6 ~蛇の踊り子と羊の賢者~(3)

「びょ、病気の、りんごの樹……俺、力になれる、かも……」

「本当ですの?是非!お知恵を、お力を貸して下さいませ!」

「やったわ!……お願いします、お願いします!!」

 オーリィもケイミーも、元よりこの「人探し」が簡単だとは思っていなかった。だからこそ、大勢の人前でストリップダンスまがいの「ショウ」まで敢行したし、一度で駄目なら何度でも、そう覚悟していた。しかし如何なる僥倖なるや、その稀有の人材をどうやら一発で引き当てた。回生の思いの二人は思わずせき込んで小男を囲み、両肩を掴んで詰め寄ってしまったのだが。

「待って……お、俺、喋るのが、苦手……落ち、着いて……」

「まぁ!ごめんなさい、つい……」

 グノーに最前言われた事を思い出して、二人は彼の肩から手を離し、再びもどかしい顔で次の言葉を待った。男もまたもやもぐもぐと口の中で言葉を選んでいるようだったが、ようやくこれだけ口にした。

「一緒に……会わせたい男がいるから、さ、先に……話は、その、あ、後で……」


「……いよう!ベン、珍しいなお前の方から来るなんて。何の用……ってオイ!その別嬪はどうしたこった!!」

 ベンが会わせたいといったもう一人の男。ベンとは歳は一回りも下のようだが、口ぶりは至って気楽。この村ではどの家も同じな猫の額のような庭に、ゴロゴロと転がる丸太の切りくず。男の手には鑿と砥石、庭先で道具の手入れをしていたらしい。

 昆虫を宿している、母娘には一目でわかった。彼の頭は毛が一本も無い、飴色でつるりとした、節足動物特有のあの甲羅で覆われていたからだ。そして人間の口の前にドアのように重なり被さる昆虫の大顎。しかし何の虫なのかはこの時二人には判別できなかった。ベンとは対照的なひょろりとしたのっぽだが、やはりその身は引き締まってたくましい。

 一方。ベンと共にやって来た二人、とくにオーリィのいささかあられもない姿にその男は目を丸くしていた。ベンが簡単に言う。

「た、頼まれたことが、あ、ある。お、お前も……来て、くれ」

「ああん?そりゃいいが、一体お前こんな別嬪さんに何を?……おっと!せっかくだからそいつは美人さんに聞こう。何の用事だ一体?」

 実はかくかく……と、オーリィが事の仔細を伝えると、その男は彼女の一言一言に大げさにリアクションしながら。

「なるほど。りんご園の病気の樹?そいつをどうにか元通りにしてぇってか?で、ベンに頼んだと。ふうん、そいつぁ随分運のいいこったなお嬢さん。うってつけの奴を見つけたぜあんた。でもどうやってコイツに会ったんだ?

 え?人探しのために?広場で歌って踊って人を集めたぁ?あんたが?そのカッコでか?……しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 頭を掻きむしり、盛大に地団太を踏む。

「オレとしたことが、一生の不覚だぜ!そんないいところを拝み損ねるなんてよ!!チキショウ、運がいいのはベン、てめぇの方かよ」

「そ、それぐらいにしろ、ゾルグ……彼女こ、困ってる……オーリィ、ケイミー、こいつ冗談ばかり、で、でもいいヤツ……頼りに、なる」

 ベンにたしなめられたその男は、ニヤリと一つ笑みを返す。半信半疑な顔色のオーリィと、娘に何の色目を使うかとやや眉を吊り上げ気味のケイミーに向き直った。

「ハハ、すまねぇすまねぇ。オレは『木屑喰い』のゾルグだ。村で大工をやってる。ベンの奴とは……そうだな、【義兄弟】ってとこさ。ベンが兄貴でオレが弟。ベンがあんた達の頼みを聞くって言ったんなら、そいつはな、オレももう二人にそう約束したのと同じだ。なんたってコイツはオレの『お隣さん』だったんだからな」

「まぁ……!」

 「お隣さん」。その言葉を発した時、ゾルグと名乗ったその男の口調から、軽薄な調子がさっと引いた。そして二人の顔にも一転、信頼の色が浮かぶ。この村でその言葉は絶対の約束手形。

