第156話 緊急クエスト 其の四

 まるで葬式のような雰囲気が漂っている冒険者ギルドの扉が、突然勢いよく開く。扉を開けた青年の額には玉のような汗が浮いている。


「Sランク冒険者のロンドだ! オーガは今どこに?」


 覇気のある力強い声が静かなギルドに響き渡り、俯いていた冒険者の表情がぱっと明るくなる。先ほど帰ってきた偵察隊の一人が、すっくと立ちあがる。


「オーガはまだ山から出ておらず、見張りを続けています。おそらく山の奥にいるのではないかと」

「報告感謝する。では、今から捜索して討伐か──この中にAランクのパーティの者はいるか?」


 ロンドの呼びかけに冒険者たちは視線を落とし、答える。


「いません」

「ならば、Bランクは?」


 サッと七、八人が手を挙げる。


「この人数だと、パーティは二つほどか? 土地勘のある盾使いに案内役としてついてきてもらいたい」


 ロンドの言葉を聞いてからすぐに一人の冒険者が進み出る。


「俺が行きます。来たばかりの向こうの盾使いよりは詳しいはずです」


 その言葉を聞き、ロンドは目を合わせてから頷く。


「よろしく頼む。ギルドの方で地図を用意してもらえるか。それと盾役がいる方のBランクパーティも見張りに加わってほしい」

「はっ、はい! すぐ出発しますね」


 そう言って傍らに置いていた盾や杖を持って、Bランクパーティのメンバーは出ていく。それを見送った後に、ギルドの受付嬢から地図を受け取ると、ロンドは準備万端の盾使いを促す。


「行こうか」

「はい」


 * * *


 ギルドを出て山へ向かいながら、俺は考える。


 まさかあのロンド様とご一緒することが出来るなんて……本当に夢のようだ。状況が状況だから、ただ喜んでいるわけにもいかないが。


 しかし、ロンド様はかっこいいなあ。俺たちに的確な指示を素早く出して、すぐに山へと発つ──これがデキる男ってやつかねぇ。男の俺でも惚れちまいそうだ。


 山に入る手前で、ロンド様が俺が見るようにと地図を渡してくる。しかし、ギルドの地図は何年もずっと見続けてきたため、載っているくらいの情報はとっくに頭に入っている。


「俺、この地図はもう頭に入ってるんで、ロンド様が見てください」


 そう言って地図を返そうとすると、ロンド様が恥ずかしそうに言い出す。


「僕……難しい地図は読めないから、持ってても意味がないんだ。きみが地図を使って説明してほしい」


 えっ、嘘だろ──地図が読めないって……冒険者の必須技能なのに?


「簡単な一本道なら分かるんだけど、山となると複雑で……」


 いや、そもそも一本道なら地図はいらないだろ。俺が慣れているからそう思うだけかもしれないが、この地図はそんなに複雑ではないはずだ。


 もしかしてロンド様は──方向音痴? しかも「一本道なら分かる」と言い出すあたり、自覚がないようだ。


 さっきまで揺らぐことのないと思っていた、俺の中の完璧でかっこいいロンド様という像がガラガラと崩れ始める。

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