第88話 帰路(ロンド視点)

 魔法学校が用意してくれた帰りの馬車の中で、コルネくんと僕は行きと同じように揺られているのだが──


「コ、コルネくん、魔法学校は楽しかった?」

「はい」


 僕が話しかけると少しだけ口角を上げて返してくれるが、それだけ言ってまた視線を窓の外へ向けてしまう。まるで窓の外にあるはずのない夕日を、物憂げな表情で眺めているようだ。


 昨日の夜からこの調子なのだ。きっとアクスウィルを離れるのが寂しいのだろう。毎日、嬉しそうに今日の出来事を話していたから、あの生活は彼にとってよほど楽しかったに違いない。


 それにしても気まずい……この馬車には僕たち以外いないし、寝ているならまだしもこの状況は気まずすぎる。


「ヘルガに買ったお土産、喜んでくれるかな」

「きっと喜んでくれますよ」


 そう言ってニコッと笑ってくれるのだが、目は寂しげなままだし、上がった口元もすぐに元の位置まですっと戻ってしまう。


 ちょっとでもコルネくんを励ましたいと思っていたが、話しかけるなというサインなのかもしれない。もう一言二言話して駄目だったら大人しく寝よう。


「そうだ、来年は違う宿屋に泊まってみる?」

「……えっ、来年があるんですか?」


 一瞬ポカンと口を開けてから、目を見開いてやや早口で食いついてくる。さっきまでと違って、魂が戻ってきたようだ。


 来年があると思っていなかったら、その反応にもなるか。なにせ今魔法学校にいる生徒たちとは魔法学校に行かなければ、おそらくもう関わりがない。


 彼らのほとんどは王都で就職するだろうから、コルネくんが王都で働くようにならない限り、会うことはないだろう。王都は人が溢れていて偶然出会うのも難しいだろうし、子どもの頃に一度会った相手の顔など、大人になってからでは会っても分からないだろう。


「来年もあるよ。校長も生徒のいい刺激になったって──」

「やったあああああああああああああああああああ」


 さっきまでの陰鬱そうな表情から一転、喜びの表情で勢いよく拳を掲げるコルネくん。馬車の天井は低いんだから、そんなに勢いよく腕を上げたら──


「いったぁ……」


 指の関節をさするコルネくん。見たところ大丈夫そうだし、とりあえず元気になってよかった。




 道場につくと、馬車の音を聞いたヘルガがドアを開ける。


「おかえりなさいませ」

「ただいま」

「ただいま戻りました!」


 あのまま異様にテンションの高いコルネくんを、ヘルガが怪訝な顔で見ているのに気付いたのか、コルネくんの目が泳ぐ。


 中に入って荷物を下ろし、一息つく。宿屋もよかったが、やはりここが一番落ち着くな。


 荷物の中から買っておいたお土産──美しい装飾の手鏡とアクスウィル特産の甘味を取り出し、ヘルガに持っていく。コルネくんはああ言っていたが、本当に喜んでくれるだろうか。


「ヘルガ、これお土産なんだけど──」


 本人は隠そうとしているが、明らかにお土産を待ち構えているヘルガに両方とも手渡す。


「ありがとうございます、これは……!」


 手鏡を見てヘルガがいつもの無表情から考えられないほど嬉しそうな顔をする。裏側や柄の部分などいろんな箇所の装飾を見て、にやけている。


 しばらく手鏡を眺めると、ハッと我に返ったようだったが、にやけ顔は戻っていない。


「大切にさせていただきます」


 そう言って頬を緩ませたまま、自分の部屋に消えていった。


 喜んでもらえたのは嬉しいのだが、ちょっと心配になってしまった。あんなにだらしなく笑っているヘルガは初めて見た。


 コルネくんも自分の見たものが信じられないのかフリーズしている。気持ちは分かるけど馬車の中でコルネくんも似たような表情してたよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る