「じゃ行くかベン、それにお嬢さん達。続きは道々話そうぜ、どっちだ?」

 手にしていた商売道具をいとも簡単にその場に投げ捨てると、ゾルグは自分が先頭になってさっさと歩き始めた。


 オーリィとケイミーが広場で歌い踊った、まさにその日のこと。

 よだか婆ァによって謹慎を解かれたシモーヌがりんご園に再び姿を見せたのだ。

 彼女の登園が目ざとい農婦によって伝えられると、それはあっという間に園中に広まり、その日の作業を始めかけた皆がそれを放り出してシモーヌを待ち受けるために集まって来た。そして、一様にシモーヌの容貌の変化に息を呑んだ。

 うっすらと生え揃った美しいつややかな産毛の下から透かして見える健康的な肌の色、そこに上乗せされた輝かしいばかりの自信と気品。それが園から姿を消す前の彼女。だが如何なることか、今朝のシモーヌは。

 つやと輝きを失った産毛といい、薄くこけた頬の青白い血色といい、そして何より、不安げで寂しそうなその面持ち。すっかり別人のように女達には思われたのだ。

(お体の具合が悪いと聞いていたけれど……)

(あんなにおやつれになっていらっしゃるなんて……)

 一体どうして?と。だが彼女達はその疑問符に対して共通の答えを既に心中に持っていた。確証が無いので口に出せないだけ。

(あの子のせいだわ……)

(よっぽどお心を痛められて、それで……そうに決まってる!)

(そう言えば、今朝はあの子の顔を見てないわね?)

(シモーヌ様がお出ましになったら、急に雲隠れ?バカにしてるわ!)

 やつれたシモーヌへの心配と同情が、次第にオーリィへの反感と不信に色濃く塗り替えられ始めたその時、ようやくよだか婆ァがシモーヌを出迎えに現れた。

 その場の空気が別の雰囲気を帯びる。すなわち緊張。

 よだか婆ァは今や園におけるオーリィの唯一の庇護者であり、すなわち、シモーヌを慕う園の若手からはオーリィに対するのと同じ反感を買う立場となっていた。無論、古株の農婦たちは今でも婆ァを敬慕するものが多く、若い者達のそういう空気に眉をひそめるのであったが、なればこそ。彼女らのとっての偉大な婆ァ様の評判を落とすオーリィには苦い思いを抱くのは同じ。かつては婆ァを中心に、そして後にはシモーヌを中心に、しかし。主は変われどもこれまでは家族の様に睦まじかったりんご農婦たちの団結に生じた、複雑なひび割れ。

(仕方ないね)婆ァは思う、(そもそも、あたしはホントだったらとっくに園長なんかじゃない。シモーヌは『代行』なんかじゃないよ、そりゃあたしの方だ。あいつが何かとあたしの顔を立ててくれるから、今までこんな不自然がまかり通ってきたのさ。もう潮時だ。このままじゃ園の皆の気持ちがバラバラになる。オーリィが現れなくたって、いつかはこんな風になってたのさ、きっとね。

 りんご園はあたしの命だった。何よりも大切だった。だけど。

 園は、断じてあたしの持ち物なんかじゃない。サーラ様からお預かりして、そしてシモーヌに無事に引き継ぐ、それがあたしがやらなきゃならない最後の仕事。『伝承』を受け継ぐ自信が無い、それがシモーヌが園長になれない理由なら、それは……あたしがきれいにケリをつけなきゃならない。そのために、あたしはオーリィを使う。それで若いもんに嫌われるなら、それも受け止める。後はあたしが潔くいなくなればシモーヌの天下、あいつが何もかも上手くやってくれる、あいつなら皆をもう一度まとめてくれる……それでいい!)

 よだか婆ァの胸中に浮かぶ思い出。彼女が園長になる、その引継ぎ式の光景。

 園の皆が等しく、次代を担うよだかを歓迎するとともに。園の皆が等しく、園長の座を降りるサーラを称え、彼女の余生の実り豊かな事を願っていたこと。

 自分もいずれはそうやって送り出してもらえるのかと。それが、自分の人生の最後のはなむけになるのだろうと。よだか婆ァはある時まで、そんな淡い期待を確かに抱いていた。だがそれはどうやら叶わないようだ……

(それでいいんだ!)

