第77話 アクスウィル魔法学校 其の四

 次の日、俺と師匠は登校する生徒たちに混ざって、魔法学校に向かっていた。


 昨日街で見た生徒の何倍もの数が歩く様子は、押し寄せる波のようだ。肩と肩が触れ合うほどではないが、逆向きに歩くのは至難の業だろう。


 俺たちもその波に逆らうことなく歩いているのだが、周りの生徒がちらちら見てくるのが分かる。


 師匠は去年も来たと言っていたから、新入生以外は師匠の顔を知っていてもおかしくはない。見られているのは俺ではないようだし、俺は別に構わないのだが、師匠は繊細なところがあるからどうだろうか。


 そう思い、隣の師匠を見上げるとわずかに涙ぐんでいた。即座に、生徒に見られていたのはこれが原因だ──そう確信する。


 そんなに生徒の視線が堪えたのだろうか。周りに聞こえないように声を潜めて、師匠に話しかける。


「師匠、大丈夫ですか……?」

「えっ……うん。ちょっと感極まっちゃって──コルネくんを弟子として大っぴらに自慢してるみたいで。今までそういう機会がなかったから」


 涙を拭いながら、安心させるような口調で師匠が答える。


 たしかにドラゴンのときは、弟子として式典に出たわけではなかったし、王宮に呼び出されたときはとても自慢という雰囲気ではなかった。


 しかし、二人で歩いているだけで、「自慢しているみたい」というのは、さすがに拡大解釈が過ぎるような……師匠が嬉しいのならそれでいいか。




 師匠と別れ、昨日もらった地図を見ながら廊下を歩く。主要な建物だけでも何枚かの地図にびっしりと書き込まれており、師匠には無理だなと改めて思った。


 昨日のうちに時間割をチェックして、参加する授業を決めてある。まずは一限目の魔法理論の授業だ──この先の教室であるらしい。


 教室の前まで来ると、中から談笑が聞こえてくる。まだ授業までは時間があるから、友達同士で話しているのだろう。その割に会話の端々に難解な単語が聞こえるような……


 教室の戸を開けるのは緊張したが、意を決して扉に手をかける。


 ガラッと戸を開けた音に教室にいた全員がこちらを振り返り、ひそひそと話し始める。ものすごく居心地が悪い。


 どうすればいいか分からず固まっていると、一人の男子生徒が教室の後ろに置いてある椅子を持ってきてくれた。


「おはようございます、あなたがコルネさん……ですか? ゆっくりしていってください」


 そう言ってニコッと笑う少年。少年といっても歳は俺より上のはずだ。よかった……優しそうな人もいるみたいだ。これなら安心──


「ところでなんですけど、ロンドさんのお弟子さんということは魔法剣士なんですよね? 剣に魔法を纏わせるというのはどういう原理なんでしょう? それとギルバートの魔力の変換理論についての意見を聞かせてほしいのですが。数少ない魔法剣士の貴重な意見を是非──あ、それとひと月前に発表されたギルバートの理論の──」


 全然安心できなかった。そんなに早口でまくし立てられても分からないし、そもそもギルバートの変換理論など聞いたこともない。ギルバートとはその分野では有名な人物なのだろうか。


 これはやばい教室に入ってしまったな……愛想笑いを浮かべながらそんなことを考えていると、少年の肩を別の生徒が軽く叩く。


「ダメだろう、コルネさんが緊張しているじゃないか。いきなり高度な内容を話し始めるなといつも言っているだろう」


 どうやらこの少年の友人らしい。そうそう、さすがに出会ってすぐにする内容の話じゃないよね。それに理論については全く分からないし……そう、もっと当たり障りのない話を──


「では、まず魔法の同時発動の阻害原理についてお話ししましょう。一般的に魔法を同時に二つ発動させるのは不可能だと言われていますが、Sランク冒険者の方となるともしかしてできるのでしょうか。それと阻害される原因についてはどの説を支持して──」


 理論の内容ではなくて、もうちょっとライトな内容を話してほしかったなぁ。理論が全く分からないまま、ここに飛び込んできた俺も俺だけど。


 質問に答えられないままどうしようかと固まっていると、チャイムが鳴り、二人は自分の席に戻っていく。助かった……とりあえず授業の内容を聞いて、ある程度の質問には答えられるようにしておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る