オハヨウとオヤスミ2

 今住んでいる場所からはそれほど遠くはないし、子供との仲も悪くはない。

 時々預けている事を思えば自分は良いんじゃないかと思ったが、君にはそう思えなかったらしい。


「子供を転校させたくないから」そう言って断る君の考えは何よりも子供優先で、否定なんて出来る訳もなく。


「子供達の為にも先の事も考えないと……」


 気持ちばかりが先走り、言いきれない言葉に会話は途切れる。


「それならせめてお見合いはどう……」


 最初から準備していたであろう言葉に、心配する気持ちが解るからか会うのは断れなかった。

 知らない男性と会う事なんか勿論嬉しくはない。


 だが真剣に悩むのが自分に対する想いからだとしたら、素直にも喜べない。

 こんな姿だからかも知れないが、もう何も出来ないのは解っていて。

 其れはこの先ずっと続く。

 幾ら必要とされても。


 時間に余裕が作りやすいだろうという優しさから、会うのは夕方になり。

 当日形式張った感じにはしないという気遣いで、子供達は只の食事会だと思いはしゃいでいた。


 会う前からこんな調子なのだから、親切な人なのは言うまでもなく。

 実際に会って会話を見た感じも予想通りの人柄で、子供達から見れば何処にでも居そうな優しいおじさんだろう。


 とはいえ人見知りの激しい子供達だから自分の近くで遊び、お見合い相手とは簡単には打ち解けられそうもない。

 人柄なのか其れでも仲良くしようと子供に話し掛ける相手に

「ごめんなさいね、わんぱくで言う事全く聞かないですよ」君は思わず笑ってしまう。


 失礼かも知れないが、二人での会話を優先しないような人だから安心出来たのだろう。

 久しぶりにそんな君の笑顔を見た自分は、死んでからの自分を振り返る。


 どれだけ想っても、ふざけた何かをしても、もう笑わせる事なんて出来ない自分。

 自分は邪魔しているんではないかと思っても、成仏すら出来ないのは自分のわがままなのではないのかと。


 そんな自分の存在意義に疑問を持ち始めたからか、何だか自分の姿が薄くなってきているような気がする。

 それこそ生活が落ち着き始めたからかも知れないし、気のせいかも知れない。


 だが確実に自分の瞳に映る両手は、在るべき輪郭を失ないつつあるように見えていた。

 終始こんな調子で終わったお見合いという名の食事会は、ただ子守りをして解散という結果になった。


 子供達と君は手を繋ぎ、人通りもまばらな帰り道を歩く。


「今日会った人どう?好い人だった?」


 これから先の事を考えたであろう君の質問に「お父さんの方がカッコいい」と子供達は笑って答え。


「そうね……」


 そう言って笑いきれない君の表情を隠すように、ほのかに辺りを照らす街灯が三人を包む。

 きっと今の私達家族を照らす明るさは、これくらいがちょうど良いのだろう。

 子供達は何も気付かず笑えているのだから。


 其れでも君を困らしているのかもしれないのが、思い出や思い入れならば忘れてしまってほしい。

 決して自分は責めたりなんかしないし、どんなに哀しくても構わない。


 それに格好よくなんてないだろ。

 傍に居る事しか出来なかった自分が、もう其れすら出来ないのに。


 自分が言えなかった「いつもアリガトウ」や「ゴメン」と同じように、

 きっと君にも云いたかった事は沢山有っただろう。

 本当は云わなくても解っている。


 其れでも全て伝えたい。

 そんな気持ちを込めた聞こえないはずのオヤスミも、今日なら少しは伝わっているかもしれない。


 自分が今も存在する不思議と同じように、薄紅色の妖しい月を引き立て。

 雲一つ無い、こんなに静かな夜なら。

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