第3話 ロンドとの再会
「ついてこい」
男はそう言った。ついていけばずっと監視され、逃げるチャンスはないだろう。逃げるならここだ。
男の目線が外れるタイミングを計る。しかし、目線が外れることはない。
「ついてこい」
動かない俺にしびれを切らしたのかもう一度男が言う。ついていく他ないか。
連れていかれた先は薄暗い路地──ではなく、住宅街にある建物だった。周りの家に比べるとかなり大きく、家というよりは大規模な施設のようだ。
これはあれだな、表向きは普通の施設だが、裏では色々やっているというやつだ。まあ人攫いをやるくらいの組織だから大きな施設を持っているのは当然か。
男が俺から目を離さずに扉を開けた。ここで入ってしまったら終わりだろう。
この男が只者ではないことは明白で、俺はこの街のことをよく知らない。逃げ切れる可能性は限りなく低いが、一か八かに賭けて逃げるしかない。
男が口を開く。逃げるなら今だ──
「ようこそ、魔法剣道場へ」
「へ?」
予想外の言葉に走り出した足を止める。
「そのチラシ持ってるってことはここに来たかったんだろ? あ、他の場所に寄ってからとか明日行く予定だったっていう可能性もあったか……。すまんな、チラシを見てつい興奮して連れてきちまった」
「いえ、今から行く予定でしたし」
「ならよかった。ささ、奥に」
応接室のような場所に通されてソファに座って待つように言われた。ソファは座ったことがないくらいふかふかでびっくりした。
今から憧れのロンドさんに会えるんだ。そのドキドキと命の危機が去った安堵がないまぜになって、落ち着きながらドキドキしているという未だかつてない感覚だ。
「おまたせ」
ドアが開き、グラスを持った女性と一緒に、瓶を持った先程の男が顔を出す。もう布は巻いていない。この無表情な女性は恰好から使用人だろうか。
キュポン、と男が瓶を慣れた手つきで開け、女性がテーブルに置いた三つのグラスに注いでいく。中に入っているのはお酒だろうか。
「あの、お酒は──」
「心配するな、ジュースだ。ふぅ、やっと一本目を開けられた」
満足気に言っているが、一本目とはどういうことだろうか。男は向かいのソファに座りグラスを掲げた。
「かんぱーい!」
満面の笑みで男が言い、何に乾杯しているのかもよく分からないまま、つられてグラスを掲げる。先程の女性も無表情のまま横でグラスを掲げていた。
二人がグビグビと飲むのを見て毒の心配はないだろうと思い、俺も口を付けた。上品でまろやかな甘さだ。このジュースが何の果実を絞ったのかは分からないが、とても高そうな味がした。
そもそもジュース自体が高価で市場に出回る数も少ない。それなのにこの高級そうな味、もしかしなくてもこれは相当な値打ちものなんじゃ──
「心配しなくても毒は入ってないし、おかわりもあるよ」
「ロンド様、その前に説明すべきことがあるのでは? 見たところ何の説明もしていないと思われます」
考えを読んでいるかのような男の発言にもびっくりしたが、女性の発言の方が衝撃だった。今、男のことを「ロンド様」と言わなかったか?
「あー、言われてみれば……僕はロンド。この道場の主だ。チラシを作ったのも僕だよ。ようこそ、記念すべき一人目の門下生の……君の名前は?」
「コルネです」
憧れのロンドさんとの再会──感動的な場面のはずなのにつっこみたいところが多すぎる。
まず、俺はいつの間に門下生になった? そんなやり取りをした覚えはないんだけども。それに一人目? 嘘だろ、Sランク冒険者の道場に人が集まらないはずがない。
というかロンドさん街中で子どもをジロジロ見てましたよね? 人攫いじゃないならアレはそういう趣味? それなら人が集まらないのも納得──
「何か失礼なことを考えていませんか? おそらくはロンド様が街中で子どもを鑑定しているのを見たのでしょう」
「ああ、この鑑定石で子どもたちを鑑定して魔法剣の才能がある子を探していたんだ」
ロンドさんは掌に乗るくらいのオレンジ色の石を取り出した。
鑑定石はギルドに置いてある、間接的に人の潜在能力を見るものだ。冒険者のどの役職に適性があるかが三つまで分かるため、駆け出し冒険者の役職選びで重宝されている。
俺が魔法剣士になったこの石で一番適性が高いと出たからでもある。
しかし鑑定石は管理が厳しく、市場には出回らないはずだが、そこはSランク冒険者だ。どうにかしたんだろう。
「話せば長くなるんだが、この道場が出来てから……」
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