「シモーヌ、」よだか婆ァは思いを振り切ると、静かに語り掛けた。

「戻ってきたね、待ってたよ」

 シモーヌは即座に婆ァの前に膝まづく。王侯貴族に対するようなその振る舞いは、しかしシモーヌにとっては何一つ無理でも不自然でも大げさでもない。ひたすらに、無垢なる敬意と感謝の現れ。

「ご心配をおかけいたしました。今日からまた働かせていただきます。あの……

 婆ァ様、少々おやつれではございませんか?お顔の色が優れませんような……?」

「やれやれ!」婆ァは軽く苦笑い交じりのため息をついて、

「今のお前が言えた口かい?やつれちまったねぇ……辛かったら、もう少し休んでいても良かったんだよ」

 師の温かいいたわりの言葉に、シモーヌが感謝の言葉を返そうとしたその時。

(皮肉かしら?やっぱりシモーヌ様が邪魔なのね、あの因業婆さん!)

 それは一人の若い娘のつぶやき。まさか誰かに聞こえるなどとは思いもよらなかったのだろう、少々口汚くののしったその言葉を、生憎シモーヌの耳は聞き逃さなかった。即座にシモーヌは柳眉を逆立て、まなじりを決し、声の主に火箭のような視線を返す。

「シモーヌ!」

 おそらく。その婆ァの制止が無ければ、シモーヌは逆上していたに違いない。シモーヌの地獄耳を良く知っている婆ァは、状況を素早く見抜いて愛弟子を止めたのだ。シモーヌが今度は弾かれるように婆ァに視線を戻すと、婆ァは軽く首を左右に振ってそしてこう呟いた。

(放っておきな)

 その寂し気な声の響き。

(気にしちゃいけないよ。あれも、これからお前の下で働く一人なんだから。あたしのこたぁいいんだ。気にしちゃいけない)

 聡明なシモーヌは、最前からの妙に堅い雰囲気とこのやり取りで、現在の婆ァの苦境をあらかた悟った。

(何と言う……何てことに……婆ァ様が私のために、私のせいで!)

「シモーヌ、仕事に戻る前に少し話そうじゃないか。お前に引き継いでおかなきゃならないことがあるんだよ。色々と、ね」

 そう言って婆ァはシモーヌを促して、あの大樹の下を指して歩いてゆく。シモーヌは後悔に唇を噛みしめ、うなだれながらその後を着いていった。


「シモーヌ、この間のことはお前が謹慎する前に言った通り、まだモレノの預かりになってる。あいつも、あたしも急かすつもりはない。よぉく考えな。いつか決心が着いたら、その時に聞かせておくれ。お前に昔、何があったのか。あたしは待ってる。だからこのことはその時まで、あたしはもう蒸し返すつもりは無いよ。いいね。

 ただ、あたしにはお前に頼んどきたいことが一つあるんだよ」

「何でございますか?」

 婆ァの頼み。その言葉を聞いて、力なくうなだれていたシモーヌがキリリとした目で婆ァの顔を見つめ直した。

「オーリィのことさ。あれはね……大樹の件にケリが着いたら、上手く行っても行かなくても!またりんご園を辞めるつもりなんだとさ。あたしにそう言ったよ。

『私のせいで婆ァ様が謂れも無く園で悪者にされてしまっていらっしゃること、私もよくわかっております。もとより私は卑しい心の持ち主、園の気高いりんごの樹には触ることさえ許されない……嵐の明けたあの朝、申し上げた通りです。ですがもし、私に婆ァ様のおっしゃる【秘密をえぐりぬく眼】などというものがあるとしたら。これまでに私が園におかけしたご迷惑の何分の一でも埋め合わせできるかと。それだけが私の望み。大樹がもし、私の微力で元に戻ったとしても。その時は私には、この園に居る場所は無い……資格が無いのです。まして元に戻せなかったら!その時は言うまでもございませんわね……役立たずなど居ても仕方のないことですから。

 私は、今園で働いていらっしゃる方々と、言葉を交わすつもりはございません。婆ァ様からいただいた使命に決着がついたら、私はそのまま園から消えます。ある一時、目障りな邪魔者がうろついていたけれど、いなくなってせいせいした、むしろ私はそう思われたいのです。そうすればきっと婆ァ様にかかった疑いも晴れることでしょう。婆ァ様と、お戻りになったシモーヌ様、お二人がいらっしゃれば園はまた元通りになるでしょう。ですから婆ァ様どうか、私に今しばらく、時間をくださいませ』

 ……だとさ。あの……大馬鹿もんが!

