普通・オブ・普通

「モジャは、俺プロデュース受けるってよ。アリップとミノルはどうすんだ?」


 一番難航するかと思われていた堅物、モジャ兵を最初に攻略した槍チンが、ニンマリ笑いながら二人に問う。


「えぇ? 俺は、まぁ、お前らが行くんなら――」


「僕は興味ないって。他の誰かを連れていきなよ」


 ミノルの言葉をぶった切ったアリップの声に、今まで空気と化していたモブ生徒達が、にわかに活気づく。


 ……が、そんなモブどもを黙らせたのはモジャ兵の言葉だった。


「アリップよ。俺からも頼む……一緒に来てくれ。この四人なら緊張しないで済む。いや例え緊張したとしても、お前らが一緒に緊張しててくれれば、大丈夫なんだ」


「…………」


 モジャ兵の嘆願する声に、アリップが眉間に皺を寄せ、黙る。もっとも、周囲には前髪と眼鏡で見えなかったが。


 モジャ兵の言葉から、彼が心の底からそう思っているのがよく分かった。


 アリップは目を閉じて、少し考えてみる。


 ――確かにこの三人は昔からの友達だ。高校を卒業しても、大人になっても、誰かが何かの都合で引っ越しでもしない限り、付き合いが続いていく間柄だろう。


 アリップとて、槍チンのことを裏切り者などと罵倒しつつも、もしこっぴどくフラれた彼が、情けない顔で泣き言を口にし続ければ、表面上ウザがりながらも、それに夜通し付き合ってあげるつもりはあるのだ。


 そしてバッティングセンターにでも行き、叫びながら身体を動かす。


 ラストに夏なら学校に忍び込み、全裸でプールに飛び込む。


 冬ならミノルの部屋で、鍋と言ったところか。


 要は、彼も口では情に薄いような発言をしつつも、しっかり仲間達を大切に思っているのだ。


「……行かない」


 だからこそ、仲間達の前で、自分の心に嘘を吐きたくなかったのだ。


 どう頑張っても自分は、顔も知らないどこかの女子との合コンに心を躍らせることはできない。


 親友達が狂喜乱舞しているこのイベントに、こんなテンションの自分が行ったらかえって邪魔になるという気持ちもある。


 ――こいつらなら、分かってくれる。だから、嘘は吐かない。


「マジかよ。それでもキ●タマついてんのかお前」


「臆病者め」


「お前が殻を破る日は、生きてる内に訪れるのか」


 ――あれ? 思っていた百倍は辛辣?


 アリップが人知れず傷ついている間にも、話は進んでいく。


「ちなみにさ槍チン。アリップが万が一、億が一参加するとしたらさ、一体どこを直せばいいの?」


 ミノルが槍チンに振る。


 実は彼には司会進行の才能のようなものがあり、大体自己主張の激しい槍チン、アリップ、モジャ兵が集まった時は、大抵はミノルが指名制でそれぞれの意見を順番に訊き、最後に議題をまとめるというのがいつものパターンだ。


 槍チンもそれに慣れているので、自然とミノルの問いには答える。


「いや、だから行かないって――」


「アリップは見た目は問題ないから、精々……眼鏡外して、そのなげぇ前髪切れば問題なし。問題があるのはトークだ」


 アリップの言葉を無視して、槍チンが彼の問題点を上げる。


「あぁ……うん」


「……だな」


「何だよぉ……」


 俯くミノルとモジャ兵に、唇を尖らせるアリップ。


「試しにリハしてみるか。いいかアリップ。俺が相手のJKだとするぞ」


 槍チンが一歩前に出てアリップをじっと見つめる。


「……うん」


 帰ろうとしていたのに、いつの間にやらペースに巻き込まれていることを自覚しつつも、アリップが返事をする。


「あたしクニ子っていいまーす! よろしくね☆」


「何がクニ子だよ!《自主規制》しろオラァアアッ!」


 信じられない程の反射速度でアリップが叫ぶ。


「なっ!? なっ!? 脊髄反射で下ネタ叫ぶだろこいつ! こういうとこだよ!」


「確かにコレは大問題だ」


「うむ。仲間だと思われたくない」


 ミノルとモジャ兵が、顔に手を当てて首を振る。


「だから行かないってばよ。僕、バイトあるから帰るよ」


 そう言って、どこか満たされた顔をしたアリップがバッグを肩に掛け、教室を出ていく。


「しょうがねぇな、その気になったらすぐ言えよー! じゃあ補欠合格枠を決める面接すっぞー」


『押忍!!!!』


「あ、待った待った。ちなみに俺は? 俺はどこをどうすればいいの?」


 何故か既に行く気になっているミノルが、ついでにとばかりに槍チンに、自分の欠点と改善点を求める。


「そもそも何故、幼馴染とはいえ、ミノルを誘ったのでありますか!」


 牙を剥くモブを、手を上げて制した槍チンが、ミノルを見る。


「あぁ……うん。ミノルは……普通」


「何だよ普通って!」


 聡明な読者諸兄は、既にお気づきではないだろうか。


 アリップにモジャ兵、そして槍チンと、数行に及び人物紹介をしたにも拘わらず、何故冒頭で言葉を発したミノルにはそれがなかったのか。


 そう! この男!


 普通なのである!!


 コレと言った尖った特徴がないのである!


 勿論デオドラントチャレンジをして舞い戻ったり、今一つお洒落に無頓着だったりと、男子校に通うモテない男子としての側面はあれど……


 ……そんなの、その他大勢のクラスメイトにも該当する事柄ばかりなのである!


 服はジャシュコ。髪は千円カット。普通にJ-POPが好き。好きな漫画はワンパーク。


 他の生徒達に比べて、何か特化しているところがあるかと言われれば、人気アイドルグループのメンバーの名前を全員分言えることくらいである。


 普通・オブ・普通!


 それが田中実という男なのである。


 ちなみに『田中実』という名前は、アメリカでいうところの『ジョン・スミス』であり、日本で一番多い男の名前である。


 作者はググって「コレでいーや」と思って名付けた。その間五秒である!


 しかし、そんな普通な彼が、普通であるが故に功を奏した!


「特に無理に矯正するとこないし、ちょっと付け足していけばものになるかなーって」


 そう! 減点方式だと有利だったのだ!


 周りがマイナス点を解消した上で、プラスへと踏み出さなければならぬ中、ミノルはゼロからのスタート!


 取り除くことをしないで、ただ足せばいいのだ!


 槍チンとしても楽なのである! いや槍チンとしても楽チンなのである!


 あ、スベった!? やっぱ今の無し!

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