第6話 動機
そこからまた、男はしばらく無口になった。
日々黙々と自分の「仕事」をこなすのみだ。つまり、剣を振る鍛錬と己が口を
仲介者は相変わらず、男のそばを離れず監視を続けている。
《その後どうだ、あの
深夜、カリアードが眠った頃合いで我は仲介者に精神感応で訊ねてみた。
《相変わらずでございます。毎日決まった回数剣を振り、体を鍛え、水を汲んで小動物を仕留め、果物を採集して回っております》
《そなたに何か話しかけることはないのか》
《たまにございますが、基本的には無視されている状態です。その場で必要なこと、危険な場所や避けるべき行動などを訊かれるだけです》
《そうか》
ある日、男は随分とこざっぱりした様子になって我の前に現れた。
のび放題だった
「オークの王よ。ずっと考えていたのだがな」
《ふむ。何をであろうか》
「お前たちが俺の同胞を殺して来たのと同様、あるいはそれ以上に、俺たちがお前たちを殺して来たと言ったが、証拠はあるか」
《我は、我が記憶しているところを包み隠さず申しているまで。証を立てよと申すなら、我が記憶をそのままそなたの頭の中に開示することも
「な……なんだって?」
《だが、それはあまり現実的とは言えぬ。なんとなれば、それをそなたの頭の中に蘇らせるだけで、そなたの寿命が尽きかねぬからだ》
「どうしてだ」
《数千年にも及ぶ記憶の塊を、そうそう容易く開示しきれるものではない。一気に見せたりすれば負荷がかかりすぎ、下手をすればそなたが即死しかねぬ。たとえゆっくり開示したとしても、今度は数十年もの歳月が必要になろう。そなたの寿命では、重大な時間の無駄遣いになるのではなかろうか》
「むう……」
勇者は少し考え込んだ。
「だが、それでは確証が得られない。お前が嘘をついていないという証拠がなにもないではないか」
《信ずる、信ぜぬはそなたの自由だ。我はそなたに、なんら強制するつもりはない》
勇者は腕組みをしたまま難しい顔になっている。
「では、あれは本当か」
《なにがであろう》
「お前のそばを離れると、ゴブリンやトロルたちは理性をなくして狂暴化し、暴走するという話だ」
そういう言い方をしたわけではないが、当たらずとも遠からずなので黙っておく。
《事実である。試しにこの者を我から引き離して観察してみよ……とは言えぬがな》
《て、帝王さまっ?》
仲介者はぎょっとした顔で我を見た。
《案ずるな。そのような無体な真似はせぬ》
《ご、ご冗談がすぎまする……》
可哀想に、彼女はあからさまに胸をなでおろして大きく息をついている。我は「すまぬ」と彼女に謝ってから、また勇者を見た。
《この者のいまの態度が、多少の証拠にならぬであろうか》
勇者は目を見開いたまま、またじっと何ごとかを考える様子だった。
「だが……なぜだ? お前たちが先に俺たちに攻撃をしなかったというのが本当なら、なんで人間は……最初の英雄王カリアードは、お前たちを攻撃し、在所から追い払ったんだ」
《理由は様々にあろう》
最初のうち、人間たちの住まう場所はさほど広くなかった。小規模の村々が、周囲の自然に溶け込むように点在していたのみだった。それが子を生み、その子らがまた子どもを生んで次第に増えていくにつれ、村は石や鉄でつくられた街になり、大きく、また数を増していった。
またそれにつれ、かれらには住む場所と食物を育てる場所、家畜を放牧する場所、さらに狩りや漁をする場所がますます必要になっていった。
「つまり、食物を得るためだと?」
《そればかりではないだろう》
人間たちの文明が進むにつれて、彼らは道具を使い、その道具をより使いやすいものへと改良していった。
刃物や農具はそのよい例だ。
最初、彼らは硬い石を砕いて槍先や
いま現在、勇者たちが用いる武器はおおむね鉄を鍛えて作られている。そこに「魔法」を載せて鍛えることで、勇者の使う特別な大剣が仕上がるらしい。
《武器を鍛えるには、鉄鉱石などの鉱物資源が必要だ。そのほか、文明が進むにつれてそなたら人間は金や銀、その他
そこまで語ったところで、勇者はハッとした顔になって我を見上げた。
なにか思い当たるふしがあったのだろう。
「待ってくれ。まさか……つまり」
《そなたの予想した通りだ。我らの在所の地下には、そうした地下資源が豊富にふくまれていた。どこかの時点で、人間たちのうちのだれかがそのことに気付いたのであろう。当然、その上に棲む我らの存在を邪魔に思ったのではなかろうか》
「考えるだけならそうだろうが……実際にそんなことを行動に移せるのは、身分の低い者ではありえない。まさかとは思うが、当時の王侯貴族たちが……?」
《あるいはまた、力のある商人といったたぐいの人々であったかも知れぬな》
いずれにせよ、彼らは我らが邪魔だった。
その下にある地下資源を手に入れて、さらなる権力を手に入れようともくろんだ。そうして得た権益は、人間の中での彼らの地位を盤石にする。褒美を分け与えることで、彼らは同族からの信頼を得るからだ。
要するに、それこそが彼らの目的だったのではないか。
我はそう考えている。
「だが……しかし、お前たちが人間の村を襲ったから、というのは本当ではないのか?」
《それは違う。少なくとも、最初の『戦闘』のときは違った。そなたらは本当にいきなり、我らを排除しに襲い掛かってきた。我から離れてしまい、後年になって知性を失った状態の者はともかくも、それまでの段階で我らの仲間が人間の里を襲ったという事実はないのだ》
「そ、そんな──」
男は両手で頭を抱えている。
「では、なんなのだ? 『英雄王カリアード』とは一体なんだったのだ!」
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