第132話 収穫祭に向けて 其の七

 合同練習は無事に終わり、マシュー一家は帰っていく。練習中はいなかったヘルガさんも一緒に、三人で一家を見送る。


「それでは、また次の練習のときに。収穫祭の前日でしたよね」

「はい、本日はありがとうございました。昼食までご馳走になってしまって──」

「ご飯、美味しかった!」

「はは……」


 帰りもドリーは元気なまま──ずっと演奏し続けていたのに、すごいエネルギーだ。


 何回か通したあたりで、俺も師匠も音楽に合わせて出来るようになってきた。そこからは余裕が出てきて、細かい動きの調整をしていた。


 次回の合同練習は確認程度になるだろう、という話をするくらいには、かなり形になってきた。このまま毎日練習していけば、満足行くほどの出来にはなるだろう。


「それではまた」

「バイバーイ!」


 バタン、と玄関の扉が閉まる。外の話し声は遠ざかっていき、やがて街の雑踏に溶けていく。


 声が完全に聞こえなくなったことを確かめてから、師匠が喋りだす。


「コ──コルネくん、練習中に僕のことすごいって言ってくれたよね! ね? ね?」

「……はい、確かに言いました」

「よかった、本当だったんだ」


 てっきりあれで終わりなのかと思っていたが、師匠はそうではなかったらしい。本当だったという喜びからか、師匠は少し涙目になっている。


「私のいない間にそんなことが──まさかマシュー様たちの前で泣かれたのですか」

「泣いたというか、泣いたけど上手く誤魔化したというか……誤魔化せてたよね、コルネくん」

「はい、なかなかいい判断だったと思いますよ」


 それを聞いて、額に手を当てて安堵のため息を漏らすヘルガさん。


「あの一家にいらぬ心配をかけてしまうところでした。誤魔化しきれていたなら、問題ありません」

「それにしても、コルネくんがすごいって──本業である戦闘に一切関係なかったのはちょっとあれだけど……」


 そう言って少しいじける師匠。たしかに弟子から初めて褒められたのが、魔法剣と関係ないことというのは複雑だろう。


 そこで、俺の中の悪戯心が顔を出す。それならば、今ここで師匠の魔法剣はすごいと言ったらどうなるのだろうか。


 魔法剣以外で抑えて反応だったのだから、魔法剣のことを褒めたら──


 面と向かって言うのは少し恥ずかしいが、どうなるのかという好奇心の方が恥ずかしさより上だ。勢いで言ってしまおう。


「俺はいつも師匠のこと、一人の魔法剣士としてすごいって思って──」

「──わあああああああああコルネくん、今なんて!? なんて言った? もう一回言って!」


 すごい……涙を流しながら荒ぶっている。ここまで荒ぶる師匠は見たことがない。きっと途中から自分の叫び声で聞こえなかったのだろう──もう一度言おう。


「ですから……いつも師匠のことを……魔法剣士としてすごいと思ってます、と」


 二回目になると言いながら恥ずかしくなってきた。もう頭が冷静になってしまっている。


「聞いた? ヘルガ、コルネくんが魔法剣士としてすごいって、すごいって──」

「はいはい、聞きましたよ。コルネくん……」


 師匠の涙を拭きながら、「うわぁ、ロンド様を弄んで──見損ないました」とでも言うような視線を向けてくるヘルガさん。


 うん、流石にこういうことはもうやめておこうか──俺も恥ずかしくなってきたし。

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