第227話 トレトのダンジョン 其の五

「ずいぶん前に入った二人組まだ出てこねぇな」

「こりゃあ死にましたかねぇ……」


 なかなか次のモンスターが入り口まで出てこず、待っている間に受付に座っている二人が話す。一人は腕っぷしの強そうな男、もう一人は人好きのする笑顔の小柄な男。


 目の前には順番待ちの客がいるが、これは一種のパフォーマンスでもある──客の退屈を紛らわすため、そして本当に死の危険があるのだと客に認識させ、より恐怖と緊張を味わってもらうための。


「そうだな──もうかなり時間も経っちまったし、一階層のどこかでくたばっちまってんだろ。また死体回収のクエストを出さなきゃならねぇかもな」

「入り口のモンスターは瞬殺だったんですけどね……こうも出てこないとやっぱりねぇ」


 生々しい言葉が出てきて、だんだんと周りで喋っていた客が静かになり、二人の会話に耳を立てる。


「一体は倒せてもダンジョンだと取り囲まれることもある。それに馬鹿みたいに広いせいでマッピングが難しいからな。Aランク相当のモンスターがうようよいるダンジョンで迷子になったら──間違いなく生きては出られないだろうな」


 ダンジョンの事情に詳しそうな筋骨隆々の男が静かに言葉を落とすと、客の顔から血の気がひいていく。


 一緒に来ている相手とひそひそと話しだす客。なかには手が震えている者もいる。


 それを見てしめしめと内心でほくそ笑む二人。安全圏で人が怯える姿を見るのはとても面白い。実際はこのダンジョンで死者が出ることはほとんどない。


 特にスリルを味わう客が危険な目に遭いそうになれば、入り口横のスタッフが対応するため、意外とそういった客が死ぬことはゼロに近い。


(……で実際どうなんすか)

(戦いぶりを見て相当腕が立つことは分かった──で、俺でなければ見逃していただろうが、剣を振る瞬間わずかに剣が光ったんだ)


 客が恐怖に憑りつかれてざわついているそばで、客の注意が向いていないことを確認して二人は顔を動かさずにぼそぼそと話す。


(ただの反射じゃないんすか? だってそれが本当なら──)

(あれはたしかに魔法剣だった。反射光とは色味が違っていたから間違いない。あの方はおそらくSランク冒険者のロンド様だ)


 途端に話を聞いていた男の顔が青ざめる。


(大丈夫っすかね? 俺粗相とかしてなかったっすかね? あのモンスターみたいにズバッといかれないすかね?)

(大丈夫だろう。それにロンド様を知っている者はラムハ以外にはほとんどいないと聞く。仮にお前が粗相をしていても分からなかったと言えば情状酌量の余地はある。それよりも今回はお忍びだろうから間違っても「ロンド様」などと口走るなよ)


 それを聞き、小柄な男は口を押さえて青くなった顔のままガクガクと首を縦に振る。


 彼のぎこちない動きはいつの間にか客の注目を集めてしまっていたが、ほとんどの客はこう思った。きっと隣の男から過去にダンジョンで人が死んだ凄惨な話を聞き、口止めされたのだろう──と。


 こうしてますます客の恐怖心は煽られていくのだった。

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