 いいかいシモーヌ。大樹が元に戻ったら、園から居なくなるのはこのあたしが先だ。今の園にあたしが残ってちゃいけない。もうシモーヌ、お前の代なんだから。そしてね、そうなりゃオーリィは……あたしの最後の直弟子ってことになるのさ。大切なその直弟子を叩き出して、自分がのうのうと居座る師匠がどこにいるってんだい?オーリィのやつ、あたしを見くびりやがって!!

 そうさね……偉そうに師匠だなんだと言ったところで、あたしはあいつに大したことは教えてやれなかった。手間のかかるやつだったからね……頼むよシモーヌ。

 もう一度、今度こそ!お前があいつによぉく教えてやっておくれ。あいつは熱心だったよ、あんなに熱心だった!あいつはきっと、立派なりんご作りになれる。あいつのあの気持ちを、無駄になんかさせてなるもんか!!」

(私が……【クロエ】を……【もう一度】……ああ!!)

 シモーヌは固く瞼を閉じ、眉間にしわを寄せて瞑目する。その胸中にあるのは何か。

(【怖い】。でも。今まで私は婆ァ様の命がけの願いを何度も断って来た。これが受けられなければ、私は最後まで恩知らずのまま……)

 再び目を開いたシモーヌ、そのまなざしは。炎の一番熱い部分が実は目に見えないように、清く透明な灼熱を帯びていた。

「婆ァ様。オーリィさんのこと、私が、誓って……!!」

「頼んだよ。そうだシモーヌ、いい目になった。お前はそれでなくちゃいけない」

 愛弟子の奮起に満足そうに微笑むよだか婆ァ。

「ところで」シモーヌが周りを見回して問うた。「そのオーリィさんはどこに?」

「あいつはね、今日はここへは来ないらしい。昨日あたしにそう断ってきた。

『大樹のために、思いついた方法が一つあります。明日はそれを試してみたいのです……別の場所で。今日もその準備のためにこれで失礼させていただきます』

 ってね。早々と帰った。さてね、どこで何をしでかすつもりなのかねぇ……?」

「婆ァ様?それを彼女にお聞きにはならなかったのですか?」

「あたしが大樹の話をオーリィ達にしてやった時、お前も聞いてたんだってね?役場の小僧が後で教えてくれたよ。なに、それなら話が早い。

 言った通りさ。オーリィは、あいつは【選ばれてる】。何をやらかすにしても、どうせ突拍子もないことに決まってるだろうがね、あたしゃそれに賭けたんだ。問いただす必要は無いだろう?」

「彼女を信じていらっしゃるのですね?」

「信じる、ってのはちょっと違うね。どっちかと言えば不安だよ。もしあたしが聞いたら、顔を真っ赤にして怒鳴って止めるようなことをやらかすかもね。

 でもそれでいいのさ。それでなくちゃ困るんだ。大樹を救うには、大馬鹿者の力が必要なんだから。第一、止めたところであいつはやるよ。あの時のあいつの眼。ありゃそういう眼だったよ」

 そう言うと、婆ァはヨタカの嘴の端を軽く歪めて微笑んだ。

「不思議だねぇシモーヌ、あいつは、オーリィのやつはお前によく似てるね。あの時のあいつの眼つきも顔色も、今さっきお前が『誓う』と言ってくれた顔にそっくりだったよ。それに役場の小僧もね、ケイミーのやつも。お前はオーリィに似てるっていってたよ。しょんぼりした顔が、怒った顔が、ってね。どうしてかねぇ」

(どうしてなのでしょうね……いいえ、【そんなはずはない】。でも)

 シモーヌの瞳に灯った透明な炎が、この時、更なる熱量を帯び始めた。

(そうだわ、【今度こそ】。私が彼女を救ってみせる。それと……婆ァ様にかかった疑いも晴らしてみせる。そのためには……)


「さっきもちょいと言いかけたがよ、オーリィちゃんあんたは運がいい。なにしろこのベンってぇ奴はな、」

 普段滅多に「村には居ない」のだという。

「いやまぁそりゃよ?オレ達は誰一人としてあの荒れ地の外には出られないから、大きく言えばやっぱり『村に居る』んだが、そういう意味じゃない。ベンは自分の家の他に、山の森の中に小屋を持っててな、ほとんどそこで暮らしてるんだ。山を降りてくることは……そうだな、月に2,3日くらいなもんか?なぁベン?」

