第53話 ケルベロス 其の二

 コルネくんに手を出さないように伝え、暴れまわるケルベロスと対峙する。


(……にしても大きいな)


 僕の身長の何倍もある大きさ。櫓ほどの高さがある。こんな巨大なモンスターが現れれば、一瞬で街は瓦礫の山になるだろう。


 しかし僕はSランク冒険者──一人でパーティ以上の強さを持つ者。このくらいサクッと倒せないと名が廃る。


 それにこれはコルネくんにかっこいいところを見せるチャンス! 今までコルネくんの修行にならないからと、僕が戦うことはほとんどなかった。


 それはおそらく今後も続く。僕が出ないと解決しないようなことはそうそうないし、この先もずっとない方がいいのだ。


 つまりこのチャンスは最初で最後かもしれない──絶対にかっこよくきめてみせる! 歩き続けパンパンになった脚に力を入れ、剣を抜く。


 深く息を吸い、吐く。枝や葉の陰になっているおかげか、ケルベロスはまだこちらに気付いていない。そのくらいの余裕はある。


 感覚が研ぎ澄まされ、目から耳から入ってくる情報がより鮮明になっていく。久しぶりの感覚だ。


 ちょうど三つの顔の向きがこちらに向いていないところを見計らい、地を強く蹴る。一番近い前脚に向かって駆けながら、剣に雷の魔法を纏わせる。


 魔力は少しでいい。発動さえしていれば、後から出力を上げられる。今は少しでも早く前脚まで到達するために、自分の脚の魔力操作に意識を向けたい。


 ちら、と三つの頭を見上げ様子を確認する──よし、まだ気づかれていないようだ。あと七歩で剣が届く。


 七、六、五……………………ここだ! 素早く剣を逆手に持ち替え、勢いよく毛皮に包まれた前脚に魔法剣を突き刺す。


 予想はしていたが硬いな。さすがに木をへし折っているだけある。助走の勢いもあったはずなのに、刃はわずかに肉に沈んだほどだ。


 でもそれでいい。ここで、雷の出力を上げれば──


「「「ぎゃうぉぉぉぉぉぉぉん」」」


 こちらに向かっていた頭が揃って悲鳴を上げる。やはり肉まで突き刺せば効くようだ。


 体内を流れる雷でケルベロスが動けなくなっているのを確認し、剣を抜く。途端に溢れてくる血の量がどっと増すが気にしない。


 前脚のそばから、頭に向かってカーブを描くように走り出す。


 剣を抜いて体内から雷が消えてしまっても、動き出すまでには少し時間がかかる。その間に決着をつけるのだ。


 剣に纏わせていた雷の魔法を消し、スピードをどんどん上げていく。


(ここだ!)


 首まで十歩ほど距離を開けた場所で、着地の瞬間に土の魔法で足元を隆起させる。


 しっかりと膝を沈ませ、作った足場を蹴って跳ぶ。そこから瞬時に風の魔法を発動させながら魔力操作で自分の体を引っ張り上げる。


(よし、届いた)


 体は風を切るように、首の上方まで浮かび上がる。慣性がなくなり、宙に静止したところで剣に炎の魔法を纏わせる。


 そこから自然落下する勢いを利用して、大きく振りかぶった魔法剣をケルベロスの一つの首めがけて振り下ろす。


「はああああああああああっ!」


 先ほどは前脚に剣が浅くしか刺さらなかったのが嘘のように、首が切断される。熟れた果実のような、まるで柔らかいものでも斬るかのように。

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