! 何も言われないと言われないで不安なんだよ、こっちは……!」


 ミノルの抗議は完全にスルーされた。


 モジャ兵のターン!


「よし、コレを見て驚け!!」


 そう言って、バっとスマホを掲げるモジャ兵。余程自信があるのだろう。


 モジャ兵を除いた三人が、スマホへと視線を注ぐ。


「うっわひっでぇ!!」


「コレはない!」


「ダセ」


 集中砲火である。それもそのはず。鏡の前で完全に勝ち確顔で佇んでいる天パの少年の姿は……どう頑張っても『ダサい』以外形容する言葉がなかった。


 迷彩服の上にタクティカルべスト。


 何かやけに高そうなレイバン。


 愛用している指出しグローブ。


 そして、半袖なのに、何故かマフラー。


『モジャ、コレはない』


 三人の声がハモった。


「……そんなに?」


「うん。そんなに」


「ひでえ」


「まだ制服で行った方がいいと思う」


 ここまでの絨毯爆撃を受けては、モジャ兵も反論のしようがなかった。


「…………」


 無言で涙を浮かべるばかりである。


「いや泣くなよ! でもアレだ……あの、ね? モジャ兵。まだね、お前は、あの……自分の個性を出そうとする段階じゃないのね? とりあえず……●ニクロ行ってね。ポスターやマネキンが着てる服、そのまま丸パクリしてこいって感じ」


 槍チンが気を遣ったような口調でありつつも、結局は全否定した。


「しかし……個性のない男に魅力なんて――」


「個性はプラスになることもあるが、マイナスになることもある! 経験もロクになくて何が有効かも分かってないヤツの個性なんて、邪魔にしかならねーんだよ! 完全に裏目ってんの! 閉まっとけ!!」


 最早、気を遣うつもりなど微塵もない勢いで、槍チンがピシャリと雷を落とす。


「――はい」


「よし、服装はそれでおけ。次は身嗜み編――」


 ……まだあんのかよ!? とモジャ兵は頭を抱えた。

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