 ベンはそれに無言でうなづく。

「てのはな、そもそもこのベンってヤツは……」

 オーリィ達と出会った時。ベンは自分を「木こり」だと言った。グノーもそう言っていた。だが単純にそれだけではないのだとゾルグは言う。

「森で木を切って、薪を作ったり炭を焼いたり、材木をこさえたり、それはもちろんなんだが、その他にだ。余計な下草を刈ったり木の枝ぶりを見て整えたり、木の苗を育てて新しく植えたり。森を『育てる方』もやってる。一言で言やぁ『林業家』なのさ。この村でただ一人のな。前の世界でも同じ仕事をずっと続けてて、それも手先を沢山使って、地主から預かった山をいくつも管理する親方だったそうだ。要するに腕利きだったんだよ。そんで、こっちの世界に来て、ええと?」

「じゅ、十五年……」

「そ!この村の森の木相手に、ただ一筋!十五年も働いて来たって男だ。今この村で、この世界の樹木に一番詳しいそいつがよ、たまたま山を降りて来た時に、あんたは広場で踊ったってわけ。な?ついてんだよ、お嬢さん、あんたはな!」

「ゾルグ、あ、あまり持ち上げるな……俺は、か、果樹の栽培は、専門外だから。期待に、添えない、かも……」

「ハハ!オーリィちゃん心配すんな。こいつは奥ゆかしいから一応そう言ってるだけさ。こいつに見せて何もわからねぇなんて、そんなこたぁあるわけねぇ。第一こいつ、やる気満々だから。長い付き合いなんでな、顔見りゃわかるぜ、ベン?お前はこと木のことになると夢中だからなぁ」

 オーリィも。自分がどれだけ幸運だったのか、沸々と実感し始めていた。この村きっての、あるいは唯一の「樹木の専門家」。たとえ言葉は拙くとも、言葉の端からにじみ出るベンの知性と経験は確かに本物らしいとオーリィにも素直に思えた。

 そして、ベンが「頼りになる」と呼んだゾルグという男。友の心中を正確に読み取り通訳する、その息の合った様子もまた、オーリィには心強かった。いささか饒舌すぎるきらいはあるものの、だからこそ。言葉に不自由なベンにとって、ゾルグは欠くことの出来ない相棒なのだろう。

(この方々なら、きっと!)


「……それでシモーヌ様、実はね、あの子ったら!広場で見つけたらしい妙な二人組の男を連れて、たった今園に来たみたいなんです。何をする気なんだか、わかったものじゃございませんよ?どうなされます?止めますか?」

 その日、広場でオーリィがまたもや起こした「騒動」。それは早くもりんご園で働く女達に知れ渡った。よだか婆ァの奇妙な肩入れと、シモーヌの格別の配慮をもって、園での復職を許されたはずの彼女が何故かその日園にあらわれず、代わりに行ったのが、「ふしだらな歌と踊りで人目を集めること」。

 反感を買わぬわけがない。何人かの女が、シモーヌにさっそく注進に及ぶと、シモーヌの眉にもさっと当惑の色が浮かんだ。

「確かに、そのまま見過ごすわけにはいきませんね。ただ、あなた方にまかせるわけにもいきません。私が自分で彼女に会って聞いてみましょう」

「婆ァ様には、お伝えいたしましょうか?」

 その時すでに、よだか婆ァは園の差配をシモーヌに託し、早々と引き上げていた。シモーヌがいる限り、自分が園に留まってはいけないと、そう言って。

 だが、オーリィの今回の行為を婆ァに伝えるべきか?それはシモーヌにとっては尋ねられたくないところだった。仮にオーリィの企みが容認しがたいものであった場合、それはどうやら婆ァ自身が半ば覚悟の上であるようだが、それでも。あれほどまでに彼女を推した婆ァにはより一層の失望になるだろう。それは婆ァを誰よりも敬愛するシモーヌには忍びないことであった。出来ることなら彼女だけで内々に確認したい。しかし、事はあの伝承の大樹に関わること、婆ァに隠すことはなおさら出来ないと、シモーヌは思いなおした。

「そうですね……誰か行ってもらった方がいいでしょう。急いでお連れして下さい」

 そう言って彼女は険しい顔色ですぐさま席を立った。

(オーリィさん……【クロエ】……あなたはいったい何をするつもりなの?)

(続)


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